第40話 ラスボス戦闘①

 その作戦会議はほどほどに終わり、海斗が作ったサンドイッチも全員が食べ終えていた。


 サンドイッチの具はサーモンと海老。パンは釣り餌に使われることもあるので、購入可能だった。


「──皆、自分のムーヴは理解できた?」


「「「むうぶ?」」」


「あー、えっと、自分の動きは理解できた?」


「「「大丈夫だ(です)(だよ)」」」


 そんな最終確認を済ませ、弥生は扉に手をかけた。


 重厚な金属の板が、ギギギと軋みながら動き始める。中から漏れ出した冷気が、足元を包んでいく。


「……ここは?」


 海斗は思わず声を出してしまう。


 それもそのはず、そこにあったのは今まで見たことのないような光景だったからだ。


 全てが氷でできた部屋。


 マンションでいうと五階ほどに相当する高さの天井と、そこにぶら下がる無数の氷柱。


 ちょうど直方体の形をした部屋であり、広さは学校の運動場よりも広い。


 そんな空間の中に、4人は足を踏み入れた。


「あれっ、なにもいませんよ?」


 睦美の言うように、辺りにはなにも見当たらない。一面の氷、氷、氷。


 ──と、扉が急にバタン!と閉まる。閉じ込められたようだ。


 そして、それに呼応するかのように、地面に亀裂が奔った。


「警戒して!」


 弥生は身構え、全方向に注意を向ける。


 しかし正体が現れる前に、椿が気付いた。


「地面のあの部分から力がかかっている!」


 どうやら、亀裂だけで物理的な力が加わっている場所を特定できたらしい。


「どうする? 先手を打った方がいいか?」


「いや、海斗も待機。敵の攻撃パターンを完全に把握するまで焦りは禁物よ」


 弥生の冷静な判断に従い、海斗はその場で竿を握りしめ直す。


《ゴォォォォォォォォ!》


 悍ましい声をあげ、地面の一部──氷塊だったところ──が、ゴツゴツした人形の型をとって起き上がった。


 アイスゴーレムが現れた!


「椿!」


「了解だよ」


 事前に打ち合わせた通り、椿の銃で攻撃をし、様子を窺うことにする。


 キィン!と甲高い音が反響して、鼓膜を震わせた。どうやらアイスゴーレムが銃弾を跳ね返したらしい。


 見ると、アイスゴーレムは両腕で顔を覆っている。


「なるほど、腕が盾替わりってわけね」


 噂通りの高い防御力だ。


 しかし銃撃が効かないとなると、海斗の竿で攻撃しても大きなダメージは見込めない。


《ゴォォォォォォォォ!》


 ゴーレムは怒ったのか、こちらに向かって突進し始めた。


「回避!」


 弥生がそう言うや否や、4人は弥生と海斗、椿と睦美の半分に分かれて左右に走り出した。


「あっ!」


 睦美が氷に足をとられ転倒。それを見たゴーレムは進路を睦美の方へと変更し、撥ね飛ばそうとする。


 だが睦美は転倒したため、緊急回避用の原稿を手にしていない!


 ──と。


《ビリィッ!》


 紙の破れる音と共に、睦美の体が数メートル吹き飛んだ。


 ゴーレムは1秒前まで弥生のいた場所を通過し、そのまま壁に激突。粉塵が巻き上がる。


「ムッツ―!」


 椿が一番に反応し、睦美のもとへと駆け寄る。それに全員が続いた。


「いてててて。助かりました……弥生さん」


「ほんとよ。間一髪だったんだから」


 そう、原稿を破ったのは弥生だった。弥生の中では睦美が原稿を使えなくなることも想定済みで、予備用の原稿を弥生が所持していたのだ。


「この床は凍っていて摩擦係数が小さい。私は滑らないように歩くことができるけれども……」


「俺のマリンシューズは裏が滑りにくくなってるから大丈夫っぽい」


「つまり、私と睦美が問題ってわけね」


 弥生は小さく頷くと


「海斗と椿は引き続き攻撃を担当してもらうけど、ちょっと変更よ」


「変更とはなにかな?」


「あのゴーレムを後ろから攻撃してみて欲しいの」


「ちょっと待ってくれ。全身が銃弾で傷つかないくらいの硬い氷なんだったら、前からも後ろからも関係ないんじゃないか?」


「それは──あっ、また来るわよ!」


 言いかけたところで、ゴーレムが粉塵を払ってこちらに迫ってきた。


「海斗クン、攻撃をお願いできるかな?」


「え、あぁ、分かった」


 ゆっくり話を聞いている暇はない。


 椿がゴーレムに向けて銃を連射し、牽制。


 その隙に海斗はゴーレムの後ろに回った。


 そして竿を突き立てる。


 ピキッ。


 ゴーレムの背中が少し砕けた。


《ゴォォォォォォォォ!》


 ゴーレムは片手で銃弾を防ぎつつ、もう片方の腕で竿を薙ぎ払う。


 海斗は危険を察知して、ゴーレムから距離をとった。そのまま弥生たちのもとへ戻る。


「どうだった?」


「確かに背中には攻撃が通じた。どうして分かったんだ?」


「簡単な話よ。全身が腕くらい硬いなら、そもそも腕でガードする必要はないでしょ。つまり腕だけが異常に硬いってことよ」


 そうか。言われてみれば弥生の言うことはもっともだ。


「そろそろ銃弾が切れるけれども、どうしようか」


 椿が発砲を続けながらも、指示を仰ぐ。


「あんたは一度銃撃を止めて弾を補充しなさい。私たちが注意を引き付けるから、ゴーレムの背中に撃つこと。おk?」


「了解だよ」


 そんなやり取りの後、弥生、海斗、睦美の3人がその場を離れる。


「こっちですよ!」


 睦美はシャーペンを数本投げるも、ゴーレムの腕ではじき返されてしまう。


 しかし、注意を引き付けるという目的は見事に達成し、ゴーレムはこちらにやってくる。


 かと思いきや、ゴーレムは落ちていた氷片を拾い上げた。


「投げつけてくるわ!」


 弥生の言う通り、ゴーレムは投げの姿勢に入る。


 すかさず睦美は原稿を破った。すると目の前の地面が盛り上がり、透明な氷の壁ができあがる。


 それと同時に、放たれた氷片は氷壁と衝突し、パリンと音をたてて砕け散る。


「ナイスよ、睦美!」


「恐縮ですっ!」


 睦美はペコっとお辞儀をした。

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