第19話 ウサギ危機

「……とりあえず、モンスター狩りにいくわよ」


「そ、そうですね! い、行きましょう!」


 睦美もそれに続く。


「あ、ちょっと待った。あとどれくらいポイントを稼げばいいんだ?」


「確認するわ。えっと……あれ?」


 弥生の様子がおかしい。瞬きを数回繰り返し、


「いやいや、見間違いよね。うんうん」


 どこか納得したように頷き、一度画面を閉じて深呼吸。


《ウィン》


 彼女は再度画面を開いて……膝から崩れ落ちた。


「噓でしょ……」


「どうしたの?」


 海斗は弥生に近づき、そして理解した。


「ポイントが……ない……!」


                 * * *


「まずは水だ。もう水が残り少ない」


 海斗は残り半分となった2リットルペットボトルをチャプチャプと揺らしてそう言った。


「ど、どうしましょう!」


「落ち着いて睦美。水はあそこから取ればいいじゃない」


 弥生は階段を指差した。階段は氷に包まれている。


「あ、氷を削るんですね!」


「……いや、それは難しいかも」


 睦美は納得するも、海斗はそうもいかない様子だ。


「どうしてよ?」


 弥生の疑問に答えず、代わりに海斗は近くにあった石を拾い上げ、階段に向かって投げつけた。


 それは階段に直撃し……くっついたまま凍る。


「削るものが凍っちゃ意味ないよ。下手したら削ろうとした人まで凍るし」


 さっき錘をタツノオトシゴにぶつけた時も、同じようなことが起こった。この氷は少々特殊なようだ。


 これもやはり理屈じゃないのか。いや、でも【魔法の執筆セット】が効果を発揮した時に凍り始めたのはなぜだ? 関係性はあるのか? ……分からない。


「とにかく、水源を見つけるにしろ、モンスターを倒してポイントで水を買うにしろ、行動しないと」


「そ、そうね。ここに居ても仕方ないわ。……急にきちんとし始めて、やっぱりなんかムカつく」


 大事な場面ではシャキッとするのが海斗の本質なのだろう。普段はただの釣りバカだが。


「じゃ、とりあえずこっち行くか」


「は、はい!」


 海斗の背中を睦美が追い、さらにその後ろを弥生が歩く……が。


「……私、なんの役にも立ってないなぁ」


 弥生の言葉は風に流されて、誰にも届かず消えた。溜息をついたその顔の陰りも、二人には気付かれず。


 そのまま一行は水源、あるいはモンスターを探して歩いて行く。


 すると、近くで一番高い丘に辿りついた時、


「あ、川がある!」


 少し先に、小川が。遠くから見ただけだが、それなりに澄んだ水のようだ。


「こ、これで飲み水は確保できましたね!」


「よかった。もう喉がカラカラよ……」


「弥生、元気ないな。脱水症状とか?」


「いや、そこまでじゃないわよ。大丈夫……」


 まぁ顔色が悪いわけではないし、体調に問題はなさそうだが……。


 海斗は少し気がかりに思いつつも、三人は丘を下り、川の方へと近づいていった。


「あ、あの……今気付いたんですが、この水って飲めるんですかね?」


 水面を覗き込み、海斗に尋ねる。


「うーん。死にはしないと思うけど」


「えっ、なんか不安になって来ました……」


 睦美は、すすすっと川岸から離れた。


「あーでも、それなりに綺麗だとは思うよ。そこの岩にコケが生えてるし」


「コケ、ですか?」


 小首を傾げて聞き返してくる。


「うん。コケが生えてるってことは、少なくとも毒性のある水ではないってことだね」


「な、なるほど! 海斗さん凄いです!」


 感服しました!とキラキラした目で見つめてくる睦美。さすがに照れる……。


「やるじゃない海斗。……私なんかとは違って」


「えっ?」


「……なんでもないわ」


 目を伏せ、明らかに元気がない弥生。心配になって声をかけようとした……が、その時。


《キュリリリッ!》


 甲高い声が鼓膜を震わせた。


 急いで背後を振り返ると──巨大なウサギが迫っていた。

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