第4話 待ちの一手は嵐の予感でしかない


 エドラスの街の代官に同情する。

 これが俺の偽らざる感想だ。


 普通、一番偉いと言えば、国なら国王、領地なら領主、街なら代官と、相場が決まってるものだし、それが王国の基礎中の基礎だ。

 だが、このエドラスの街では、新興での街あることと魔族の領域に近いという不安定さに付け込んで、とある王族が現在主流派となっている王宮派の貴族の四男を、冒険者ギルドのマスターに押し込んできた。

 この、とある王族の権力をかさに着た横暴に、エドラスの街を領内に持つ領主は王都へのコネができたと大層喜んだそうだが、その一方で領主から派遣されてきた代官は、大層神経をすり減らす日々を送っているそうだ。


 当然だろう。

 表向きは、エドラスの街の代官と冒険者ギルドのマスターという確固たる上下関係があるように見えるが、その実、王宮派の貴族の係累と木っ端貴族の家臣とでは、実質的な立場は見事に逆転するからな。


 ……実はギルドマスターの真の仕事は、俺達『銀閃』との連絡役って事実は知られない方が、彼の精神の健康のためには良いだろうな。






 そんなわけで、代官が媚びへつらうエドラスの街の冒険者ギルドマスター、それがこのナッシェルというわけだが、どうやら俺が物思いにふけっている内に、俺が渡した例の手紙を読み終えたようだ。


「……おおよその事情は分かりました。まずはハイリアさん、大変でしたね。このエドラスの街にいる間は、私の力が及ぶ限りの助力をさせていただきます。どうぞ安心して、この冒険者ギルドに滞在してください」


「あ、はい、ありがとうございます、ナッシェル様」


 待っている間座っていたソファから立ち上がって恐縮するハイリアに、ナッシェルは柔和な笑みを浮かべる。

 その、まるでか弱い妹を見守るようなまなざしに、俺が違和感を覚えていると、


「そして、クルスさん、お久しぶりですね。実際に会うのは、二年前の王都以来でしょうか」


「そうなるかな。でもまさか、王都で財務官僚の駆け出しだったナッシェルさんと、こんな場所で会うことになるとは夢にも思わなかったけどな」


「それについては、私も同感です。確かに当時の私も、あなた方とはいずれ繋がりを持ちたいと考えていましたが、このような形になったのは全くの不本意ですがね」


 ハイリアの手前、銀閃の名前を出さない配慮を見せつつも、「迷惑な話です」と後に続きそうなナッシェルの表情を見ていると、さすがに俺も居心地が悪い。


 そりゃあそうだ。おそらくは王都と銀閃の連絡役としてこのエドラスの街に配属されたナッシェルだが(それでも人から見れば左遷以外の何物でもないから不満だらけだろうが)、まさか厄介ごとを直接自分の執務室に持ち込まれるとは、夢にも思ってなかっただろう。


 とりあえず、形だけでも謝罪しておこうかと思っていたのだが、


「ああ、別にクルスさんに対して不満を持っているわけではないのですよ。事の推移を見るに、まだ報酬の話すら出ていないようですし、そもそもの発端はあの方にあります。いくら難題とはいえ、クルスさん達に頼り過ぎるあの方の方こそ、自省していただくべきなのです」


 語り口こそ穏やかだが、言葉自体は辛らつなナッシェル。

 見れば額に青筋が浮かんでいるようにも見えるが、その一方で、なぜかハイリアはわずかに頬を赤らめながら俯いている。


 ……ひょっとして、ナッシェルもなにかしらの事情を知ってるのか?


 そう訝しがる俺の表情に気づいたのか、ナッシェルは笑みを浮かべたまま首を振る。


「詳しい話は、あの方――あなたの依頼人から直接聞いてください。どの道、ハイリアさんの王都まで送り届けることも依頼の内のようですから、その時に詳しい事情を聞けると思いますよ」


「わかった。聞きたいことと、あのオッサンを殴りたい気持ちは、王都まで取っておくことにするよ」


 そう暴言を放った俺に、果たして貴族の四男のナッシェルの反応はというと、「では、私の分までお願いします」と言ってのけた。


 なるほど、俺達との連絡役に選ばれるわけだ。






 とりあえず当面の間、冒険者ギルドマスターの執務室に籠城することになった俺とハイリアだが、執務室の主であるナッシェルを加えた喧々諤々の議論の末、女性のハイリアが執務室の隣に設けられているギルドマスターの私室に泊まり、俺は執務室のソファをベッド代わりに使わせてもらうことになった。


 その対価というわけじゃないが、「私は使えるものは何でも使う主義ですので」と言うナッシェルの、ギルドマスターの書類仕事を手伝う羽目になった。もちろん喜んで手伝った。

 仲間たちにすら誤解されてるんだが、俺は別にニート生活を送りたいわけじゃない。むしろ、勤労意欲に満ち溢れた若者のつもりだ。ただ、周囲の注目を集めすぎて、日常生活に支障をきたしまくりな人生を送りたくないだけだ。

 S級冒険者?バカめ、奴はとっくの昔に死んだ。


 そんなわけで、今の俺は、ナッシェルの仕事を手伝いながらの待ちの一手だ。

 どうやら、この間に数人の冒険者が俺とハイリアのことを問い合わせに来たらしいが、そこはギルドマスターの威光で知らぬ存ぜぬを通してもらった。

 そいつらも納得はしてなかったみたいだが、さすがにギルドマスターを敵に回すわけにもいかずに大人しく帰って行ったらしい。

 ギルドマスター様様だな。


「ちなみにクルスさん、ここには好きなだけいてもらって構いませんが、事態打開の策は何かお持ちで?私にできることなら、助力は惜しみませんが」


「じゃあ、その言葉に甘えて、この手紙を……に届けてもらえませんか。もちろん、信用できる配達人の手で直接」


「これは……あの方が知ったら卒倒しそうですね。ですが、面白そうです。分かりました。必ず届けさせます」


「お願いします」






 さて、あとは、敵の動きが早いかこっちの打つ手が先んじるかだが、さすがは俺の仲間達、予想通りに最速のタイミングで合流してくれた。






「おいクルス、いくらリーダーだからって、俺に仕事を押し付けて人族の街で優雅なティータイムとは、やってくれるじゃねえか」


「ようランディ、早かったな。それじゃ、ついでにこれ、頼む」


「……なんだこれ」


「途中でテリスに会ったと思うんだが、まだ報酬を渡してなくてな。この金貨二枚を渡すついでに、帰ってもらうように伝えてくれ」


「てめえ……貸し三だからな!」


「バカ言え、精々貸し一が関の山だろ」


 二日後の朝、いつもの掛け合いの末に永眠の森にとんぼ返りしていったランディ。

 あいつならもう一度、いやもう二度、エドラスの街を囲む敵の警戒網を潜り抜けて、再びここに戻って来てくれるだろう。


「クルス、アンタって、ほんとにランディに対する扱いがひどいわよね」


「もう少し労わってあげても、罰は当たらないと思いますけど……」


 とりあえず執務室の一角を借りて、ランディといっしょに来た俺の仲間、魔法使いのミーシャと回復術師のマーティンをもてなすが、二人も口をそろえて俺が悪いと言ってきた。


「心外にもほどがあるぞ。ランディの役目は前衛兼偵察だ。むしろこういう時に役に立たないなら、あいつの出来ることなんて槍を振り回すことくらいだろ」


「それはそうかもしれないけど……」


「ひどい言い方ですね」


 俺の主張に満足したのか、ランディと共に駆け付けた仲間、ミーシャとマーティンが口を閉じるが、そこで話を終わらせてもらっちゃ困る。

 二人は、外の状況を知る貴重な情報源なんだからな。


「それで、ここに来るまでの道のりはどうだった?あと、違和感を感じたところはあったか?」


「そこは、ランディの案内があったから大したことはなかったわよ。むしろ、鳥人族の足に掴まれて空を飛んだことの方が、よっぽど緊張したけれどね」


「違和感らしい違和感もなかったですけど、強いて言うなら、僕達を警戒していた冒険者たちが、今一つやる気がなかったように思います。多分ですけど、何かの指示待ちの状態ではないでしょうか?」


「なるほどな」


 予想されたことではある。


 現在、敵はギルドマスターの庇護下にある俺達に手を出せない状況にあるが、手を引かずに警戒に努めている現状を考えるに、ギルドマスターのナッシェルをどうにかできる人物か、あるいは書状を、エドラスの街に送り込んでくる可能性が高い。

 敵の後ろ盾が、仕事をしながら俺達三人の話を聞いているナッシェルの地位と実家の権力に恐れをなしてくれる木っ端貴族なら万事解決だったんだが、どうやらそう上手くは行かないらしい。


 その、俺の予想が的中するのに、それほど時はかからなかった。


「失礼する。ギルドマスターのナッシェル殿はおられようか。オルドレイク侯爵家の臣、ファマウスが来たと、取り次いでもらいたい」


 その声が冒険者ギルドの玄関に響き渡ったのは、翌日のことだった。

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