お姫さまの御乱心

　大袋（おおぶくろ）に入（はい）っていた個（こ）包装（ほうそう）のお菓子（かし）を食（た）べ尽（つ）くしたお姫（ひめ）さまは、いろいろな疲（つか）れもあって、椅子（いす）の上（うえ）で浅（あさ）い眠（ねむ）りにつきました。

　やがて、カーテンの隙間（すきま）からは、まばゆい朝陽（あさひ）が射（さ）し込（こ）み、お姫（ひめ）さまの長（なが）くて美（うつく）しい黒髪（くろかみ）を照（て）らします。

　お姫（ひめ）さまが心地（ここち）よい太陽（たいよう）のぬくもりを感（かん）じていると、１階（いっかい）から愛犬（あいけん）のモモが吠（ほ）えたてる声（こえ）が聞（き）こえてきました。

　もしかして、下（した）に誰（だれ）かいるのかも知（し）れません。目（め）を開（あ）けてすぐに椅子（いす）から立（た）ち上（あ）がったお姫（ひめ）さまは、施錠（せじょう）されたドアを静（しず）かに開（ひら）いて外（そと）の様子（ようす）をうかがいます。

　モモの吠（ほ）え続（つづ）ける声（こえ）が廊下（ろうか）に響（ひび）くだけで、２階（にかい）にはお姫（ひめ）さま以外（いがい）、誰（だれ）もいないようです。下（した）に降（お）りるべきか迷（まよ）ったお姫（ひめ）さまは、さっき放（ほう）り投（な）げた包丁（ほうちょう）を探（さが）しましたが、あるはずの包丁（ほうちょう）がどこにもありません。もしかして、本（ほん）のページを破（やぶ）り取（と）った犯人（はんにん）が、持（も）って行（い）ったのでしょうか？

　けれども、お姫（ひめ）さまは全然（ぜんぜん）怖（こわ）くはありませんでした。ブツブツと独（ひと）り言（ごと）をつぶやくと、手（て）すりを伝（つた）いながら１階（いっかい）へと降（お）ります。

　降（お）りてきたお姫（ひめ）さまの足（あし）もとに、鳴（な）き止（や）んだモモが近（ちか）づいて来（き）ました。抱（だ）き上（あ）げて玄関（げんかん）を見（み）れば、足拭（あしふ）きマットにごくわずかですが、血痕（けっこん）が付着（ふちゃく）しているではありませんか！

　お姫（ひめ）さまは、愛犬（あいけん）の頭（あたま）をやさしく撫（な）でて床（ゆか）に降（お）ろし、台所（だいどころ）へふたたび向（む）かいます。いったいなにを考えているのか、流（なが）しの下（した）から今度（こんど）は小振（こぶ）りな包丁（ほうちょう）を取（と）り出（だ）しました。

　お姫（ひめ）さまはブツブツと独（ひと）り言（ごと）をつぶやきながら、包丁（ほうちょう）を片手（かたて）に、家中（いえじゅう）の部屋（へや）を隈無（くまな）く開（あ）けて調（しら）べ始（はじ）めます。

　浴室（よくしつ）にたどり着（つ）いたお姫（ひめ）さまは、ある事（こと）に気（き）がつきました。きのうは調（しら）べませんでしたが、浴槽（よくそう）に蓋（ふた）がしてあるのです。お姫（ひめ）さまは舌打（したう）ちをすると、浴槽（よくそう）の蓋（ふた）を勢（いきお）いよく捲（めく）りました。

　浴槽内（よくそうない）には誰（だれ）もいませんでしたが、玄関（げんかん）マットと同（おな）じく血痕（けっこん）が数滴（すうてき）ありました。浴室（よくしつ）を出（で）たお姫（ひめ）さまは、最後（さいご）にお母（かあ）さんの部屋（へや）へと向（む）かいます。

　お母（かあ）さんの部屋（へや）の中（なか）へ入（はい）ると、獣（けもの）が獲物（えもの）を咀嚼（そしゃく）しているような音（おと）が、小（ちい）さくどこかから聞（き）こえてきました。鋭（するど）い視線（しせん）で室内（しつない）を見渡（みわた）したお姫（ひめ）さまは、やがてクローゼットに目（め）が止（と）まり、物凄（ものすご）い勢（いきお）いで開（あ）けました。