第10話 オルドレイク侯爵は本気らしい


 オッサンとハイリアの出会うきっかけというか馴れ初めにまさかの俺が直接関わっていたと知り、否が応でも依頼を見届けざるを得ないかもと思い始めたところで、もう一人の、いや、もう一家の情報を整理しよう。


 オルドレイク侯爵家。


 かつては、大貴族としては珍しくサーヴェンデルト王家に忠義を尽くす家柄だったことで、主導権を握っていた二大派閥の両方から疎まれていたが、王家発祥以来付き従う由緒正しい血筋だったこともあってなんとか取り潰しは免れていた、つまり貴族社会では爪弾き的な存在だったらしい。


 そんな風向きが一変したのが、先の政変だ。


 二大派閥の失墜により、王国の要である騎士団と魔導師団から貴族の影響力が消え去ることになり、代わりに王宮に権力が集中する状況になった。

 そこで、王国中の貴族達に注目されるようになったのが、以前から王宮の中、下級の役人に大きな影響力を持ち、政変によって彼らが抜擢され、一気に王国の政治を担うことになったオルドレイク侯爵家だ。


 近い内に、王直々の命によって宰相の地位に任ぜられるという噂は、決して根も葉もないことではない、と、オッサンは言った。


「ふーん、名実ともに、王族と手と手を取り合って王国の立て直しに尽力すべき、欠かすことのできない大貴族ってわけだ」


「じゃあ、普通に考えたら、オルドレイク侯爵家からの縁談は、貴族の間では垂涎の的で、断るなんて絶対にありえないわよね」


「怖いもの知らずというかなんというか……僕、ちょっと引きます」


 ランディたちの三者三様の表現。しかし、意味するところは「グランドマスター、空気読め」の一点だった。


「う、うるさい!もちろん俺とて、この縁談が意味することくらい分かっている。だが、ハイリアを愛している身で、例えその場しのぎでも偽りを述べることは俺の矜持が許さなかっただけだ!」


「旦那様……」


 顔を真っ赤にしながら抗弁するオッサンと、そんな横顔を見て頬を染めるハイリア。


 うんうん、二人が熱々のカップルなのはわかったが、それで納得しなかったから、オルドレイク侯爵は激怒してるんだろ?


「これまで二大派閥に睨まれ、思うように貴族との縁を広げられなかったオルドレイク家が、王族とのつながりを求めていることは容易に察しがついた。だから俺としても、この縁談に匹敵する、話次第ではこちらが大いに譲歩した条件を出してもいいと返答した。だが……」


「ものの見事に突っぱねられた上に、侯爵を怒らせたってわけだ」


「問題はそこだ」


 俺の指摘があまりにもストレートだったせいか、頭を抱えながらそう言ったオッサンがガックリと項垂れ、ハイリアが心配そうにその腕に触れた。


「こっちからその理由を問い質すと、『ご自分の胸に訊かれよ!!』の一点張りでな。何とか交渉を続けてはみたが、最近は門前払いを食らうばかりか、俺の身の回りに怪しげな男達がうろつくようになってな……」


 それで、もう一人の当事者であるハイリアに危険が及ぶ前に、永眠の森へ使いに出して身の安全を図ったというわけか。


「本来は、本当にクルス達を王都に呼んできてもらうだけのはずだったのだが、まさか侯爵がそこまでの強硬手段に打って出てくるとは……すまんハイリア、かえって危険な目に遭わせてしまった」


「旦那様……」


 ……うん、それはもうわかったから、これ以上二人のラブラブ光線を浴びせないでほしい。

 ただでさえこっちは魔族の領域に引っ越して出会いの無い生活を送っているのだ、なぜか発狂してしまいたくなる気分にさせられる。


 そんな俺の視線に気づいたんだろう、オッサンはハッと我に返ると、咳払いをして姿勢を正した。


「と、とにかくだ。侯爵がハイリアの拉致という強硬手段に出てきた以上、俺としても黙って指をくわえているわけにもいかん。だが、王族とオルドレイク侯爵に確執在りと、他国に付け入る隙を見せるわけにもいかん。そこで、S級冒険者パーティ『銀閃』に依頼だ。何とかオルドレイク侯爵の真意を探り、この事態の収拾の糸口を見つけてくれないか?」


「……それは、冒険者ギルドのグランドマスターとしての強制依頼か?」


 ゴクリ


 俺の横で、ランディたちが固唾を飲んだ気配が伝わる。

 もしオッサンの依頼がそう言う類いのものだとしたら、俺は永眠の魔王ボクト様の配下としての立場を優先せざるを得なくなる。


 だが、


「いや、これはサーヴェンデルト王国の王族として、ではなく、冒険者クルスの友人としての頼みだ。頼む、俺の苦境を救ってくれ」


 あくまでオッサンはオッサンのまま、王族の身分を鼻にもかけずに、真摯な態度で俺に言った。


「その依頼、引き受けた」


 それに対する俺の答えは、すでに決まっていた。






 黒鉄の虎と対峙している四大騎士団に事情を説明するため、オッサンが一人でこの場を離れ、ハイリアが自分の天幕に戻った後、


「おいクルス、やけにあっさりグランドマスターの依頼を引き受けたが、何か策はあるのか?」


 三人を代表して、ランディがそう尋ねてきた。


 それに対する俺の答えは、すでに決まっていた。


「いや、全然」


「……だろうな。今のお前は、策どころか何にも考えてない顔してるからな」


「ちょっとどうすんのよ!」 「安請け合いし過ぎですよ!」


「だから、これから考えるんだろ」


 その流れに乗ってミーシャとマーティンも文句を言ってくるが、依頼の受諾はリーダーである俺の専決事項だ。さすがにそれ以上言ってくることはなかった。


「だが、依頼達成の取っ掛かりが無いわけじゃない」


「うん?どこにだ?聞いた限りじゃ、グランドマスターとオルドレイク侯爵との関係は膠着状態で、話し合いの余地ももう無さそうに思えるけどな」


「違う違う、ランディ、お前は大事なところを見逃してる」


「だから、何がだよ」


「もったいぶった言い方するんじゃないわよ、クルスのくせに」


「僕にも何が何やら……」


 どうやら、ランディ、ミーシャ、マーティン、三人共に、思い当たることがないらしい。


「ただまあ、その人物をこの事件の舞台に引っ張り出せるかどうかっていう、大きな問題があるんだよな……」


 その問題をクリアできない限り、俺としても八方塞がりなことに変わりはない。

 はっきり言って、正攻法では無理。

 だから、なにかしらの裏技を使って、俺達の、もっと言えばオッサンの元に連れてくる必要があるわけだが……


「話し合い中のところらしいが、邪魔するぜ」


 そんな俺のシンキングタイムに割り込んできたのは、この天幕の本来の持ち主であるジェインだった。

 その顔が、らしくもなく幾分か引き締まっているところを見ると、どうやらよろしくないことが起きたらしい。


「早速だが緊急事態だ。四大騎士団と対峙している後方から、俺達目掛けて接近してきている軍があると、警戒していた部下が知らせてきた」


「数は?」


「五千。おいクルス、偶然だと思うか?」


「いや、全然」


 今この時期に、王に歯向かおうとする貴族は皆無だと言っていい。

 仮に先の政変で凋落した貴族の反乱だとしても、領地から王都まで素通りできるほど王宮派の目が曇っているとは思えない。

 黒鉄の虎と同数の五千もの大軍を用意することができて、なおかつ王都までほぼフリーパスで通過出来て、下手をすれば反逆罪に問われそうな真似をやらかす貴族なんて、俺には一つしか思いつかない。


「我らはオルドレイク侯爵家の領軍である!先日の縁談の返答を貰い受けに参った!王族特別顧問にあらせられるマルスニウス様に取次ぎを願う!もし聞き入れられなければ、家門の意地をかけて一戦交える覚悟!どうか性根を据えて御返答いただきたい!」


 拡声効果のある魔法か魔道具を使ったんだろう、その壮年の男の声は俺達だけじゃなく遠く王都の方まで伝わったようで、城壁の向こうからざわつく気配が届いてきた。


「おいクルス、ひょっとして……」


 動揺気味のランディに答える形で、俺は大きく頷いた。


 これはひょっとしたら、「カモがネギ背負ってきた」かもしれない。

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