第22話 弟

私は弟を殺してしまった。

皮肉なことに弟を殺してから私は爆発的に売れた。

弟は共に最後まで生きようと望んでいただけにさぞショックであったと思う。

国民的なスターとなった私は想定外な周りの評価に戸惑い、弟が生きていれば逆にこれほど売れなかったのかと疑心暗鬼にもなった。

弟は私などと違い、成績優秀者で運動神経も抜群で二枚目であった。

弟の死因は事故として処理された。

弟はダンプカーに撥ねられて死んだ。

弟は即死であった。

弟を殺害したことを知っているのは、私と私の妻だけである。

妻は元々弟とは反りが合わなかった。

弟の存在が私達の生活を邪魔しているとも言った。

弟には固定のファンがいた。

ファンたちは私の預かり知らぬところで告別式やら法事やらを行っていた。

あるTV番組のインタビューで弟について尋ねられた。

私は暫く逡巡した後、寂しいと答えた。

弟のことを時折夢に見るとも答えた。

本当に弟がいなくなり空虚な毎日を迎えていた。

弟のことを聞かれるたびにゾクリとした。

お前が弟を殺したのかと問われているようで、背中に変な汗をかいていた。

生きていれば、私の立場はどうなっていたのだろう?と是非もないことを夢想したりした。

弟の殺害に関与した妻とは離婚した。

原因は私の不倫であった。

私は有名女優と不倫した。

女優は私の大ファンだと聞いた。

女優は同時に弟の大ファンでもあった。

だから弟の死には涙が枯れるほどに号泣したらしい。

妻は時折私に電話してきた。

もちろん愛などはない。金の無心である。

慰謝料やら養育費だけでは足りないようだ。

次のはいつ出るのか聞いてきた。

金なら暫く不自由しないと答えた。

そんなことは聞いていないと怒り口調で言った。

正直、弟を殺してからは、妻にアドバイスを聞いてばかりであった。

次のが出たら教えてちょうだいと決まり文句を言って妻は、電話を切った。

私は仮に次が出ても教えない気であった。

『弟殺したら?』と言った妻の言葉が脳内にこだまする。

『弟、殺したら?』

『弟、居ないほうが絶対に良くなるわ』

『弟のファンとか、どうでもいいじゃない』

『弟を殺しなさい』

『弟を亡き者にしなさい』

『それが貴方の、貴方が創り上げた作品の為』

うるさい

うるさい

うるさい

うるさい

黙れ

黙れ

黙れ

『ほら、結局私の勘は当たっていたでしょう?』

うるさい

うるさい

うるさい

うるさい

いいから黙れ

『貴方には私がいないと駄目なの』

『私が貴方のシナリオを創らないと』

うるさい

うるさい

うるさい

うるさい


「ここで、速報です。人気野球漫画『トリプル』の作者であるAさんが自宅で首吊り自殺しているのを原稿を取りに来た編集者の方が発見しました。Aさんは長年続いた人気野球漫画『トリプル』の連載終了後、次の作品の構想に煮詰まっており悩んでいたと担当の編集者が語られていました。『トリプル』は、幼馴染三人組による三角関係のラブストーリーで、物語の途中で双子の弟の勝也が交通事故で死んでしまい、兄の竜也がエースとしてあとを引き継ぎ、甲子園を目指すシンデレラストーリーで、弟が死んでしまう急展開には、ファンの方々も騒然となり、勝也ロスとして社会現象にまで発展しました…なお、この漫画はアニメ化やドラマ化、映画化までされ、ハリウッド進出も考えられていました。元妻でアシスタントでもあるB子さんは、突然の訃報に時折言葉を詰まらせながらも、偉大な才能を失くしたとコメントされました」



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