第2話 爬虫類はキショい

 目が覚めると暗闇に倒れ込んでいた。視界は黒で埋め尽くされていて、なにもない。


 ただ床はあるようで、手をついてみると、ひんやりとした感覚が伝わってきた。これは……石畳?


 よく分からないが、どうやら死んだらしい。


「……なんだよ、クロマグロに引っ張られて死ぬって。とんだ殺人マグロだな」


 大きくため息をつく海斗。


「そりゃああんなところで釣りしてた俺も悪いけどさ? 流石にクロマグロはないって。……ってかクロマグロはあんなところにいねぇよ!」


 クロマグロを釣るには船で沖に出ないといけないし、それ以前に軽いノリで釣るような魚ではない。ウン十万する電動リールとか、もはや糸ではなくワイヤーを使うことだってある。


 大間の漁師さんとかなら、専門の機械で釣りあげるんだろうが、一般人の針に食いついたところで、どうしようもない。無慈悲にも糸を切られて終わりだ。


 なのに、海斗の場合はなぜか最後まで糸が切れなかった。それが災いして、転落死という結果になってしまったのだ。


「あのマグロ、俺に個人的──いや、個魚的な恨みでもあったのかなぁ……」


 というより、そうとしか思えない。外洋を回遊するクロマグロがあそこまで岸の近くに来るなんて異常だ。しかも糸が切れないように調節しながらリールの糸を出し切り、最後は海に引きずり込む。……これはまさに故意的な犯行。有罪判決だ。逮捕してくれ。


「って、警察がマグロを捕まえるわけねぇよな……」


 しかも逮捕云々の前に、海斗は死んでいる。今更あのマグロが捕まろうが食われようが、海斗は生き返らないのだ。


「あーあ、高校生になったばっかなのに、変な死に方したなぁ……」


 そういって海斗は上の方に顔を向けた。


 ……暗闇に目が慣れたのか、薄っすらとなにかが見える。


 海斗は慌ててライフジャケットのポケットを探る。……あった、夜釣り用のライトだ。


 それを帽子のつばに装着し、もう一度上を見上げてライトを点けた。


「……岩?」


 四、五メートルの高さのところに岩肌剝き出しの天井があった。そのまま岩の壁が続き、地面はやはり石畳。それ以外にはなにもない。そういえば釣り竿も近くに落ちていない。あくまで身に着けていたものだけが海斗とセットでついてきたようだ。


 海斗はさらに辺りを見回す。左右までは数メートルほどの距離だが、前後は壁がない。どうやらここは、奥に道が続いている洞窟のような場所らしい。


「天国ってこんな場所なのか……?」


 あるいは地獄か。そこまで悪いことしてないと思うんだけど。


「誰かいますか~?」


 死んだのなら、天使だか悪魔だかがいるのではと思って叫んでみるも、返事はない。返って来たのは不気味な木霊だけだ。


 どうやら進むしかないらしい。


 海斗は立ち上がった。今になって気付いたが、怪我はしていない。それどころか痛みすら全くなく、歩くのも問題なさそうだ。


 海斗はライトを頼りに、壁際に沿って歩いて行った。


「……結構長いな」


 多少くねったりしているようだが、一本道が続く。いつまで歩かせるつもりなんだ……と。


 突然、開けた場所に辿り着いた。天井もさっきまでの倍くらいはあり、見回してみると、円状の部屋になっているようだ。


「ん? あれは……」


 前方に二つの道が続いている。これはどっちかが正解でどっちかが不正解みたいなやつなのか?


 とりあえず両方の入り口に立ってみて、それぞれを注意深く観察する。


 ふむふむ……なるほど。


「って、なにも分かんねぇよ! どっちに行けばいいんだよ!」


 脳みその大部分が釣りで一杯の海斗に、サバイバル知識などあるはずもなく。


「とりあえずここで待っとくか。そのうち誰かくるんじゃね? ……知らんけど」


 地面にドカッと座り込んでしまった。下手なことをするくらいなら、動かない方がいいと判断したのだ。


 ……だが、事はそう上手く運ばなかった。


 遠くから聞こえてくる、唸るような音。


「ん? 誰かいるのか?」


 再び立ち上がって辺りを見回すも、やはり人影はない。


 不思議に思っていると、地面が小さく揺れ始めた。


「地震……?」


 一瞬そう思ったが、揺れはだんだん大きくなっている。これは……なにかが近づいている?


 ──その時、右の道からなにかが飛び出してきた。


《キエェェェェェェェエ!》


 正体はエリマキトカゲ。


 ……が巨大化した怪物。


「うわああああああっ!?」


 海斗は悲鳴をあげる。ただし、怪物に驚いたというよりかは、エリマキトカゲに驚いた部分が大きい。魚類は問題ない海斗だが、爬虫類が大の苦手なのだ。


《キエェェェェェェェエ!》


 悲鳴で海斗の存在に気が付いたエリマキトカゲは、海斗に向かって走り始めた。


「うわああああああっ!?」


 もちろん海斗は逃げる。すぐさま左の道へ駆け込み、猛ダッシュ。


「うわああああああっ!?」《キエェェェェェェェエ!》


「うわああああああっ!?」《キエェェェェェェェエ!》


 叫び声が謎のデュエットを奏で、響き渡る。


「あーもう! 俺、本当にトカゲとか無理なんだって!」


 海斗は咄嗟にライフジャケットから錘を一掴み取り出した。そして駆けながらも後ろを振り返り、それを思いっ切り投げつける。


《ギャアァァァ……!》


 するとそれはトカゲの顔面を中心にクリティカルヒットした。トカゲはたたらを踏んで崩れ落ちる。


 エリマキトカゲを倒した!


「……うわっ、殺しちゃった……」


 海斗はそっとトカゲに近寄る。もうピクリとも動かない。


 海斗は罪悪感を覚えた。生き物は大事にしないといけないのに……。


 釣りをする際には、いくつかのルールがある。そのうちの一つに「稚魚が釣れたら海に返す」というものがある。これは海洋資源を枯渇させないための決まりだ。


 他にも魚を守る様々な工夫があるが、そんな考えに日々触れている釣り人は、生き物を大切にする人が多い。海斗もそのうちの一人だった。


「なんか……ごめんな」


 思わず海斗はトカゲに謝ってしまった。


「出来れば来世は魚に生まれ変わってくれ。そしたら……美味しく食べるから」


 結局海斗に追い詰められる運命なのか。心の中でトカゲはそうツッコミを入れたに違いない。


「殺してしまったならせめて美味しく食べてあげたいところだけど……流石にエリマキトカゲの肉は……ちょっと……」


 するとその時。エリマキトカゲがパリンと音を立てて砕け散り、光の粒子となって消滅した。


「え? なに? どゆこと?」


 一種のパニック状態である。目の前のトカゲがいきなり消え去ったのだ。しかもゲームのようなエフェクトで。


 だが、海斗はゲームを一度もしたことがない。突然の出来事に頭がついていかないのだ。


 しかし、それで終わりではなかった。


「いやああああああっ!?」


 どこかで聞いたような悲鳴が近づいてくる。


 これは間違いなく……人間の声だ!

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