・夏草賞(OP)を征して栄光への切符を掴む
ところがだ。早速大きな問題が立ちはだかっていた。
ジャパンダービーは2400mのレースだ。対してこいつの距離適正は2100mが限界とくる。
メイシュオニゴロシは、ダービーを勝つにはまるでスタミナが足りていなかった。
「お前、もうちょっとスタミナ付けろ……」
「なんでー?」
「なんでって、俺たちでダービーに勝つために決まってるだろ」
「無理だよー」
ちなみに性格の方だが、タカミサカリのやつに少し似ている。
アイツに輪をかけてヘタレだ。話してみれば2着続きだったのも納得の消極性だった。
「無理じゃねーよ、俺たちでダービーに出るんだよっ! いつまでもそうやってヘタレてんじゃねーぞ!?」
「えーー……どうせ今回も、2着だよ……」
「……いや、シレッと2着を取ろうとしてるところは大物か」
今回の夏草賞は重賞ではない。オープン戦と呼ばれる、未勝利馬からすれば2クラス上にあたるレースだ。出場出来たのは奇跡と言ってもいい。
だがコイツの優れたスピードと鋭い差し足があれば、格上だろうと勝てるレースだ。
「おい、ブツブツうるせーぞ……」
「ああ、すまん。馬と喋るのが癖なんだ」
お喋りが過ぎたようだ。隣のジョッキーに文句を言われた。
「噂には聞いていたが、変なやつだな……」
「悪ぃな、信楽焼のオヤジだと思って無視してくれ」
「それ、タヌキオヤジってことじゃねーか……。気が散るから変なこと言うな……」
トーキョのファンファーレは生演奏だった。
俺の世界ではその生演奏の方が当たり前なので、有り難みが逆だったりするのだが、今はどうだっていい。
俺とヘタレのオニゴロシは、レースの開始を今か今かと待ちかまえた。
・
馬とお喋りする変なオヤジとあきれられたが、そのあきれはブッチギリのスタートダッシュで見返してやった。
ズドンと飛び出して先頭に立つと、観客が興奮に湧く。
こうやってバクチ打ちの予想を狂わせてやる行為は、何度繰り返しても飽きそうになかった。
今回も距離は1800mだ。最高のスタートを切った俺たちは、オニゴロシの追い込み脚質に合わせて少しずつ順位を落としてゆく。
トーキョ競馬場の直線は400mもある。この競馬場では、後から本気を出す『差し』と『追込』が有利とされていた。
・
「社長。……タマキ社長。社長っ!!」
「な、なんだね、脅かさないでくれたまえっ!?」
「ラジオを抱えたまま仕事をされると、社員に示しが付きません。お止め下さい」
「だ、だが、ワシだって好きで休日出勤しているわけではないのだぞ……? ワシだって、バーニィくんとオニゴロシ号の活躍を、見に行きたかったのに……」
「後でダイジェストを見ればいいでしょう。没収です」
「そんなっ、それが秘書のすることかね、君ぃっ!?」
「我が社の社長でその大株主であろうとも、仕事中だけはちゃんとして下さい」
「はい……」
・
タマキさんは急な仕事でトーキョにはこれなかった。
残念でならないが、きっとテレビの向こうで俺たちを応援してくれているはずだ。
俺たちは走った。既に勝利の栄光を獲得している格上どもに混じって、ただ走った。
ターフに輝くオニゴロシの銀色の馬体は、他の馬よりもやや小柄だが足取りは力強く、負けるはずがないと騎手に手応えを感じさせた。
やがて第三コーナーを回る頃には18頭中、10位まで順位を落とした。だがここからだ。
「いくぜ、シルバーコレクター! お前に金色の勲章をくれてやるよっ!」
「あ、あれ、あれれ……? もしかして、これって、いけるの……?」
「いけるに決まってんだろっ、まとめて差しちぎってやれ!!」
「うんっ!」
バテて順位を落とす馬。差し足が鈍く前に追いつけない馬。コーナーを回りながらそいつらをかき分けて、順位を上げてゆく。
未勝利馬らしからぬスピードと瞬発力で、オニゴロシは脚力を爆発させて次々と前を追い抜いていった。
その鋭い差し足にスタンド席が湧いた。
大観衆が見守る中、俺たちは放たれた矢となって長い直線を突っ走る。
抽選でどうにか出場権を得ただけの未勝利馬が勝つなんて、誰も予想なんてしていなかった。
トップまであと3頭、あと2頭、あと1頭――最後は一番人気との一騎打ちになったが、こちらの差し足の方が鋭い。ついに抜いた。全てを差し切れば、後は後ろを引き離すだけだ。
ダークホースの出現に、スタンド席ではバクチ狂いどもが半狂乱になって自分の馬を応援していたが、もはや俺たちに追いつける馬などどこにもいなかった。
こうして俺たちは、どこかのラッキーマンに万馬券をくれてやった。
騎士を乗せた銀色のサラブレッドは、ぶっちぎりの大差でゴール板を抜けて、2000年度・夏草賞勝利を見事もぎ取ったのだった。
しかしすげぇ賑わいだ。ただのオープン戦でこれなのだから、ダービーの日はどんなお祭り騒ぎになってしまうのだろうか。
俺たちに外れ馬券をつかまされた観客たちは、馬券を投げ捨てて悔しがったり、好スタートからの見事な差し切り勝ちを楽しそうに賞賛してくれた。
競馬は人に夢を見せるスポーツだとタマキさんは言うが、あながちそれも間違ってねぇ。
この日俺は、万馬券の夢をトーキョ競馬場のバクチ打ちどもに見せてやった。
・
ゴールを抜けるなりオニゴロシ――いやオニっ子は、鼻息を荒げては大きくいなないて興奮していた。
それを落ち着かせるのもかねて、俺はスピードを少しずつ落としながらオニっ子にターフをもう少し駆けさせた。
「バーニィ! ボク、一番になれた! バーニィ凄いっ、ボク、ずっとバーニィに付いていく!」
「はは、意外と現金なやつだな、お前さん」
「だってだってっ、初めて勝てたんだよっ! それも、こんなおっきなレースで! ありがとう、バーニィ!」
「おう、この調子でジャパンダービーまでよろしくな、相棒」
「連れて行くよ! ボクはバーニィをジャパンダービーに連れて行く! 次も2番じゃなくて、1番を取ろうよ、バーニィ!」
「んなの当然だろ。五木賞でもよろしく頼むぜ」
「うんっ、任せて!」
「嬉しいのはわかったから、そう何度もいななくな。その姿、観客が見てるぜ?」
かくして謎の外国人騎手バーニィ・リトーと、流星のごとく現れた超新星メイシュオニゴロシは、春の牡馬クラシックへと殴り込みをかけたのだった。
次なるは五木賞。賞金もがっぽりのG1だ。
エナガファームのために、虎クターのために、次も俺たちが勝つ。
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