第34話 再始動

「おや?」


 椿は弥生の蹴りをひらりと躱し、疑問符を浮かべた。攻撃を外した弥生は地面に叩きつけられ、悲鳴をあげる。痛そうだ。


「壁がなくなった……って、もしかして昨日のマップ変更と同じ類の現象か? あと弥生、大丈夫か?」


「いっつつつ……ちょっと腰を打っただけだから大丈夫よ。それと、椿は後で絶対に蹴る」


 顔をしかめているが、なんとかオーケーサインを返してくる。たくましい。


「昨日のマップ変更……とは、海斗クン達が目を覚ました時に小部屋から放り出されていたという、あの話だね」


「うん。岩がなくなったのも『安全地帯から追い出された』って解釈できるかなって」


「なるほど。安全地帯にも使用制限があるってことね」


 弥生はゆっくり立ち上がって、そのまま回し蹴りを椿に炸裂させようとする。


 しかし、椿はすました顔で、さも当たり前かのようにそれを避ける。


 えっと、二人はなにをしてるんだ? 独特なコミュニケーションの取り方なのか?


「では、やはりこの世界で100%安心という場所は存在しないということだね」

 弥生の足払いを華麗なステップで避けながら、椿が言う。


「そうね。次に安全地帯を利用するときは、もう少し警戒した方がいいかも」


 そう考察しながら、弥生は前蹴りを繰り出す。


「そのようだね。当番制にして、交代で見張りをするのがいいかもしれない」


 前蹴りの軌道を片手で変更し、その勢いを利用して弥生を横転させる。


 あまりに自然すぎる流れだったからか、弥生はなにが起こったか分からないようだった。


「あ、あんたなんなのよ!」


「なんなのとは? 当番制がそんなに嫌だったのかな?」


「その話じゃないわよ! 今の技の話!」


 弥生は興奮冷めやらぬ様子だ。


「技というか……ただ、物理的に一番効率よく力を受け流しただけなのだけれども」


 凄いことを言ってる。


「それって……合気道ってこと?」


「いや、私は合気道を習ったことはないよ。まぁ、似てる点はあるのかもしれないね」


 平然と言ってのける。素人目にも、彼女が黒帯レベルの実力を持っていることは分かった。


「そんなことより、今の弥生ピョンにはするべきことがあるよ」


「……分かってるわよ」


 弥生は負けたことに不貞腐れながらも、スマホを取り出す。


「えっと……ボスモンスターは上流の方にいるみたいね。このまま川伝いに歩いていけばエンカするわ」


「「演歌?」」


「エンカウント! 遭遇って意味!」


 弥生が若干キレている横で、寝そべっている睦美がもぞもぞと動く。目を覚ましそう……?


「ふあ~……」


 大きな欠伸と共に、起き上がる。


「バニラアイスの雪解け水ですねぇ~」


 溶けたのはアイスなのか雪なのか。分からん。


「おはようムッツ―。歩けるかい?」


「走れませぇん」


 見事に寝ぼけているが、ギリギリ会話が成立しているような気がしないでもない。


「それじゃ、ボスモンスターに向けて出発するわよ」


 弥生が先陣を切るのかと思いきや、彼女は睦美の隣に移動した。寝ぼけた睦美に付き添ってあげているようだ。


 昨日の件もあるし、特に睦美には優しくしてあげようとしている風にも思えた。


 弥生は普段、強気な言動をすることが多いけど、本当は心優しい少女なのかもしれない。

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