第8話 悪霊が恐れるもの

 彼氏になった僕は、高校をダッシュで脱出して、ユウを迎えに中学へダッシュするのが日常になった。そして、ユウと一緒にこの世の地獄、白虎に食われにいく。

 それの繰り返しの日々、ほんと毎日の特訓で死にそうなのだが(白虎には手加減という言葉はない)意外とこなせているのは、ユウが見つけた僕の能力、完全な防御のおかげなのだろうか。


 さて、今日も二人で帰るが、普段は言わない事をユウが言い出した。


「さすがに暑くなってきた、もう七月か……今日も授業長かったなあ。でもなんで学校の勉強って面白くないんだろ?」


 僕も高校の勉強なんて、何の役に立つかと思っていたけど、年上として少し諭すような、同調ではなく、柔らかめな対応をした。


「うーーん? ユウは何の教科なら、興味が湧くのかな?」

 横を歩くユウは、少し考えてから僕に、突飛だが、ユウらしい答えを返す。


「そうね、黒魔術? 飛行術が今の季節はいいんじゃない? このまま箒にまたがってピューンって家へ帰還するの。面倒な先生とか同級生とか呪えそうだし」

 まじですか、と恐れを抱く僕に、ニッコリ笑ったユウ、やはり普通にしていれば、美人だ。


「それは……ポッターくんの学園へ転校しないと、ダメそうだよ」

 僕の答えに、真面目に魔法使いになりたいのか、空を見上げるユウ。

「イギリスは遠いなあ。わたし英語の授業は苦手だし。それにしても暑い……あ!」


 いつもの学校の帰り道、僕と一緒のユウが何かを思い出す。


「浅井君。今週の日曜日の予定は空いている?」

「うん。大丈夫だよ、何か用事あるの?」

 うんうん、と頷いたユウ。

「さすがに暑くなってきたから、夏物の服でも買おうかと思って」

「ふーん、随分ゆっくりなんだね。もう七月で暑い夏だよ」

 右手を唇に当てて、考え込むユウ。


「うーーん。夏の準備としては少し遅いか。でも、悪霊がいると部屋は底冷えがして寒いくらい。まったく季節感が狂うわ。エアコンいらずは、省エネのこのご時世には良いことだけど」

「そーなんだ悪霊さんがいると寒いんだ! それってかなり便利だよ」

 感心する僕に問題もあるとユウが言った。

「その代わりに冬はもの凄く寒いよ。シャワーから出たらすぐに着替えないとね、風邪ひくわ」


「そっかーなかなかうまくいかないもんだね」

 僕が頷くとユウは悩み始めた。

「浅井君との買い物は楽しみだけど、買い物へ行ったら悪霊がなにをするか」

「あ、悪霊さんも一緒だね、とうぜん」

「はあ、どうしようか浅井君。悪霊は何でも興味持つからなあ。絶対憑いてくる。何か憑いてこない方法を考えねば……街に一緒に行ったら、また騒動になるなあ、はぁあ~」



 僕は神代先生の特訓を終えて、大きな夕日がビルに隠れた時間に、ユウの部屋へと向かった。どうやら盾役として機能するはずの僕。

 実力はまだまだだが、出来るだけユウと一緒にと、彼女からの要求だった。


 僕の家は両親が共稼ぎで、かなり遅くまで家にはいないので、九時くらいまでユウの部屋に滞在する。せっかく美少女と二人きりでも、もう一人が必ずユウを守っているし、いやらしい感情など、簡単にユウに読まれてしまう。

 そして、白虎の特訓で強くなったはずでが、ユウに格闘技でも、まだ遠く及ばない。

 なんか、僕って可愛そう。


 ただ、マリが僕を「クシティ……」と言いかけて、口を結んだ事があった。

 気になって”クシティ”をネットで調べたら、どっかの会社だった。

 どうゆう事?


 部屋に入ると、ゲームパットを握りしめている悪霊。

「またゲームなの? よく飽きないわね……おや?」

 ユウが不思議がる、何かいつも違う悪霊の様子。いつもなら、ここで一言あるのだが、今日はそれもない。


「どうしたの? 妙に静かだけど……」

 ゆっくりと、顔をこちらに向ける悪霊、やっぱり何か変だ……どうしたんだろ?

「ユウ……こ、これ」

「これって何のこと?」

「これはどこに居るのじゃ?」


 普段と違う態度を不思議に思い、ユウが悪霊の問いを聞き直す。

「はぁあ? 何がどこにいるって? あんたどうかしたの、なんか変だよ」

「この亡者どもだ」

「亡者? あんたの言っていることが、よく分らないわ」


 ユウはソファの下に何か落ちているのを発見。


「うん? これは」

 落ちていたのはゲームソフト、それを拾い上げたユウ。

「ああ、なるほどね。これの事か」

 どうやら、ママゾンで頼んでいた、新作ソフトが届いたらしい。

「こんな恐ろしい亡者が、この世にはおるのか!?」


 “ダークデモンズ3”はゾンビを倒す有名なゲームのナンバリングソフト。マゾゲーと呼ばれる程の難易度が売りのアクションRPG。


「あんたねえ……悪霊のくせに、ゾンビが怖いの?」

 呆れながらユウが悪霊を見た。

「こんな者達は、戦国時代にはおらなかったぞ!」


「これはゲーム……うん? まてよ!?」

 僕に良い考えが浮かんだ。ユウの肩を叩き後ろ向きになって、コソコソ話をする。


「なんじゃ、急に黙って……なんで後ろを向いた?」

 悪霊は唐突な僕らの行動に疑問を投げかける。僕の考えに感心したユウは、笑みを見られないように、心を落ち着かせてから、深刻そうな顔と声に、偽装してから答えた。


「コホン、いるよ……ゾンビはいる。東京にたくさんいるわ」

「何! そんなにいるのか? この辺にもおるのか?」

「うんとね……ちょっと待ってね」


 少し考え込んでから、場所の選択を行う。


「はい、決定しました! ゾンビがいる場所は、新宿・渋谷・池袋です」

「……何か急遽、今決まったような言い方じゃの」

「悪霊のくせに、あんまり深く考えないの! 禿げるわよ」

「我は若いと言っておる。その三カ所以外に亡者はいないのだな?」


 ユウは念を押す悪霊に、透過するピンクのマニュキアの人差し指を、こめかみに当て場所を追加。


「……あと原宿かな」

 僕は思った、調子にのっているいうなユウと。ちょっと多すぎかな、それにあまりにもメジャーな場所だから……まあ、悪霊が現代の地理を理解しているとは、思えないので大丈夫かな。


「四カ所か? それはまた随分限定されておるの」

「えっと、後で少し増えるかも」

「亡者の出る場所は増えるのか……本当にこの辺には居らぬのか?」

「秋葉原はね。女子として行きたい店がないから大丈夫」

 おいおい、僕はユウの腕を肘で押して、やりすぎと伝える。


「ユウの言っている意味が、たまに理解出来んのじゃが」

「いいの、いいの! わたしの言葉が理解出来ないのは、あんたが年取ってるからよ。なんせ四百年前の武将なんでしょう? 今どきの中学生とは話合わないわよ」


「だから、いつも我は若いと言っておる!」


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