第32話 ユウの動揺

 ホバリングしたヘリに乗り込んだ三人は、作戦通りに手に入れた浅井君の居場所を目指す。


 しばらく無言だった三人、マリが最初に口を開いた。


「一緒にいればトラブルはあるだろう。戦国の世の武将と現代の中学女子。考え方はまったく違う。だがあの人はおまえを守っていた。その事は事実だ」

「そんな……アイツは悪霊なのよ。私がついてないのはアイツのせいで……」

 マリの言葉に反論するユウが、ハッキリ言えない結論を明莉がつけた。


「ユウは分っているよ。あの人が悪霊ではないことなんてとっくにね。甘えているだけよ。家に帰っていないと寂しがる、たぶん大泣きだね」

「そ、そんな事は無いわ。アイツは悪霊、いなくなって私はせいせいしたわ」

 真剣な眼差しに変わった明莉がユウに願った。


「悪霊さんの事は浅井君が戻るまで我慢して。浅井君も入れて四人で考えましょう。何か方法があるはずよ」

「だから……わたしは……せいせいするって……あいつ黙って……いなくなって」

 ユウの髪を撫でながら謝る明莉。


「ごめんねユウ……」


 ヘリのパイロットから割り込みが入る。

「マルチブレイン、詳細な着陸地点を教えてください」

「……了解、場所を今から送る」


 明莉のPCからヘリのナビへ座標の転送を開始する。

 明莉の心遣いにユウは心を切り替えた。


「分かっている、まずは浅井君を取り戻す……ついでにあいつも連れて帰る……あくまでもついでだからね」

「うん、ありがとうユウ。必ずうまくいくわ、全てね」

 微笑みを返した明莉の携帯が鳴った。


「もう~こんな時にだれなのよ!?」

 電話に出た明莉の耳に、ヘリの騒音を越えるボリュームの声が聞こえた。

「明莉か! 今どこにいる? 浅井がいない。それでユウが探しに出たらしいだが、浅井のお母さんは、浅井よりユウの事を心配している、おい聞いているのか!」

「まじい、神代先生だよ。どうする?」

 いない事にしてくれと、マリとユウが同時に手を左右に振る。

「えーっと、先生、今どこにいます?」

「うん? 千葉の自宅だが、それがどうかしたか?」

「自宅だと、車飛ばしても一時間以上はかかるわね」

「なに? 明莉、おまえ、もしかしてユウとマリと一緒だろう? それで浅井君の居場所をおまえが見つけて、これから向かうところか?」


「先生はやっぱり素敵、ほぼ正解! 野生の勘ってやつです?」

「バカ、おまえらと何年付き合っていると思う。とにかく俺も行くから、場所教えろ!」

「先生、本当に今自宅?」

 首をかしげながら念を押す明莉。

「くどいぞ明莉、俺が嘘をついたことが……あるが、下手なのはおまえも知っているだろ?」


「そうですね。嘘つくと直ぐ分りますね。じゃあいいですか?場所は東京都XX区XX町のXXビルです」


「えー! 何で言っちゃうの! 明莉? 先生、絶対来るでしょう!?」

 ユウとマリが驚きの声をあげた。

「だって、私も嘘つくの下手なんだもん」

「もん……って怪しすぎるよ」

 ユウが怪しみ、マリが否定する。


「嘘は一番上手だろう? 策謀関係は明莉が一番に決まっている」

 ケラケラ笑い出した明莉。

「あら、そうかしら? その一番の策謀家の計算だと、移動に十分、浅井君奪還十分、帰宅十分の合計三十分で作戦完了の予定。だから先生は間に合わないの」

「もし、おまえの予定が狂ったらどうするんだ?」

 マリの質問にあっさり答える明莉。


「その時は、急襲で一気に浅井君を奪還出来ず、乱戦になっているから、先生にも来てもらった方が楽ね。雑魚は倒してもらいましょうよ」

「さすが明莉、そこまで考えるか普通?」

「褒め言葉と取っておくねマリ。うん? どうしたの、ユウ難しい顔して?」

「明莉、電話代わって!」

「なあに? まあいいけど」


 嫌な予感がしたが、データ主義の明莉には、天然主義ユウの考える事はどうせ分らない。


「はい、どうぞ。みじかくね」

 明莉の携帯を受け取ったユウ。

「もしもし、先生」

「うん? ユウか? どうした?」

「先生、B・U計画って知ってます?」

「ええ!」

 明莉が一番驚いた。


「なんで、先生に聞くの……はあ、ユウあなたやっぱり、勘が鋭すぎる」

 明莉の次に驚いた神代先生。

「えっと、それは何かの略語かな、例えばBrave Unionとか」

「Brave Unionですね!」

 チラッと明莉の顔を見たユウ。


「明莉に代わります。先生、待ってますからね。さっき明莉が言った場所に、必ず来てください」


 明莉に携帯を戻す。


「先生……さっき言った素敵は取り消します。余計な知識を子供達に与えないでくだい。ちゃんと責任を取ってユウとマリに、説明してくださいね。私はBrave Unionなんてまったく知りませんから」


 少し怒気が混じった明莉に怯みながら返事した神代先生。

「うーん、やっぱりそこへ行くのは止めようかなあ」


「なにを今更、もう遅いです。本当は来てもらいたくなかったけど、必ず来てくださいね。ただし急がなくてもいいです。一時間半くらいがいい感じですね」

「なんだ? その時間指定は? 明莉、またなんか企んでるだろう!あ、分ったおまえ……」


 プチ、明莉が携帯を切った。

「まったく野生児も勘が鋭くて困るわ。ということで浅井君奪還後に、頃合いを見て私から話そうとしたB・U計画の事は、先生から聞いてね」



 都内のビルの一室。

 九条に捕まった浅井君、つまり僕が、見張りの男と会話している。


「ふーーん、そうなの、子供の頃にそんな事があったのか」

 僕が頷き、見張りの男が話を続けた。

「ああ、警察に迎えに来た親の顔を見た時思った。おれなんか、この世にいらない人間だとな」

「でもねーやっぱり困っちゃうと思うよ。お父さんもお母さんも、おじさんがそんなに、泥棒さんとか、人を叩いたりしたらね」

「頭が悪くて、人付き合いも苦手。家も貧乏なおれには悪い仲間しか出来なかった。いったん仲間になったら、そいつらは裏切れねーだから誘われれば何でもやった」

「頭が悪いのは僕も一緒だよ。仲間もいろんな事する。でも僕はね仲間が大好きなの。仲間がいて幸せと思うよ、おじさんも仲間がいるなら幸せだよね」

「おまえは善悪に甘い奴だな。本当の仲間だと言えれば確かに幸せだがな……自分たちがのし上がる為には、どんな事でもしてきた。例えば人を刺したりもな」

「刺した人、死んじゃったの?」

「いや、死にはしなかった」

 ホッとした表情の僕。

「良かったね、おじさん」

「良くねーよ。刺されたそいつは、おれと同じ、クソみたい奴。死んだ方がこの世の為には良かったんだ」


「ううん、良かったって言ったのはね、おじさんの事だよ」

「おれ? なんでだよ?」

「だって、相手の人が死んじゃったら、おじさん苦しいでしょう?」

 僕を不思議な顔で見た見張りの男。

「おまえ、おれは人を刺したんだぞ……おまえ相当変っているな」


「うーん、みんなにも言われるなあ、ユウなんか毎日一回は浅井君は変っているって、そう言うよ。なんでかなーおじさんにも言われて、ちょっとショックかも……僕は思うんだけど、本当に悪い人なんかいないよ。みんな懸命に生きているの苦しい。どんな環境でも生きていくしかない。生きている物は全て、自分の死が訪れる時までは、抗い続けるしかないから。神様がそう造ったから」


 マジマジとま僕の顔を見つめた男。

「……おまえは、本当に変わっているな」

「そーーかなーー普通だと思うよ。おじさんに、何度も変っている、と言われるとへこむよ」

「やっぱり変っているよ、おまえ……ハハ」

「何をやっている!?」


 見張りの男が振り向くと、面長で切れ長のつり上がった目が睨む。

 この暴力組織のトップ、九條武巽が不機嫌そうに立っていた。


「あ、すみません。つい話し込んでしまって……」

「そうか……」

 ドガッ、いきなり見張りの男を殴りつけた九條。その胸には漆黒のネックレスが揺れる。


「す、すみません、九条さん……」

 謝る男を何度も殴る九条。

「やめて! おじさんは悪くないよ。僕が無理矢理、お願いしてお話していただけ!」

 九条の前に出た僕が、両手を広げて、見張りの男をかばった。


「い、いいんだ……おまえは下がってろ」

 口から血を流す男が、僕に言ったが、首を左右に振りそれには従わない。

 九条は右手を僕に振り上げる。

「フッ、じゃあおまえが、この男の代わりに殴られるか?」

 僕は両手を広げたまま、瞬きもせずにじっと九条を見つめる。

 

 見張りの男が腕を伸ばして、目の前の僕を引き寄せ、自分の胸へと引き寄せた。


「一体なんのつもりだ?」

 僕を九条から守る態勢をとった見張りの男。

「すみません、おれを殴ってください。九条さんの気が済むまで殴ってください。でもこの子には手を出さないでください。お願いしますから」


 九条は見張りの男の腕の中から、真っ直ぐに見つめる僕の瞳をしばらく見ていた。

「いいか、俺達は、表の社会でつまはじきにされた。だから裏の社会で生きると決めた。今更、その子のひだまりの暖かさを求める事は出来ない」

 僕は九条に首を横に振る。

「そんな事無い、誰だって覚えているよ、揺りかごの中で、何の心配もしないでいられた時。ひだまりで、お母さんの眼差しを感じ、安心して眠りついた頃の記憶を……」


「俺にはそんな覚えは無いんだよ。母親の腹の中で、俺は親たちの喧嘩の罵声を聞き、生まれても放っておかれた。親父に殴られ飯も貰えずに、何度も死にかけた。人間の世界は、仏教では地獄に入るらしい、まさしく親が子供殺す、子供が親を殺す、この世界は鬼が住む地獄だ」

 僕は九条の言葉を黙って聞いていた。

「だが人間を鬼に変えるのは、悲惨な環境ではない、絶望だ。この世界で必要とされていない者が持つ、明日が見えない絶望の日々。そして鬼となる、全ての不安から抜け出す為に牙を生やし、暴力を言葉とする」

 僕が小さく呟いた、興奮気味の九条には聞こえなかった。


「そしておまえみたいなのが、その鬼すら、さらなる絶望に堕とすんだよ。見ろその男を、おまえの暖かさに情を思い出している。鬼が情を持ったら、死しか待っていない。牙を失った鬼は、仲間に食われるか、人間に殺される運命なんだ」


 今度は九条にも僕の声が聞こえた。

「かわいそう」

「クク、そうだな、かわいそうだな。こいつが今ここでおまえに逢った事、ぬくもりを感じている事は、こいつにとっての不幸だ」


 九條の言葉に首を振る僕。

「違うよ、あなたが、かわいそうなの」

「なるほど、俺か。人はそう決めつける。不幸な境遇、かわいそうな人生。何が分かる、おまえによ? おれは感謝しているよ、そのかわいそうな人生を送れた事なこうして強い力を持てたからな」


「かわいそう」


 繰り返す僕の言葉に、怒りを表に出す九条。

「クソ、おまえと話しているとイライラしてくる。とりあえずその口をきけなくしておくか」

 近づく九条を、恐れもなく怒りもなく見ている瞳。

「それか……その瞳を潰すか」

 見張りの男が九条から、隠すように僕を自分の背後に廻す。

「フッ、まずはおまえからか。いいだろう、後で後悔するなよ」


 九条が斧の形相で、向かってきた。

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