第31話

「……と、まあ、そんな次第なんですが」

 信仁しんじが、そう言って話を締めた。

「いや……すごいですね……」

 北条柾木ほうじょう まさきは、それだけ言うのが精いっぱいだった。信仁は、時系列順に淡々と事実ベースで出来事を並べて話したに等しかったが、体験していなければ「そんなバカな」で済ましてしまうような事であっても、似たようなことを何度か経験している柾木には、何が起きていたか絵が見えるようでもあった。

「正直、同じ事もう一度やれって言われて出来る自信もないです。運は、良かったと思います」

 謙遜でもあるが、真実でもあり実感でもあるのだろう、柾木には、肩をすくめた珍しく真面目な信仁の返しは、そう思えた。

「もうね、信仁君はね、騙し討ちの天才よ」

 皮肉たっぷりに、まどかが混ぜっ返す。

「こっちが動けない瞬間狙って撃ってくるんだから」

「そりゃそうっすよ」

 円の笑顔の皮肉に、信仁はやはり笑顔で軽口を返す。

「俺、動いてるまとに当てるほど上手くないっすから。だから、何とかして的の方に止まってもらうんすよ」

 いやいや、動いてるのも結構当ててただろ。つい先日、かけずり回る殭屍キョンシーを相手に、片っ端から信仁が散弾銃でミンチにしていたのを間近で見ていた酒井源三郎さかい げんざぶろう警部は心の中で突っ込む。要するに信仁君は、それだけの腕があって、その上でさらに確実に仕留める手を講じたって事か。酒井は、そう理解する。

 かなわねぇなぁ。中年の域に入り始めたことを自覚している酒井は、ため息をつく。腕もあって向上心もある若い奴ってのは、眩しいや……いや、向上心があるから、努力するから腕が、結果がついてくるのか。

 俺も、努力だけはしてきたよな。酒井は、アルコールの回り始めた頭で、つい先日の夜、張果ちょうかのアジトに拘束されていた時に柾木と交わした会話を思い出す。その努力の結果として、今のこの状況があるのなら。

 酒井は、思う。悪くはない、と。

 思って、ゆっくりと、梅干し入り焼酎のお湯割りを一口飲んでから、

「……くれぐれも、市民に迷惑かからないようにお願いします」

 ぽつりと、感想を述べた。

「そこ?」

 間髪入れず、銀子ぎんこが突っ込む。

「いやいやいやいや。そこなん?突っ込むとこ、そこでええん?」

「いやまあ……拳銃の不法所持とか今更ですし。もう、市民の安全さえ確保していただけるなら、本官は言うことありません」

 酒井は、ちょっとおどけで断言する。そして、思う。俺も、負けてられない、と。


「と言いますか、警察官がどうこうってレベルじゃないですよねこれ?はい。あと参考なんですけど、登録してないんです?その銃……」

 この人達相手に、警官の職務ってなんだろうと真面目に考えそうになっている酒井に替わって、妙に仕事熱心な蒲田浩司かまた こうじ巡査長が質問する。

「まあ、御存知と思いますけど、銃の所持許可って順番があるし、装弾数とかいろいろ法的にアレな所もあるんで。まあ、俺の銃ははみんな、登録出来るように口径も銃刀法の範疇に収めてますけど。「協会」のハンターは威力重視で銃刀法の範疇外の装備使ってる人も多いですけどね、かじかちゃんのデトとか」

「だってぇ」

 梅サワーを呑んでいた.45APC使いの鰍が、信仁の一言に反応した。

「9ミリなんて豆鉄砲、信用出来ないんだもん」

「9ミリが豆鉄砲って……」

「……僕たち、豆鉄砲以下です、はい」

 .38スペシャルのニューナンブを愛用する酒井と、.32APCのP320JPを使う蒲田は、顔を見合わせてその一言にげんなりする。


「……玲子れいこさん、どうかしました?」

 ちょっと前から箸も止まっていれば杯も進んでいない西条玲子さいじょう れいこに気付いて、北条柾木ほうじょう まさきは声をかける。

「いえ……ちょっと感動してしまいまして」

「え……感動、ですか?」

 今までの話、どっかに感動するポイントあったっけな?と、柾木は首をひねりつつ、話の流れを思い出そうとする。

「はい……巴さんも、信仁さんも、お互いを想えばこそ、困難に打ち勝って今がある、わたくし、ちょっと胸が熱くなってしまいました」

 ああ……あの話の流をそう読み取ったのか。柾木は、人狼じんろうの、巴や円の戦闘力と、それを逆手に取る信仁の機転に驚嘆していたが、そうか、玲子さん目線だとそっちに注目したかと見識を新たにする。よくよく見れば、ベールの下の――酒井をはじめ、玲子の目に耐性のない者が複数いるので、ベールは外せない――瞳が、心なしかハート型になっているように、柾木の心の目には見えた。

「それと……あの、信仁さん、不躾ですが、先ほど、横井製造とおっしゃいまして?」

 玲子は、話の矛先を変える。

「え?あ、はい」

「ヨーロッパに本社のある?」

「よく御存知で」

「そうですか……」

 少し身を乗り出していた玲子は、体の力を抜き、左隣の八重垣環やえがき たまきと顔を見合わせる。

「……玲子さん、それが、何か?」

 柾木には、話がよく見えていない。

「いえ、西条のライバル企業の名前が出てきたものですから、つい。失礼しました」

「え?」

「西条精機は、医療機器関係で国内トップクラスのシェアをもっておりますが、海外はまだ弱いのです。少し前から販路を模索しているのですが、そこかしこでヨコイ・インダストリーと競合しまして」

「販路の開拓は八重垣商事の仕事どすけど、そっちの業界のお人は、なかなか保守的でいたはりましてな、メーカー変えるの嫌がらはりますねん」

「まあ、実験器具とか素性わかってるのが一番使いやすいし、保守とか付き合い長いとこの方が安心だしな」

 玲子の説明に環が補足し、それを実験器具の扱いに慣れている信仁がさらに補足する。

「ただ、西条と横井では扱っている商品に違いがございますから、上手く分野の棲み分け出来ないかと考えていたのですが……」

「……読めたぞ八重垣、俺に寿三郎じゅざぶろうに繋ぎ取れって、そう言う話だろ?」

「ご明察。話早ようて助かりますわ」

「あのなあ……紹介するのは構わないが、友達として紹介する、それだけだぞ。あくまで俺は寿三郎のダチでしかないし。俺は勿論寿三郎だってまだ横井の社員ですらないんだから」

「よろしおすえ。きっかけさえ作ってもろたら、あとはウチらであんじょうしますさかい」

「ええ、突破口さえ作って頂ければ、どなたか決定権をお持ちの方と話す機会を作るまで攻めるのはわたくし達の仕事です」

「うーわ、たまちゃん仕事モードになってもーた……」

「攻めるって、おっかない……」

 顔を見合わせてほくそ笑む、姉妹と見まごう、白い肌に紅い目、白銀の髪の二人に、その横の銀子キツネオオカミは大げさに退いてみせる。


 柾木は、思う。酒の席とはいえ、千載一遇のこのチャンスを逃す玲子さんではない。ごく最近に株主である八重垣商事の子女とのえにしを深め、今またライバル企業と新しい縁を作ろうとしている。前だけ見ている。

 逞しくなった。いや言うほど昔の玲子さん知ってるわけじゃないけど。でも、初めて会った頃から見ると、猛烈に前向きになったと思える、と。

 玲子も、考える。ほんの一年前まで、このように、人外の者達と宴を催すなど、考えてもいませんでした。相容れないもの、憎むべき、唾棄すべき者。そう思っていました。そのわたくしの凝り固まった頭を、この方々は木っ端微塵に砕いてしまわれました。ですから、私は、もっと深く、もっと広く交わりたい。そうすれば、もっと色々なことがわかる、きっと。そう思えます。

 玲子は、隣に座る八重垣環を見る。父親の会社の株主一族の娘であり、自分と同じように白子アルビノであり、その中に蛇神を宿す、最近出来た友達。

 こんなふうに複雑で、でもこんなふうに単純なのですね。玲子は、世のことわりというものの一端を見た、知った、そんな気がしていた。なれば。私が西条の娘であり、私がこのような容姿であることに意味があるのなら……いいえ、むしろ受け身ではなく、もっと積極的に、そこに私が意味を見いだし、意味を作り、役立てたい、何かに。それが何かは、まだわかりません。だから、今出来ることから、お父様の手助けとなり、会社を盛り立てることから。西条の製品を必要とする方々のため、そして勿論、社員の皆様の生活ため、まずはここから。

 そして。きっとこの方が、私を支えてくれる。玲子は、反対側に座る北条柾木を見て、思う。思って、少しだけ、考えを進める。

 いいえ、私が、この方に私を支えさせてみせる。こうして出会い、親しくなった事に、私が意味を持たせてみせる。

 あの人達が、掟とやらに打ち勝ったみたいに。


 熱い眼差しで自分を見上げ、見つめる玲子の強い思いを、しかしアルコールと場の雰囲気に酔い、気持ちよくなっていた柾木は、うっかりと見落としてしまっていた。

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