平行世界を知る君へ

平行世界パラレルワールドはある」

 唐突に教授は語った。

「だが、私たちはそれを観測することはできない」

 教室は、予想通りざわつき始める。

「なんでですか?」

 教壇に近い席にいる学生の一人が、教授に質問する。

「重なり合っているからだ」

 教授は、黒いペンで二本の線をホワイトボードに引く。平行に。真横に。

「ここには線が二本書かれてある。これらは、私たちには観測できる」

 確かに二本ある。

「それは、私たちに『見える形』で存在しているからだ。見えるように私が描いたからだ」

 教授はその二本の線を消し、もう一度線を描く。今度は横に引いた線に重なるようにもう一本引いた。

「ここにも、二本の線がある」

「いや、一本っすよ」

「見ていただろう? 二本ある。ただ、二本目は一本目と重なるように描いただけだ。時間を置いて。同じ場所に」

「だから一本でしょう?」

「両方存在している。つまり、二本ともあるし、我々にはその存在を観測できない」

 そこまで教授が話をすると大半の生徒は教授の授業について行くのを諦め、寝たり携帯をいじりだす。が、一割に満たない生徒は急に姿勢を正して前のめりになり、教授を凝視し始めた。

「ポイントは、『二本の線は、同時に描けない』ことだ。必ず二本目は、一本目が描かれた後にしか描かれない。現実の平行世界にも適応されている大原則だ」

 急に怖いことを言い出す。まるで自分の認識が世界の原理であるかのように。

「二本目が存在しているか分からないのは、二本目が一本目に沿って描かれたからだ。だが、そうでなくては『平行世界』足りえない。必ず二本目は、一本目と同じように引かれなければならない」

「教授、今日はタイムマシンに関する授業ですよね? 教科書は相対性理論についての……」

 別の生徒が教授に意見する。

「あくまでアインシュタインは光と我々の観測からくる世界律を現したに過ぎない。人間が質量を持っている以上、人間自身が時間移動することはできないからな」

(あ、別の切り口から相対性理論を否定するわけか)

 普通の人、というか物理をかじった人間なら、相対性理論が覆すことのできない理論であることくらいは理解している。だけど、ガリレオが地動説を唱えたというのにいまだに空が動いていると思う方が思考に負担がないと考えるように、移動する人の認識において移動していない人と光の速度が変わるなんて、生活するにおいて些細な変化をわざわざ認識する行為自体、愚の骨頂だ。

「そもそも、タイムマシンは存在できない。いや、正確には『物質を過去に送る理論』は無いのだよ」

 なんか引っかかる言い方だけど、どっちにしても相対性理論から離れているような気がする。

「じゃあ、物質ではないものは過去へ送れるってことですか?」

「君は、何なら送れると思うのかね」

 生徒の質問に重ねて教授が質問をする。物質でないものを過去に送る? いや、物質以外の何を送るというのか?

「……電波とかですか? あるいは光そのものとか」

 ここで、始めて教授は笑った。

「君、名前は?」

「え、五条ですけど」

「君には単位をあげよう。勘がいい。が、正解ではない」

 教授は手元のノートに何かを記載した。名前を控えたのかもしれない。

「光にも質量はある。いや、あったりなかったりしている、が正確か。粒子と電磁波、両方の性質があるから、粒子としての性質を失わせることができれば可能かもしれん」

「教授」

 別の生徒が教授に声をかける。

「何かな」

「この世界で発生した光は、平行世界へ送ることは可能でしょうか?」

 教授は今日一番の笑顔になった。

「もちろんだ。光は常に平行世界とこの世界を行き来している、唯一の物質だ」

 ……聞いたことのない理論だ。

「みんなも知ってのとおり、光は粒子と電磁波の性質を併せ持つが、観測するにはどちらの性質を観測したいか、で実験内容が変わるために、本当に両方持っているかを確認できた実験はない。あくまでどちらも持っていることがわかってるだけだ」

 うん、そこは理解できる。

「つまり、こちらの世界で観測している、観測して確認しえた特性を光が持ち合わせている間、平行世界では別の特性を持ち合わせることで、光が二つの特性を併せ持つ事実を維持しながら、平行世界とこの世界が平行でありながらも重なり合う証明になっている」

 もう訳が分からない。

「要するに、こちらの世界で粒子の観測をしている間、平行世界では電磁波の観測をしている、ということだ」

 あれ、それだと「教授、平行世界とこちらの世界で矛盾が出るんじゃないですか?」

 つい、私は口をはさんでしまった。

「君、名前は」

「あ、えっと九重ここのえです」

「あちらとこちらで異なる実験を行うことで何か不都合が?」

 あ、これ怒られるパターンか?

「い、いえ。不都合と言うより単純な疑問なんですけど」

 何人かはこちらを見て笑っている。わざわざ下らない矛盾指摘をしてしまったのをあざけっているのだろう。

 だが、むしろ教授は笑顔のままだ。

「君は、例えば昼食を食堂で食べるかい?」

「へ?」

 急に変な質問が来た。

「カレーとうどん。どちらを食べたいかを悩んだことは?」

「え、あ、ありますけど」

 それが何の関係があるのか

「君は悩んだ末、カレーを食べたとしよう。しかし、平行世界の君はうどんを食べる。必ずだ」

 うん? ……なんだか聞いたことがあるような。

「君はゲームをしたことはないかね? RPGだ」

「まあ、小学校の頃に少し……」

「ゲームのシナリオライタは、主人公がとある選択に迫られたシーンを作る時、必ず選択後のイベントを全種類用意する。何故だと思う」

「そりゃ、どれを選んでもいいよう…… に」

 はっとする。

「平行世界は、『こちらが選択しなかった方を選択した世界』……」

「君はうちのゼミに来なさい」

 いや全力で遠慮したい。

「ここで少し話は戻る。平行世界は、必ず一本目の線が引かれたあと、重なるように引かれる。これは、最初の世界に沿って生まれる必要があるからだ。最初の世界で選ばれなかった選択を補完しなければならないからな」

 教授はもう一度線を引く。二重に。

「今はまだ方法はないだろうが、もしもこちらの世界の人間が平行世界の観測を行えるならば、それは『この世界のいくらか過去』である可能性が高い。何故なら、平行世界はこちらの世界の後を辿っているからに他ならない。先ほどゲームに例えたが、まさに出された選択肢を決定する前まで、と言えるだろう。そんな世界へ、光などを用いて情報を送ることができれば……」

 教授は、線の先端をぐるりと後ろへ引っ張る。

「こちらの世界が平行世界の時間軸に吸収され、あちらが本来の世界となる」

 何を言い出しているんだこの人は。

「何故なら、本来選択権の有るこちらの権利を平行世界へ譲渡する行為が、世界観測の条件であるからだ」

 頭をいくらひねっても、意味が分からない。

「ゲームでいう、選択肢を選択できる側の世界が、常に優先世界として存在しなければいけないから、ですか?」

 最初に教授に話しかけた生徒が、再び話しかける。

「君もゼミに来なさい」

 教授は上機嫌だ。

「つまり、観測者がその選択を過去の自分に譲渡する、かつ別の選択をさせることで、観測者は過去へと行くことができるだろう、ということだ」

 結局、この日は平行世界の話ばかりでろくな授業にならなかった。

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