第43話 決戦・激闘の終焉

 カッカカドン!ドン! カッカカドン!ドン!


 三度みたび敵前へ躍り出た王国軍は、兵を左右に分けて突き出た帝国両翼リョウヨクへと容赦ヨウシャない強襲キョウシュウやいばを浴びせていく。


 状況を打開できない歯がゆさもあったのだろう。

 帝国軍は再度全軍で突撃してくる。


 だが、これもやはりすんでのところでかわして手痛い反撃を浴びせていく。

 思うように戦況を進められない苛立いらだちがまさったのか、クレイド軍務大臣としては珍しく冷静さを失ってしまったようだ。


 そこからあらゆる手段が次々と繰り出されるのだが、まったく状況に変化はない。


 きりが晴れればこちらのものだ。

 クレイド軍務大臣ならそう考えるだろう。

 帝国軍は密集してすきのない方陣ホウジンを構築していく。


 ドワンドワ〜ン! ドワンドワ〜ン!


 帝国軍が動かないと見て、カイはその後方へまわり込んでの奇襲キシュウに打って出た。


 背後から飛び出てきたわが軍に驚いた帝国軍は、あわてた様子で統一されていない反撃をしてきた。

 ナラージャ筆頭中隊を先頭に、クレイド軍務大臣がいる本営に届かんとばかりの勢いでなだれ込んでいく。


 クレイドが兵を反転させて両翼リョウヨクを広げてきた。

 明らかに包囲を企図キトした動きである。

 もしクレイド軍務大臣に失策があったとすれば、防御に徹する円陣エンジンかずに攻撃的な方陣ホウジンにこだわった点にあるだろう。

 円陣エンジンならば、兵を反転などさせずとも瞬時に包囲のための行動へ移せたはずだ。



 ナラージャは先頭を切ってなだれ込んでいたが、包囲せんとする異変に逸早いちはやく気づいて全軍をゆっくりと後退させていく。

 帝国軍はその動きに釣られるように、一気に間合まあいをめようとしてきた。


 これも“軍師”カイの想定どおりである。


 先鋒センポウを務め、今殿しんがりで王国軍を支えるナラージャ筆頭中隊がしたたかな反撃を加えていく。

 のみならず、横列を組んで一対一の決闘を仕掛けた。


 その精強な戦いぶりを見て、帝国軍はじわりじわりと距離をとっていく。


 そのさまを見たナラージャ中隊は、すでにきりの中に隠れた本隊に向けて悠然ユウゼンと引きあげてくる。


 じきにきりが薄れる頃合ころあいである。

 再度軍を左右に分けて、帝国軍の左右から同時に挟撃キョウゲキを開始した。


 見えないものが見え、さらに神速シンソクを発揮する王国軍に対して、さしもの異才クレイド軍務大臣も、帝国軍の反応の鈍さを痛感せざるをえないはずだ。


 王国軍の全員が見えない帝国軍を見えていたわけではない。

 軍師カイと軍務長官の私、それと筆頭中隊長のナラージャ。この三名だけが帝国軍の位置を正確に把握ハアクしていた。


 実は、見えない帝国軍は王国軍が消えたのち、移動していないのだ。

 わが軍が見えなくなったら、その場で方陣ホウジンの再編をしていただけのことである。

 だから王国軍の動きを正確につかめてさえいれば、帝国軍の位置を見出みいだすのはさほど難しくはない。

 ただ、その事実に気づいている者だけが、誰よりも目端めはしくだけだ。



 戦闘開始からどのくらい時間がったろうか。


 戦場のきりが晴れていき、わが軍と帝国軍の姿が次第にあらわとなった。


 その場で立っている兵力差はすでに無きに等しい。

 二万九千の軍勢が一万近くにまで打ち減らされていたのである。


 とくに左右の騎馬中隊と軽装歩兵大隊は壊滅カイメツテキな打撃を受けてすでに瓦解ガカイしている。

 残された重装歩兵大隊も、背後からの奇襲キシュウによっておおかたが倒されて隊列を大きく乱していた。


 たった数刻の出来事のはずだ。

 それなのに帝国軍だけが一方的に二万の兵をそこねている。


 兵数が減れば命令伝達がしやすくなり、王国軍と互角の状態に持っていけたかもしれない。

 だが兵数が減っても五段の命令系統に変わりはなく、王国軍より連動が鈍い弱点は残ったままなのだ。

 クレイド軍務大臣は神速シンソクの用兵を見せるわが軍に慄然リツゼンとしたであろう。


 兵の勢いにも差が見てとれた。


 わが王国軍は圧倒的な優勢によりき立っており、疲労の極致キョクチにありながらも、激戦の疲れさえ見せていない。

 対して帝国軍は左右両翼の騎馬中隊・軽装歩兵大隊の犠牲ギセイ損耗ソンモウが激しく、本営直属の精鋭である重装歩兵大隊までも数を減らされ消沈ショウチンしている。


 もはや戦闘力の差は歴然だ。


「帝国軍、全軍退却だ!」

 と戦場全体に響きわたるほどクレイド軍務大臣は力強く告げた。


 あまりの声の大きさに両軍の兵士たちがいっとき戦いの手を止めたほどである。

 戦場が静まりかえったのを見てクレイドは再度全軍に退却を告げ、金鼓キンコを打ち鳴らした。



 われわれはとうとうあの巨魁キョカイ大将、帝国のクレイド軍務大臣の上を行ったのである。


 仮にこれ以上戦いが長引いても、無用の死者ばかり増えるか帝国軍は掃滅ソウメツされていよう。

 それほど用兵に差が生じているのである。

 わが軍に“軍師”カイがいるかぎり、用兵でクレイド軍務大臣に勝ち目はない。


 それを思い知った帝国軍は整然と戦場を退き、重装歩兵を殿シンガリとして軍の再編を始めた。


 それを見たわが軍も後退して軍の再編を急ぐ。



 ともあれ、テルミナ平原下流域の戦いは幕を下ろしたのであった。



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