老人と『隕石』

 翌日は日曜日。特段の用事はなかった。

「ちょっと、散歩してくる」

 母親にそう告げて家を出た。目的地はもちろん公園だ。


 老人はぼーっとベンチに座っていた。

(今日は電話をしないのか?)

 カズヤは横のベンチで観察を続けることにした。

 

 三十分が経過した。

(今日は撤収するか?)

 カズヤがあきらめかけたその時、老人がビニール袋から赤い空き缶を取り出した。

(よし!)


「おお、元気しとるか? わしは元気じゃ」

 会話が始まった。カズヤはベンチに座ったまま、老人の側に少し移動して聞き耳をたてた。


「それにしても、暑くなってきたのう」

 しばらく、取り留めもない会話が続いた。


(手がかりになる話しはないな……)

 思ったその時、老人は突然、大声を出した。


「何の音じゃ!」

 目を見開いて、空き缶を強く握りしめている。

「とんでもない爆発音がしたぞ!」

 老人の声は更に大きくなった。


「どうしたんじゃ! 何? 隕石じゃと?」

「空からたくさん降ってくる?」

「逃げろ! そこから逃げるんじゃ!」

 老人は肩を震わせて、空き缶を耳に当てたまま叫び続けた。


「逃げろ!」

「逃げろ!」

「逃げろ!」

 狂ったように繰り返した。公園を通る人たちは怪訝な顔をしたが、老人は気にしなかった。


 老人は、五分、いや十分近くも叫び続けた。


「おい、返事をするんじゃ。頼むから……返事をしてくれ」

 老人は諦めて肩をガクッと落とした。


「ワシが……お休みしてもうた」


 カズヤは慌てて老人に駆け寄った。

「おい、お休みってなんだよ!」

 カズヤは無意識に老人の肩を両手で揺すっていた。


 老人は手をダラっと下げた。その拍子に空き缶が手から転げ落ち、カランと音がした。その瞬間、老人はいつもの目が虚ろな老人に戻ってしまった。

「隕石? どういうことだよ!」


「おい、君!」

 巡回中の警察官が、公園の外から走ってきた。カズヤは慌てて老人から手を離した。


(警察に言っても信じてくれないだろう。一体どうすれば……)

 カズヤは老人に謝った。警察官も何とか見逃してくれた。長居できないと思ったカズヤは、帰宅することにした。


 カズヤは、公園での出来事がどうしても気になった。

(空を覆うほどの隕石? そんなことが起こるのか?)

 信じられないが、否定もできなかった。

(あの老人には特殊な能力があるのかもしれない。突然、頭がはっきりして未来や過去の自分と話ができるような能力が)

 翌日、改めて検証することにした。

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