・G3モンベツ記念 - ブッチギリ -

 地方競馬と言うので甘く見ていた。

 大入りの観客たちが、熱い熱気をスタンド席からほとばしらせて、これから始まる競演に期待を寄せていた。


 あの中で、どれだけの人間が俺たちを応援してくれているのかはわからない。だがこの熱狂、なかなか悪かねぇ。


 ホッカイドー州にはこれほどの人間がいたのかと驚くほどに、スタンドを埋め尽くす観衆が、馬券を片手に俺たちを見下ろしている。


 王都の闘技場で、満員の観客に囲まれながら戦ったあの頃を思い出した。

 このプレッシャーにビビっちまって、逃げ出したくなるやつもいるだろう。


 だがそれに負けていては勝利なんて掴めない。俺は大人しいがヘタレなところがあるタカミサカリの首を叩いて、どうってことないと励ましてやった。


「そう硬くなるなって。いっちょ俺とお前で番狂わせといこうぜ」

「本当に大逃げするの……? だ、大丈夫かな……」


「大丈夫だ。お前のスタミナは1800mごときでは使い切れないんだ。あのスタンドの連中にかましてやろうぜ」

「な、なんでそんなに、バーニィは剛毅なの……?」


「剛毅? 違うぜ、単におっさんになると刺激に鈍くなんだよ。オヤジってのは鈍いんだ。よく覚えておけ」

「それ覚えても、全然役に立たなそう……」


 タカミサカリと共に俺はゲート入りした。

 やがてファンファーレが鳴り響き、演奏が終わると人々の歓声と期待だけが残った。

 後はゲートが開くのを待つだけだ。


「がんばろうね、バーニィ」

「おう、勝てばキンキンの地ビールが俺たちを待ってるぜ」


「今はレースのことを考えてよぉーっ……」

「始まるぜ」


 集中しろとタカミサカリの肩を叩くと、彼はお喋りを止めて正面を注視した。

 ついに目の前のゲートがガシャンと開き、俺たちは我先に緑のターフへと飛び出していった。


 俺たちは完璧な意志疎通が出来る。そうなると他の騎手とはスタートの切りがまるで違った。

 俺とタカミサカリだけが一馬身半も先に飛び出して、ぐいぐいと後続を引き離すと群衆が一斉に湧いた。


「はははっ、やったなっ、あいつらぶったまげてやがるぜ!」

「や、やった……凄い、こんな良いスタート、ボクッ初めて……!」


 俺たちの作戦は逃げではなく、大逃げだ。

 開幕から快速で後続を引き離してやると、レース場がさらにどよめく。まだ始まったばかりだが、最高の気分だった。



 ・



『テレビを見ているねシノくんっ!? バーニィくんがいきなりやってくれたぞ! ほっほっほっ、今や私のタカミサカリ号とバーニィくんは注目の的だ!』

『でも、大丈夫なんでしょうかー……?』


『それはわからん。まあいいではないか、ほっほっほっ! これだから赤字が出ようと馬主は止められんよ!』



 ・



 距離は1800m芝、これは2分以内に終わるレースだ。

 俺とタカミサカリはさらにぐいぐいと後続を引き離す。タマキさんには説明しなかったが、逃げを選んだ理由はもう1つあった。


 俺は馬と一心同体になれる。それは馬のスタミナの消費を大きく抑えられるということだ。

 だからこそ余りに余るはずのスタミナを生かして、大きく逃げに出た。


「不思議、バーニィと一緒だと、ぜんぜん疲れない!」

「レース中はあんま喋るな、消耗するだろっ」


「うん、ボクがんばるねっ!」


 うちのかわいい子馬たちも、将来これくらいの大レースで活躍してほしいもんだ。

 女神エスリンとの契約では、俺がこの世界に居られるのは6月のダービーまでなので、そうもいかねぇがな……。



 ・



「なんか凄くない!? 家じゃビール飲みながらおならするただのオヤジなのに、バーニィぶっちりの一番だよっ、姉ちゃんっ!?」

「ふふふー、そうねー♪ まだタカミサワちゃんも脚に余裕がありますしー、もしかするとー、もしかしするかもしれませんねー♪」


「タカミサカリだよ、姉ちゃんっ」

「あらー……?」


『シノくん、私の話を聞いているかねっ!? バーニィくんと私のタカミサカリ号がだね!!』

『はいはい、ちゃーんと聞いていますよー♪ これはー……勝っちゃいますねー、バニーさん……♪』



 ・



 ちっとも勢いの鈍らないタカミサカリと、無名の新人騎手バーニィに、競馬場の注目はもはや釘付けだった。

 後続との差は約15馬身差といったところだろうか。


 そのまま俺たちは第三コーナーを曲がって、追いすがる後続馬たちを背に、最後の勝負である直線に入った。

 もはや後ろを振り向いている余裕はない。馬と折り合いを合わせて俺も一緒になって走った。


 止まらない。タカミサカリの勢いは止まらなかった。

 あと300m、俺たちに迫る陰はどこにもない。


 残り200m。残り100m。あるのは歓声だけで後続の跳ねる蹄の音はむしろ遠ざかっていった。


 タカミサカリ、タカミサカリ、タカミサカリ! まさかの番狂わせタカミサカリと会場沸き立ち、俺はダート馬で2着に大差(9馬身差以上)を付けて、ゴールをくぐり抜けていた。


 まさかの大逃げの大成功と超大穴による番狂わせに、スタンド席の連中は悔しそうに外れ馬券をぶん投げて、しかし予期せぬ勝者の名を叫んで祝福してくれた。


 こうしてタカミサカリ号は、地方交流重賞に勝利を収め、重賞馬の仲間入りをしたのだった。



 ・




「バーニィくぅぅーんっっ!! 私は、私は感動したよっ! これこそ競馬の醍醐味! 素晴らしいっ、素晴らしいレースだったよバーニィくんっ! タカミサカリ号もよくやった!!」


 タマキさんはまるで子供みたいに俺たちの前に飛び込んできて、馬主の喜びを思い出せたと目を輝かせていた。


「喜んでもらえてよかったぜ。ところでタマキさん、ご褒美と言っちゃなんだが……アンタに頼みがあんだけどよ……?」

「何でも言いたまえ! ああっ、馬主をやっていてよかったよっ、私は!」


「3歳牡馬クラシックに出たい。新馬を一頭、俺に任せちゃくれないか?」

「なんだそんなことかっ、むしろ私から頼むよ! バーニィくんっ、私にダービーの夢を見せてくれ!」


 交渉成立、これにて今日の目標達成だ。

 どんな3歳馬を紹介してもらえるやら、楽しみでしょうがなかった。


「お前さんもありがとな、タカミサカリ。すげぇ根性入った脚だったぜ」

「バーニィ、ボクもやればできるんだね……。ボクって、もしかして、凄かったの……?」


「おう、良い素質してたぜ。またホッカイドーにきたらその背中に乗せてくれや」


 この世界、なかなか面白れぇな。

 勝者として外れ馬券の紙吹雪を眺めるのは、武術大会ではとても味わえない快感だった。


 女神エスリンちゃんよ、俺を選んだのは正解だったみてぇだぜ。俺はお前さんに与えられた使命抜きに、ダービーに出て勝利をもぎ取りたい。


 幻想的な照明に照らされた夜の競馬モンベツ記念。今日は最高のレースだった。


 

 ・




「いやぁ……悪ぃな。タダで飲む酒はほんとうめぇよ……。けどこの歳になると、なかなかそうもいかなくてなぁ……ありがとな、若造!」

「バカにして悪かった……。あんな勝ち方をされたら、認める他ない……。お前、凄いな……どうやったらあんなスタートが切れるんだ?」


「さあな。異世界で騎士やってたら、わかるようになるのかもな」

「もう酔ってるのか? そうしてるとただの酔っぱらいだな……」


 それと地ビールは最高だった。

 さすがはホッカイドー。気候は過酷だが、海鮮から乳製品、芋や穀物まで全てが美味ぇ……。


 この酒が飲めなくなるなんて、おっさんは本気で帰りたくなくなってきた。

 だが困窮するマグダ族のためにもそうもいかねぇなと、俺はほろ酔い気分で決意を新たにした。


 ああ、美味ぇ……。ヒダカ競馬場、きてよかった……。

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