・牡馬クラシック一走目 五木賞(G1) - 鋼の鷲とイチゴ味にメイド長 - 2/2

「お客様、もしお加減がすぐれないのでしたら、何か冷たいお飲物でもお持ちしましょうか……?」

「お、おぅ……よ、よくわかったじゃねぇか。悪ぃがグリーンティーを頼む……」


「かしこまりました。少しお待ち下さいね」


 飛行機の中で青ざめていると、やさしいお姉ちゃんがグリーンティーを持ってきてくれた……。

 渋みのあるそれを一口含むと、人のやさしさのせいか少し気持ちが落ち着いてきた。


「ありがとよ、美人の姉ちゃん……。飛行機は大っ嫌いだが、姉ちゃんたちは最高だぜ……」

「あらお客様、飛行機は慣れませんか?」


「慣れるわけねーだろ……。だってよ、なんでわざわざこんな高いところを飛ぼうとするんだよ? 落ちたら、死ぬだろ……」

「決して落ちませんからご安心を」


 嘘だ、タルトが言ってたぞ。飛行機はたまに墜ちるんだって。

 墜ちたらみんな死ぬんだって、俺を脅かしやがったんだぞ、あの小娘……っ!


「だったら御者に伝えてくれ……。どうか、安全運転で頼む……」

「御者……? ああ、機長のことですね。お伝えしておきます。キャッ……?!」


「おっと悪い、今ちょっと揺れたみたいだな」


 美人の尻を撫でたら気持ちが落ち着いた。

 はぁ、これは効くな。怖くなったらまた触らせてもらおう。


「お客様」

「お、おう……?」


「次やったら法的に訴えます」

「それって国王に告訴、ってことか……? そんなに怒らなくてもいいじゃねぇかよ……。悪かったよ」


 ただ尻を触っただけなのに、美人さんはマジギレして去っていった。

 この世界は何から何までビッグだが、こういうところが息苦しくてよくねぇ……。


「いいじゃねぇかよ、尻くらい触ったってよ……」


 そうぼやくと、隣の中年オヤジが激しく咳払いをした。


「いや君、いいわけがないだろう……。まったくもって、羨ましい……おほんっおほんっ!」

「お騒がせしてすみませんね。けど、触りたくなったら触ればいいと思いますけどね。あんなの挨拶みたいなもんでしょ?」


「君は、どこの国からきたのかね……」

「異世界だ」


「はぁっ……。私もこんな仕事辞めて、異世界転生してみたいよ……」


 こんなくたびれたおっさんまで、シノさんやタルトと同じようなことを言っている。つくづく変な世界だ。

 苦しくなったら美人さんの尻の感触を思い出して、俺は空の旅を堪え切った。



 ・



「どうも、玉城の秘書です。お祝いが遅れましたが、夏草賞のご勝利おめでとうございます」

「ああ、話はタマキさんから聞いてるぜ。夏草賞に行きたかったのにって、電話先で愚痴ってたわ」


 トーキョ空港を出ると、タマキさんの美人秘書が迎えにきてくれた。

 話によるとかなりのキレ者らしいが、雇い主相手でも物怖じどころか容赦すらしない怖い女性だとも聞いている。


 尻なんて触ったら、タダじゃ済ませてくれないオーラが立ちこめていた。

 こっちの世界の女はつええわ……。


「タマキ社長のサポートとスケジュール管理が私の仕事ですので」

「ははは、おっかないメイド長って感じだな。……おっと、また口が滑ったわ」


「メイド長……? そう言われたのは初めてですね……。メイド服なんて、私に似合うはずがありませんが」

「いや似合うと思うぜ。諸侯の邸宅で働いてても違和感ねぇくらいだ」


 そう答えると、メイド長――ではなく美人秘書さんはうつむきながら眼鏡をかけ直した。

 なんか、聞いていた印象と違うな……。


「トレーニングセンターまでご案内します。こちらへどうぞ」

「助かるよ、メイド長」


「メイド長はお止め下さい……。あ、あんなあざとい格好、出来るわけがないでしょう……」

「あれって、そんなにあざといか?」


「当然でしょうっ、あんなの破廉恥極まりないですよっ!?」


 俺の想像しているメイドと、こっちの世界のメイドの一般的な認識に、大きな齟齬があることを後で知った。



 ・



 トレーニングセンター。つまりは厩舎にやってくると、俺はメイシュオニゴロシ号と再会した。


「バーニィだ! きてくれたんだね、会いたかったー!」

「こねぇわけがねぇだろ。今週のレースはよろしくな、オニっ子」


「うんっ! バーニィが乗ってくれるなら、絶対勝てるよーっ!」

「その意気だ。前みたいに後ろ向きに考えんじゃねーぞ」


 見ての通りの大歓迎だ。普段大人しいコイツが何度もいなないて、尻尾を振って、しきりに横顔をすり付けてきた。

 その歓迎があまりにもかわいくて、ついつい俺も首や背を撫でて甘やかしてしまった。


「きたか、馬たらし」

「おう、今週も世話になるぜ、調教師おやっさん」


 繰り返すが五木賞はただの前哨戦で、目指すはジャパンダービーだ。

 そこで俺は挨拶を済ませると厩舎に泊まり込んで、五木賞のある日曜日まで、オニゴロシのスタミナ強化を騎手の立場から手伝った。



 ・



――――――――

【馬名】メイシュオニゴロシ

【基礎】

 スピードA →A+

 スタミナC+

 パワー B

 根性  B →B+

 瞬発力 S

【特性】

 シルバーコレクター(2着に入賞しやすい)

 追い込み巧者

 騎馬槍術ブースト

【距離適正】

 1300~2100m

  → 1200~2000m

――――――――


 おい、オニっ子……スピードを付けてどうする……。

 お前さん、ますますダービーに向かない身体に育っちまってるじゃねーか……。

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