第5話 事実

「その後どうなった?」

 猛は花屋の店員に尋ねた。

「酔っぱらいのオジサンは抵抗してたけど、もともと真っすぐ歩けないくらい酔ってたから若い男の子の圧勝だった。でも、その男の子も怪我してたと思うよ。シャツの背中が真っ赤だったもん」

「それから?」

 猛はさらに顔を近づけて訊いた。

「警察が来て男の子がパトカーに乗せられて、酔っぱらいのおじさんは救急車で運ばれたの」

「そっかー、先に手を出したのは酔っぱらいのおじさんの方だったのは間違いない?」

「間違いないです。酔っぱらいのオジサンが体当たりするまでは、その男の子は女の人を庇って攻撃を避けてただけだもん」

「ありがとう。詳しいことが分かって本当に助かったよ。警察が事情を聞きにきたら今の話してあげて」と猛は言い、「たらし」と呼ばれる原因の一つである野性味あふれる笑顔を彼女に惜しみなく注いだ。

「あの若い男の子訴えられてるの? 人を助けて訴えられるなんで、何が正しいのか分からないよね。助けられた女の人は何してるの? 彼女が証言すれば問題ないんじゃないの?」

 店員はちょっと怒ったように語尾を強めた。

「ちゃんと証言してくれてるよ。彼女より先に110番した人がいたみたいで、彼女が交番のおまわりさんを連れて現場に戻ったときには助けてくれた若者はパトカーに乗せられてて、酔っ払いのおじさんは救急車で運ばれるところだったんだって。彼女は酔っぱらいのオジサンが怪我をした瞬間を目撃してないんだよ」

「そっかー、そうだよね」と店員は自分のことのように残念がった。

「だから君の話はとても重要なんだ。君の証言であの男の子が助かるかもよ」と猛が言うと、店員は「そうだといいな」と表情が一気に明るくなった。


「本当にありがとね。何か他に思い出したことがあったらさっき渡した名刺の番号に電話して」と言い、猛は寄りかかっていた作業台から立ち上がり店の出口へと向かった。

 店員は「はい!」と嬉しそうに答え、猛の名刺を大事そうに両手で包み込む。

 店員はドアから出ていく猛を、見えなくなるまで目で追っていた。

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