第22話 釣り開始

「……よし、これくらいでいいかな」


 雑談しながらも、餌の収集を続けていた海斗は、満足げにビニール袋を掲げた。その中身は岩から剥がしたコケと、川虫が十数匹。コケを入れると川虫同士が喧嘩しないという配慮がされているのだ。


「はい、竿」


 弥生は釣りを始めるであろう海斗に、気を利かせて竿を渡した……が。


「え? いらないけど?」


「は? 釣りするんでしょ? 竿いるでしょ?」


 弥生は「ありがとう」待ちだったのだろう。予想外の受け答えに、少し語尾を強める。


「いやいや、渓流釣りで投げ釣り用のロッドとかなめてんの?」


 真顔でそう言ってくる海斗に、流石にカチンときたのか


「あんたね、私が親切で渡してんのにその態度はなによ」


 これで謝ってくるはず。弥生はきっとそう考えたのだろう。


 だが、海斗はそれを上回っていた。


「アマゴ釣りたい人にそんな竿渡すとか喧嘩売ってるようにしか聞こえないんだけどそんな固い竿使ったらアマゴが食いついた時に違和感を覚えて逃げるに決まってるんだけどもしかして俺に釣らせないつもり?そういうこと?始まる前からボウズにさせるつもりなんだふーんそうなんだ本当に性格悪いね釣りは皆で気持ちよくするものだからそういう小意地の悪いことは慎むべきだと俺は思うぞふざけるのも大概にしろ」


 海斗は依然として真顔だが、よく分からない沸点に達してしまったようで、弥生はお叱りを受けた。


 海斗の言うことを要約すると、「投げ釣り用の竿を渓流釣りで使うのは適していない」ということなのだが、素人がそれを読み取ることなど不可能。しかもキレ始めたとなると手に負えず──


「え、あ、えっと……ごめんなさい?」


 ──とりあえず謝ったのだろう。弥生の目は混乱でグルグルしている。


「うん、分かればいいよ」


 にこやかに許しの言葉を口にする海斗であったが、弥生は全く分からないのである。弥生の額から冷や汗がぶわっと吹き出した。


「えっと、それじゃあ海斗はどうやってアマゴを釣るの?」


「? 普通に糸と針で。直接糸を持って、魚が掛かったら引き上げる」


「そんなことできるの?」


「うん。手釣りってやつだよ。まぁ、渓流釣りでは普通しないんだけどね。でも、ちょっと重めのガン玉使えばなんとか投げれるし、ミャク釣りなら今持ってる海釣り用の仕掛けでも代用できるかな」


「なるほど分からん、いってらっしゃい」


 弥生は海斗の背中を押し、強制的に上流の方へ向かわせた。


「お、おい。押すなって」


 文句を言いながらも、弥生をその場に残し、一人で少し先の上流へ移動した。そして手早く仕掛けを準備する。


 アマゴ釣りの開始だ。

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