Act12_霹靂のエンザティ

Date.日付12-August-D.C224D.C224年8月12日

Time.2345時間.23時45分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.None無し

Status.状態.Yellow乙女

Perspectives.視点.|Benedikte Lena Mystia《ベネディクテ・レーナ・ミスティア》


何かを待つとき、身体を動かしていた方が気は紛れるものである。じっとしているだけでは余計な思考をしてしまう。それが心配をするようなものなら尚更だ。まあ身体を動かしていれば気持ちが落ち着くというわけでもないのであまり効果があるようには思えない。ともかく結果として腕組をしたまま自室内をひたすら左旋回するという奇行をしているのだが、現状他の人間の目はない為その行為が中断されることはない。ラグンヒルド辺りが見ればひきつった顔をされることは間違いなかった。

だがどうにも私は堪え性の無い人間らしい。政治等の場ではそんなことは無かったのだが、自分の新たな一面に自嘲した。

さて、私が何を待っているのか。それはアサカ達からの連絡であった。アサカとアリシアに救出作戦の依頼を行い早数時間。

作戦成功であればそろそろアルムクヴィスト軍の前哨基地に到着している頃合いである。正直心配と不安で吐きそうであった。

自分でもなぜこんなにも焦燥感を抱いているのか理解ができない。今まではこんなこと無かったのに。

アサカもアリシアも確かな力量の実力者だ。難易度の高い救出作戦ではあるが、あの二人の実力であれば成功する確率は高い。そんなことは理解している。しているのだが、もし上位の魔族が現れたら、もし全てが罠であったら等の無為な妄想を抑制できなくなっていた。

なんとも情けない事であるが、こんなこと経験が無い為対処法がわからない。だがしかしその根幹たる原因はわかっていた。アサカだ。間違いなく彼のせいである。今回の作戦と今までが違うことと言えば、アサカが参加しているか否か、ただそれだけなのだから。

今なら戦地に娘を送り出し泣いている親の気持ちが何となく理解できる。彼ら、彼女らも恐らくこういった理解不能の焦燥感などに苛まれているのだ。別にアサカはまだ家族でもなんでも無いというのにおかしな話である。これが恋心といったものであろうか。存外煩わしい。煩わしいが、不快ではなかった。ムカつくことに変わりはないが。


『ハロー』


その時であった。頭の中に女の声が響く。低めの落ち着いた声。アリシアからの連絡であった。安堵し、左旋回を続けていた足を止め、ベッドへと腰を下ろす。


「アリシアッ!大丈夫だったか!?」


『ええ。連絡が遅れてごめんなさいね。作戦は無事に成功したわ。救出できたのは8名。ケイリッド女爵の妹君も無事』


ほっと胸を撫で下ろす。今まで抱いていた焦燥感が一気に吹き飛び、どっと眠気が襲ってきた。自分が思う以上に気を張っていたらしい。


「良かった…。アサカとアリシアにも怪我はないか?部隊の被害は?」


『私と彼は大丈夫。軽傷は負ったけど、神聖魔術で治療済み。部隊に被害も無いわ』


アリシアの言葉を受け、仰向けでベッドに倒れ込む。すれば空けていた窓から夜風が流れ込み、火照った頬の思考を冷やしていった。


『何よそんな心配して。そんな柄でも無いでしょうに』


アリシアはイタズラっぽく笑いながらそういった。通話のピアスを介した念話であるため、私の感情の一部が彼女にも伝わったのだろう。多少の気恥ずかしさを覚える。まあ彼女とは長年の付き合いであるし、今更何ということもない。


「ほうっておけ。それより、アサカはどうであった?」


私はそれ以上の追求を避けるために話題を転換する。実際気になっていたことでもあるのだ。私は彼の強さをその身を持って理解しているが、同業者のアリシアから見てどう写ったのだろうか。


『良い戦士だと思うわ。こういっては何だけど、予想以上に使えた。あんたが女王陛下に進言して傭兵にしたというのも頷けたわ。私達ミスティア傭兵とは別の視点も持っているし、実力も確か。今後も共同の機会があれば積極的にお願いしたいくらい』


上々の評判に何故かこちらまで嬉しくなる。アリシアはミスティア最強の傭兵部隊のNo2である。そんな彼女からの太鼓判だ。傭兵界隈でアサカの評価は揺るぎないものとなっただろう。だがそういう彼女からは別の感情も流れ込んできた。妙に熱っぽい感情。まさか…


「気に入ったようで何よりだ…かなり気に入ったようだな…」


いやまだ私の早合点の可能性もある。ここは慎重に、探りを入れて…


『ええ。それはもう。私、彼のことかなり好みよ』


入れる必要もなかった。驚いてベッドから体を起き上がらせる。何故だ、まだ知り合ってからたったの数時間であろう…。なりを潜めていた焦燥感が再び募り始める。だが先ほどまでのものとは大分違った。なんというか、取られる!といった類のものだ。いやそもそもまだ私のものでもないのだが。ないのだが!!


「そ、そうか。それは何より…」


『ふふ。ベネディクテ。私、あんたが相手でも引く気は無いわよ』


宣戦布告であった。紛うことなき宣戦布告であった。何か言葉を返そうとするが、口が上手く回らず、魚のように口をパクパクさせてしまう。


『知ってる?髭ってチクチクするのよ』


「え!?はッ!?え!?いや、お前何を…もしかして…!」


『あはは。夜分も遅いし、そろそろ寝るわね。早朝、アサカも連れて王都へ向けて出発するわ。仔細はその時に』


「え!?いや待てまだ」


『おやすみ』


そういってアリシアは通話を終了した。私は勢いよくベッドへと倒れ込み、枕へと顔を埋める。そして無駄に体をジタバタさせていた。アリシアの女郎、絶対アサカとキスしやがった…。もやもやする。独占欲が湧き上がる。なんでとか、どうしてとかそういう言葉が脳内に過るが、そんなこと考えてみれば当たり前である。あの男はこの世界に置いて、武を生業とする女からすれば魅力的に過ぎるのだ。考えてもみろ。多くの男は女の庇護下である事が当たり前のこの世界において、上位者たる私を組み伏せる格闘術、そして逸脱者を退かせる戦闘能力。まさしく御伽噺の存在と遜色無い。それをしっかりと理解していなかった自分の落ち度である。いや、そもそも私はアサカの事を愛人にして抱ければそれでいいだけで、別に先を越されたとか、どうでも…。

―やめよう。いい加減自分の感情としっかりと向き合うべきだろう。このままではどんどんと差をつけられるだけだ。


私は、アサカが好きなのだ。


ここまでくれば言い訳のしようもなかった。好きでもない男にこんな感情抱くわけも無い。認めてしまえばすんなりと、その言葉が心の中に染み渡っていった。

頬が紅潮する。夏の夜という気温以外の熱気が顔を包む。存外恥ずかしい…。だが不快では無い。こんなにも心地よく、くすぐったい感情は初めてだった。


「好き…か」


一人言葉を漏らせば、思わず顔がにやけた。王位の第一継承者として育てられた私が、こんな普通の少女の様な感情を抱くとは。それもまだ出会って間もない男に。数年前の自分に言っても到底信じないだろう。だがアリシアの事も含めて、人を好くというのに時間というのはあまり関係がないのだと気がついた。大きな要因があれば人の感情は動くものである。逆に嫌いになる場合は時間が大きな原因となる場合が多い気がするが。


思春期の処女らしく頭の中がお花畑になりかけているのを、頭を振ってリセットする。そうだ、こんな自分の気持ちに素直になった余韻に浸っている場合ではないのだ。既にアリシアに一歩先にいかれている。オイフェミアとのアサカ愛人化計画を実行するに当たって、これは由々しき事態だ。オイフェミアだって何のかんのはぐらかしているが、アサカに対して私と同じ感情を抱いているに決まっている。生まれてこの方一緒に過ごしてきた従姉妹、そして親友だから断言できる。

公爵家と王家の権限を使えばアサカを愛人にする事くらい造作もない事だが、自分自身の恋愛感情に気がついた今となってはそれでは納得ができない。勿論倫理的にもどうかと思うし、そもそもアサカとアリシアに対して余りにも不誠実だ。アサカはともかくとしても、アリシアもオイフェミアと同じく私の親友である。

そして、幾らでも濁す事ができたのにアリシアは直接、私に自分の感情を伝えてきた。それはつまり、正々堂々勝負しようという誘いでもある。であれば真正面から向き合うのが友人として健全だろう。

つまりはこの遅れを取り戻さなければならない。具体的にどうするかだが…妙案はあった。それは先日オイフェミアが言っていた食事会である。国の有力者を招き、今回の功績者であるアサカとレイレナードの面々を主役とした食事会兼連絡回を開くのだ。そこで私とオイフェミアがアサカと親密な関係であることを各方の有力者にアピールすることができれば、外堀は埋めやすい。勿論私の個人的欲求を満たすだけでは意味がない。その場でアサカの有用性を誇示することも必須だ。特にレティシアやヴェスパー兄、母上、二ルヴェノ伯辺りには彼の事をよく知ってもらわねばならない。強力な戦力への造詣の浅さは、そのまま恐怖心に直結するからだ。一番の問題はアサカの個人的な感情であるが、それはもう正面から惚れさせる為に努力するしかないだろう。私は曲がったことが嫌いである。親愛を感じている相手を謀る事はもっと嫌いだ。だから…女として頑張るしか無い…。

しかし恋愛面における女らしさなぞ今まで学んでこなかった。どうすればいいのか、皆目検討もつかない。これは一人で悩んでも、下手に空回りするだけだろう。ラグンヒルド辺りに相談したほうが良いだろうか…。からかわれることは間違いないが、背に腹は代えられない。後は意外とヴェスパー兄もいいかもしれない。ラグンヒルド以上にからかわれる事は間違い無いが、最終的には適切な助言をくれるだろう。

閑話休題。

ここまで脳に花を咲かせた思考ばかりしてきたが、現実問題色々と仕事が増えることに気がつく。早朝にアリシア達が王都へ向けて移動を開始するのならば、どんなに遅くとも5日後には到着するだろう。それまでに連絡回の準備、今回の作戦の報告書、各方面への根回し…やることが山積みである。まあ言い出しっぺはオイフェミアであるし、あいつにも手伝わせよう。別に嫌とは言わないはずだ。オイフェミアもそれが個人的欲求を満たすのに必要な事であると理解するだろう。


実際問題として、モンストラ戦線の現況は私も気になる所である。私が今の立場になってから大きな動きはなかったが、今回の一件がその火種となる可能性も否定できない。元より魔物の目的も不明なのだ。末端の下級の魔物を捉え拷問した所で、そもそもあいつらは軍事行動という単語すら理解していない。戦略目的を理解していそうな上位の魔族は、そもそも戦闘に参加してこない。戦線を押し上げようにも、フェリザリアの脅威がある状態では、各貴族の足並みが揃わない。そんな訳で、ミスティア王国はモンストラ戦線に対する知識が圧倒的に不足しているのが現実であった。どうやらフェリザリアはノルデリアの投入によって問題を解決したようであったが、それは女王の絶対王政化にあるフェリザリアだから行えた事であろう。こっちでレティシアやオイフェミア、アリーヤを直接投入しようとするものなら議会が紛糾することは必至だ。理由は先にも言ったフェリザリアの脅威である。というかノルデリアという逸脱者個人に対する恐れだ。こればかりはウォルコット軍の報復攻撃を待つほかない。もっと先んじてモンストラ戦線の問題解決に注力していればよかった事であるが、実際問題第5次ミスティア-フェリザリア紛争が勃発した今となっては後の祭りである。


仕事は山積みだ。だがナーバスな気分にはならなかった。それは今後の展望が期待できるものであるからだろうか。ともかく今日はもう遅い。さっさと寝て、これからに備えることにしよう。そう思い、私は部屋の魔石灯の明かりを落とした。



Date.日付12-August-D.C224D.C224年8月13日

Time.0813時間.8時13分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.Clerical work《事務作業》

Status.状態.Green寝不足

Perspectives.視点.|Benedikte Lena Mystia《ベネディクテ・レーナ・ミスティア》


「で、朝早くからなんなのですか」


夏らしい地面を灼く太陽が東の空に上がっている。まだ朝ということもあり気温は然程でもないが、正午には連日と同じく嫌になるような熱気が王都を包むだろう。

そんな朝、目の前には明らかに寝不足で機嫌の悪そうなオイフェミア。目をこすりながら、手で隠しつつ欠伸をしている。昔からオイフェミアは朝が苦手であった。曰く寝起きは魔力の巡りが悪いのだとか。覚醒を促すためなのか魔香草を煙管に詰め、紫煙を吐き出した。

まあ私も寝付きが悪かったため若干の眠気はある。だが時間はそう多くないのだ。やるべきことは早めに終わらせるに限る。


「前に言っていただろう。アサカの認知を深めるために食事会をしようと。その準備をするぞ」


「はいー?」


釈然としない様子のオイフェミアであったが、何かを察したのか突然表情を変えこちらに詰め寄ってくる。無意識に魔力を奔らせているのか瞳が発光していた。


「もしかして、昨夜の作戦で何かがあったのですか!?こちらの指揮官からは特段そういった報告はありませんでしたが…」


先程までの眠そうな顔は何処へやら。真顔でそう彼女は訊いてくる。


「まあ…そうだな。だが重傷を負ったとかそういう話ではない。物事は早めにこなしておくに限る、と思ってな」


意味がわからないといった表情を浮かべるオイフェミア。他人の思考は何でも読み取れる彼女だが、それは常時という訳でもない。あくまで思考閲覧魔術を発動している時に限られる。そしてオイフェミアは身内にその魔術を使うことを嫌っていた。それは、親しいものの排他的な思考ほど、自分自身の感情を乱すものは無いと彼女自身が考えているからだ。謂わば、彼女なりの防御反応とも言える。


「なあなあで活動を続けさせても良いことは無いだろう。改めてアサカという存在を各貴族に認知させる。人となりも含めてな。それにアサカの視点から語られるモンストラ戦線の状況には興味がある。弱腰な貴族共にも良い薬となるだろう」


オイフェミアは手を顎に当て思考に入る。何故私がこのタイミングでこの話を持ちかけたのか等も含めて思案しているのだろう。聡いこの女のことだ。最終的には私と同じ結論に至るはずである。


「まあ言っている事はわかりますよ。良いでしょう、どのみちいずれやるなら早いほうが良いです。でも、それだけじゃないでしょう?」


「な、何のことだろうか…」


ジト目で私の顔を覗き込んでくるオイフェミアから視線を反らす。発光している瞳にはそれなり以上に威圧感があった。まあ今更それに怯えるといった事はないのだが、今回の食事会に対する私の本心はまた別の所にあるため、妙に視線を合わせづらい。


「誤魔化さないで。何年ベネディクテと一緒にいると思っているのですか。隠し事くらいわかりますよ。魔術を使わなくてもね」


そう言って逸した先の視線に入り込んでくる彼女の顔。観念し、溜息を漏らした後に私は話を始める。


「別に隠し事をするつもりはない。ただ、私達の目的達成の為のライバルに、アリシアが参画してきたというだけだ」


何を言っているんだこいつという表情を彼女は向けてくる。


「私達の目的…」


「ああ。アサカ愛人化計画」


そう告げれば彼女はその場から猫のように飛び退いた。顔を紅潮させワナワナとした様子で口を開く。


「え!?は!?え!?アリシアも!?いえ!そもそも私はあくまでベネディクテのその計画を手伝うとは言いましたが、私自身は別に何も…」


わかりやすい言い訳である。他人から見れば、私もこの様な感じだったのだろうか。ヴェスパー兄がからかってきた事も納得がいく。こういうところは血の繋がった親戚なのだと苦笑しつつ、言葉を返した。


「素直になれオイフェミア。既に私達はアリシアに差をつけられいるのだぞ。あいつ、既にキ、キス…まで」


「はぁ!?キス!?」


補足だが、ここは王都に存在するアルムクヴィスト家所有の屋敷のガーデンだ。そこで朝食兼、お茶をしている所の一コマである。当然周りにはメイドや執事等の使用人が何人もいる。そんな中で突然大声を出せばどうなるか、考えなくてもわかるだろう。使用人達が何事かと一斉にこちらに顔を向ける。オイフェミアは先程よりも顔を紅くしながらなんでも無いと使用人に告げた。そして声量を下げつつ言葉を続ける。


「キ、キスってどういうことですか!アリシアがアサカにって…つまりそういう事ですか…?」


「そういうこと、だ。キスについての仔細はわからん。直接言っていたわけではないからな。だが、昨夜の通話の内容を聞く限りは…」


「仔細を知っていたら流石に気持ち悪いですよ。まあ…ベネディクテが何を焦っているのかはわかりました。…ま、まあ?実際アサカの今後を考えても各貴族への顔合わせはしておいた方が良いですし?私達がサポートしたほうが色んな方面に顔も効きますし?吝かでもありませんが?」


声が上ずっている。頬が紅潮しすぎてもはやトマトの様である。ここまで素直にならず強がるオイフェミアを見るのは初めてであったので、少し面白かった。同性の目から見ても可愛く思える。私にはない要素なので、正直言って羨ましくも思える。


「では仔細を詰めよう。とりあえず場所と招待する貴族だ」


「場所に関しては城館よりもアルムクヴィストの屋敷の方が良いでしょう。その方が各方に角が立ちません」


「そうだな、そちらは任せる。招待状を出すのはウォルコット、アルムクヴィストは勿論として他に案はあるか?」


「王家派閥からはカリール子爵、トリスタン魔導爵でしょうか。両家共に法衣貴族の中枢的存在です。議会での政治力も高い。モンストラ戦線の情報共有を含めて彼女たちには居てもらった方が良いでしょう。地方領主派閥からは二ルヴェノ伯、スノーピーク子爵、ケルズ子爵辺りでしょうか。地方領主派閥での筆頭でもあり、話の通じる方々です。謁見報告会での対応からも分かる通り、利権目的にせよアサカの傭兵としての活動に肯定的でもあります」


オイフェミアの言に同意する。私の考えも同様であった。今名前の上がった各貴族は有能であり、ミスティア国内で高い政治力、発言力を持っている。今後のアサカの活動を円滑に進める為にはパイプを築いておいて損はない。いや余計な面倒事が増えそうという損はあるかもしれないが、メリットの方が大きいだろう。どのみち爵位を与えるのであれば各貴族からの協力は必須なのだ。仮にこの面々を協力者につけられれば、トントン拍子に話は進むだろう。


「他だとアリーヤ卿もですね。アリーヤ卿はミスティアのリーサル・ウェポン、そしてレイレナードの代表者です。一代貴族とはいえ、私達がアサカになってもらいたい存在のモデルケースでもありますね。ベネディクテは彼女と個人的な交流があるのでしょう?」


「ああ、昔からの友人だ」


オイフェミアからの案を反芻する。確かにアリーヤを招くのは良いかもしれない。傭兵部隊レイレナードの代表であり、オイフェミア、レティシアと並んでミスティアに3人いる逸脱者の一人だ。つまりは我が国の最大戦力である。更には母上より騎士の位を叙された一代貴族でもある。功績を考えれば爵位が与えられていてもおかしくない人物なのだが、政治的理由により騎士の位に留まっている。王家と近いレイレナードが爵位得ることを嫌った各貴族との政治抗争の結果だが、アリーヤ本人は爵位に一切興味がないようで、寧ろ貴族なぞにするなと私に文句を言ってくる始末である。

そんな事は直接母上に言ってくれと思わんでもないのだが、茶目っ気の多い彼女のことだ。冗談だろうことは理解している。今回の功労者たるレイレナードの代表者であるアリーヤを招く事に文句を言う者もおるまい。


「でしたらアリーヤ卿への連絡は任せます。あとはキルステンですね」


「キルステンもか…」


オイフェミアの口から出た名前に頭を抱える。キルステンは私の実妹であり、ミスティア王国の第二王女だ。王位継承権は第四位。因みに第二位はヴェスパー兄で、第三位はオイフェミアである。何故王家の直系の王位継承権が低いのかだが、それはキルステンの特異な体質によるものだった。彼女はノスフェラトゥの血が隔世遺伝として現れた存在なのである。簡単に言えば最上位の吸血鬼とも言えるのだ。勿論人間国家のミスティアに置いてノスフェラトゥが王位につくことなぞあってはならない。その他にも色々と理由はあるのだが、そんな存在が普通に生活できるほどこの国は平和ではなかった。結果として半ば軟禁状態のまま15年の時を過ごしてきた彼女は、他人とのコミュニケーションが苦手である。キルステンが心を開いているのは私と、キルステンの世話係である老メイドぐらいなものだ。そんな彼女を公の場に出すのには少々勇気がいる。

私としても彼女ともっと関わってあげればよかったという罪悪感はあるのだが、果たして各貴族の前に出されて大丈夫なものだろうか…。


「当たり前ですよ。王家の秘蔵であるキルステンまでもが参加するとなれば、アサカと王家が懇意にしているというアピールにもなります。それに、彼女にもたまには外の空気を吸わせてあげないと」


オイフェミアの曲げる気の一切ない瞳を見て深い溜息をつく。どうやら各方面への手続き以外にも、解決しなければ行けない問題は山積みなようだ。夏の早朝、強権を持つ女二人が小声で話し合っている光景は、周りから見れば大変怪訝に写る事になったのであった。



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