第2話 土花加古(つちばなかこ)の場合

「……この後、どうなるんだ?」


「俗に言う、朝チュンですね」


「……ヤるのか?」


「やりますね。あ、某インタビューみたいなのは偶然です」


「要らねぇよその追加説明!」


 これは、我らがアニメ同好会部室での一幕である。

 長方形に繋げられた長テーブルで土花加古と隣り合って座り、彼女が執筆したライトノベル小説を読んでいた。


 線の細い顔立ち、腰に届く長い黒髪、白い肌、楚々とした雰囲気。『大和撫子』の四文字を連想させる様相。しかし決して騙されては行けない。

 中身はラノベ作家志望を建前に好き勝手やってる妄想癖持ちの変態だ。あとオタク。


「大賞に応募する用だよな? 官能小説じゃないよな?」


「はい。ちなみに裏設定では子供が二人できて、四歳差の兄妹が」


「やめろやめろやめろ! てかヤってる時点でアウトだ! それじゃラブコメじゃなくただのラブ、読者がツッコミ役で成り立つラブコメってどんな新ジャンルだよ!」


「なるほど。それは新ジャンルですね。私が第一人者です」


 ダメだ、話が通じねぇ。


「ラブコメに叙述トリック的なサムシングはいらない。物語の中で完結させてくれ」


「む〜……せっかく純愛が書けたと思ったんですけど」


 純愛の純の部分が真っ黒ドロドロだよ。


「ヤらないとしたら、夏津くんはどうしますか?」


 言いながら、さも自然な動きで椅子を寄せ、肩が触れ合うまで距離を詰めてくる。持ち込み禁止のノーパソを広げ、俺と土花との間に置いた。

 まだ夏と呼ぶにはまだ早い五月半ば、隣から新緑の匂いがする。


 冷静に俺は椅子を離した。するとさっきより詰め寄られた。


「なぜ離れるんですか?」


「逆に訊くが、なぜ寄ってくる」


「その方が効率がいいからです。離れれば声が届くまでに時間がかかるでしょう?」


「コンマ秒で争うのはスポーツ選手になってからにしてくれ」


 声の伝播速度は秒速にして約三百四十メートルだ。たかが数十センチ近づいたところで人間の反応速度じゃ変わらない。


「既成事実作った方が関係性が単純になって進めやすいんですけどね」


「ふわふわとした関係性だからこそ絶妙にドギマギするんだろうが」


「夏津くんは彼女ができたら焦らされたいんですか? ドMなんですか?」


「両方とも断じて否だ。フィクションだからこそ安心して焦らされられるんだよ」


「……ふむ」


 何か考え込むと、土花はメモアプリを開いた。

「わかりました。夏津くんは小説の中では焦らされるのが趣味、と」


「書き方に悪意を感じる」


「でしたら次回作は、イケメンオタクと小説家志望の女子のじれじれに焦れを極めたラブコメディにします。完成したら持ってきますね」


「なぜ毎回俺の好みに合わせようとする?」


 土花は未知の言語を聞いているといったふうに、首をかしげた。


「逆になぜ、夏津くんの好みじゃない小説を書くんですか?」


「大賞に応募する原稿書いてんだろ?」


「最初から大衆受けを狙って書いた作品はボヤけてしまうと言います。なので読んでもらう相手を一人に絞って書くのは、個性を出す意味でも効果的なんですよ」


「も?」


「ネタ出しを理由に夏津くんの性癖を知れるので、ふへへぇ……あ、なんでもないですよ」


「もう遅ぇよ」




 これが土花加古という女子だ。

 小説の感想が欲しいのを建前に、日々俺の性癖を暴こうとしてくるのだった。

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