第一部 雲のある空の下で2

 夏樹の姉の春花さんが働く『しらゆり病院』は浦町高校の裏手にある。

 白亜の建物という外観はまるで歴史ある美術館のようだ。

 ただし中身はいたって普通の病院だった。

 近代的な設備も充実していてバリアフリーもしっかりしている。

 先代市長が選挙公約を守る形で建てた物だけど、町の風景からは少し浮き気味だった。

 でも、僕はこの病院が嫌いじゃない。

 陽の当たる場所。それが僕のこの病院に対する印象だった。

 室内まで暖かな光が差し込み、いつでも明るく温かいというイメージがあった。

 そんな病院の廊下で対面した春花さんは、相変わらずの天真爛漫ぶりだった。

「やっほー誠一君、夏樹♪」

「うべっ」

 春花さんは僕たちのことを見つけるとすぐに抱き付いてきた。

「ちょっと姉さん!」

 人目を憚らない過剰なスキンシップに夏樹は恥ずかしがっていた。

 僕はといえばとうに諦めてされるがままになっている。

 嫌がる素振りを見せたところで余計にじゃれてくるだけだろうしね。

 基本的にこの人の思考は構ってほしい子供なんだ。

「いいじゃん~姉妹なんだし」

「誠一は違うでしょうが!」

「弟みたいなものでしょ。ところで誠一くん、頼んでた絵はできた?」

 白衣の小悪魔は会って早々に絵の催促をしてきた。

 僕がげんなりとしながら「まだです」と答えると、春花さんは拗ねた子供のように口を尖らせた。

「えー、だって頼んでからもう結構立つよ」

「そう言われても……」

「もう、急かしたっていい絵が描けるワケじゃないんだから」

 夏樹が間に入って春花さんを宥めてくれた。

「む~……なるべく早く頼むからね」

「それで姉さん。最近ずっと気にしてる女の子がいるって言ってたよね?」

 夏樹が本題を切り出すと春花さんは急に真面目な顔になった。

「……うん、そうなの。あそこにいる子よ」

 春花さんは廊下の突き当たりにある階段の踊り場を指した。

 そこにはあの日と同じように『ラベンダー』の絵画が掛けられていた。

 見上げていたあのこととは違い、絵は僕らの目線と同じ高さになっている。

 しかし窓から差し込む光の中に佇むその姿は、あの日のまま変わっていない。

 と、そこでパジャマ姿の少女がその絵を見上げていることに気付いた。

(もしかしてあの子が春花さんの言っていた……)

 ジーッと絵を見つめている女の子。

 あの日の僕と夏樹を思い出す構図だけど、その目はなんだか険しかった。

「みづきちゃん」

 春花さんが呼びかけるとその子はゆっくりとこちらを向いた。

 少し儚げな可愛らしい女の子なのだけど、その目には生気が感じられなかった。

「………」

 凍りつくような無表情。生気の感じられない瞳。

「この二人が前に話した妹の夏樹と誠一君だよ」

 春花さんが僕らのことを紹介した。

 しかし、その子は無表情のまま軽く会釈をしただけだった。

 そしてまた彼女はラベンダーの絵を見つめる作業に戻ってしまう。

 好きで見ている……という感じではない。

 むしろ睨んでいるかのようだった。

 春花さんはそんな彼女の様子に肩を落としながら彼女の紹介をした。

「あの子は芹沢美月ちゃん。小学六年生よ」

「なんか……良くも悪くもお人形さんみたいですね」

 そう漏らした僕に春花さんは頷いた。

「あの子はずっとあーなのよ。二ヶ月前に学校の屋上から転落して……」

「転落って、事故なんですか? それとも……」

「多分……事故じゃないと思うわ」

 それは飛び降り自殺を図った……ということなのだろうか。

「樹に引っ掛かったおかげで大きな外傷はなかったんだけど、ショックのせいか誰とも話してくれなくて……親御さんも面会に来ないから寂しさもあるんじゃないかな」

 春花さんは頬に手を当てながら溜息を一つ吐いた。

 そして踊り場で『ラベンダー』を睨む美月ちゃんを悲しそうな顔で見ていた。

「夏樹たちがあんな目をしていなくてよかったわ。もしあんな目であの絵を見ていたら……あたしはとても嫌だったと思う」

「……そうですね」

 世の中には物語を読んで自殺する人もいる。

 不安に駆られる音楽を聴いて自殺したりする人もいる。

 内面の不安が、他人の世界に触れるとことで爆発するのだだろう。

 マグリッドの『城』を見て自分の中を見透かされているように感じれば、それに不安を感じて自殺してしまう人がいるかもしれない。

「絵画に人を癒やす力があるなら、傷つける力だってあるはずです」

「そうね……その通りだと思うわ」

 春花さんは静かに頷いていた。僕と夏樹はあの絵に癒やされた。

 だけど美月ちゃんにとってあの絵は苦痛のタネなのかもしれない。

 それが凄く悲しかった。

 春花さんが仕事に戻るのを見送った後も、僕と夏樹はラベンダーを睨み続けている美月ちゃんを眺めていた。

 夏樹は頬に手を当てながら首を傾げた。

「飽きもせずに見ているけど……なんだか心配になってくるわね」

「うん。でも、ここで見ていてもなにもわからない」

「そうね。行きましょう」

 校内放送のアドバイスじゃないけど、美月ちゃんと話をしてみることにした。

 しかし……彼女はなかなかに手強かった。

「なあ、美月ちゃん?」

 プイッ

「あの……あたし達とちょっとお話ししないかな?」

 プイッ

「はぁ……少しは構ってくれるとお兄さんたち嬉しいんだけど……」

「なんか早くも挫けそうだね」

 美月ちゃんは話しかければプイッと顔を背けてしまう。

 自分の世界を邪魔されたくないのか、それとも単に人見知りなだけなのか。

 なにも話してくれないのでそれすらもハッキリしない。

 どんなに話しかけても美月ちゃんはなにも言わずに、ただ絵を睨むだけだった。

「その絵、気になるの?」

 僕が彼女と絵の間に入って彼女の顔を覗き込むと……。

「っ!」

「うわっ……アタッ」

 彼女はビックリして僕のことをドンッと突き飛ばした。

 僕はラベンダーが架けられている壁に背中を強く打ち付ける形になった。

 その衝撃で壁に架けられていたラベンダーが落下し、僕の頭に激突した。

「ギャっ!」

 思わず情けない声が出た。頭を抑えてうずくまる。

 ちなみに頭頂部を直撃したラベンダーの入った額縁は、地面に落ちる寸前で夏樹がキャッチしていた。

「セーフ」

「僕的にはアウトなんだけど……」

 できるならば当たる前に受け止めてほしかった。

 頭頂部に手をやるとたんこぶができていて、僅かながら出血もしている。

 傷口がズキズキと痛む。

「ちょっと誠一、大丈夫?」

 絵画を抱えた夏樹が心配そうに覗き込んできた。

「つー……さすがに良い額縁を使ってるだけのことはあるね……」

「なにバカなこと言ってるの。ちゃんと見てもらった方がいいよ」

 そんなとき、樹の肩越しに美月ちゃんの顔に動揺の色が浮かんでいるのが見えた。

 話すか話すまいか迷っているようで、どうやら気にしてくれているようだ。

 僕は夏樹の手を借りて立ち上がると、美月ちゃんに笑いかけた。

「大丈夫だよ。僕は結構頑丈だから」

「…………」

「それよりなんでこの絵をずっと見ているの?……好きなの?」

「!」

 その瞬間、彼女の顔が怒りに満ちた。すると、

「嫌い……」

「え?」

「そんな絵、大っ嫌い!」

 美月ちゃんはそう叫んで走っていってしまった。

 初めて聞いた美月ちゃんの声。しかしそれを喜んでいる暇はなかった。

 後を追おうとしたけど、夏樹に腕を掴まれた。

「なに考えてんの、ケガを見てもらう方が先よ!」

「え、ああ……そうだった……」

 いまさらながら頭頂部が痛んでいることを思い出した。僕は後ろ髪を引かれる思いで、実際には夏樹に手を引かれながら事務所へと向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


「誠一、ホントに大丈夫なの?」

 ちょうど手が空いていた外科の先生に診てもらい、冷やしておくようにと言われて渡された氷枕を頭頂部に当てている僕を夏樹が心配そうに見ていた。

「べつに大したことないってさ。精密検査するまでもないらしい」

「だったらいいけど……。それにしても、なんであの子はあんなにも『ラベンダー』を嫌ってるんだろうね。嫌いって事は意識してるって事でしょ?」

「『嫌よ、嫌よも好きのうち』って?」

「それは男女の仲でしょ! ……とにかくもう一度あの子と話をしよう。誠一のケガが大したこと無いってわかれば美月ちゃんも安心するだろうし」

 夏樹は「姉さんから病室は聞いてるわ」と、僕を美月ちゃんの病室まで案内した。

 そこはラベンダーのある踊り場からそう遠くないところにある二人部屋だった。

 扉の横に架けられたネームプレートには『芹沢美月』の名前しか無い。

 つまり美月ちゃんは二人部屋に一人っきりということだ。

 入院歴のある俺たちは病室に一人きりになる淋しさを知っている。

 ましてや両親が面会に来ないというのなら尚更だ。

「……病室に一人きりって、やっぱり寂しいよね」

「そうね。あたしもお母さんはいないけど、姉さんや誠一がいたから……」

「僕もだよ。春花さんには感謝してる」

 僕は扉を叩いたけど、予想していたとおり返事は帰ってこなかった。

 ゆっくりと扉を開けると、部屋の中には美月ちゃんが窓辺に立っていた。

 振り返った虚ろな瞳がこちらを捉える。

 ほんの少しだけ彼女の表情に安堵の色が浮かんだように見えた。

 どうやら心配してくれていたみたいだ。

「僕のケガは大丈夫だよ。大したこと無いって言われた」

「……ごめんなさい」

 目線は会わせてはくれなかったけど美月ちゃんは謝罪の言葉を口にした。

 結果的にとはいえ、言葉を交わしてくれるようになったことは一歩前進だ。

 ケガの功名と言えるかもしれない。

 といってもこれで会話が終わってしまっては元も子もない。

 僕は一番気になっていたことを聞くことにした。

「ねえ、キミはどうしてあの絵を嫌うの?」

「……」

 美月ちゃんは黙ったまま俯いてしまった。夏樹も尋ねる。

「なにかラベンダーに嫌な思い出でもあるの? どうしても辛いなら姉さんに頼んで事務員さんに『ラベンダー』を外してもらうこともできるわ」

 すると美月ちゃんは顔を上げて僕たちを睨んだ。

「……私のことは、もう、放っておいてください。お兄さんたちの話はあの看護士さんから聞いています。あの絵が好きだったんですよね?」

「いまでも好きだよ。ねぇ夏樹?」

「うん」

「なら話すことなんてないです。私はあの絵が大っ嫌いですから」

 冷たい眼差し。小学生にしては随分大人びたしゃべり方をする子だ。

 控えめそうな雰囲気に似合っていると言えばそうだけど……。

 なんだか子供らしくない気がする。

 ともかく自分の好きな絵をここまで拒絶されるのは悲しかった。

「よっぽどあの絵が嫌いなんだね……ちょっと残念かな」

「残念……?」

「うん。僕たちはあのラベンダーを見るたびに想像していたんだ。青空の下で紫色の花びらをそよがせている……そんなラベンダーのある風景をね。そしていつか元気になって本物のラベンダーを見たい。いっぱいのラベンダー畑が見たい。そう思ったんだ」

 僕が思う『ラベンダー』はそういうものだった。

 夏樹にとってもそうだったと思う。

 楽しいイメージを呼び起こし、病気と戦う勇気を与えてくれる絵。

 しかし美月ちゃんにとってはそうではないのだろう。

 美月ちゃんは失笑気味に笑った。

「私にはそんな想像できません。あそこにあるラベンダーは偽物です」

「そりゃあ絵なんだから偽物だろうだけど……」

「私の世界は『私に見える世界』だけ。私が見ることができる世界にはお父さんもお母さんもいない。変わらない白い部屋。変わらない白いベット。変わらないテーブル……」

 指折り数えながら美月ちゃんは変わらないモノの名前を並べていく。

 まるで数え歌でも歌うかのように、単調に紡がれていく変わらないモノの名前。

「変わらないテーブル、変わらない人々、変わらない毎日、ゆっくりすぎて変わっているのがわからない雲のない空……そして変わらない『ラベンダー』」

 変わらないラベンダー。

 ……なんだろう。胸が締め付けられるようだ。

 画家は一瞬の風景を切り取って永遠に変える。

 そして見る者を感動させる。それがこの子にとっては裏目に出ていたようだ。

 不朽の名作などと人は言うけど、不朽であることが彼女を苦しめていた。

「私はあのラベンダーに枯れて欲しかった。だから『枯れて』って願っていたんです。……無理ですよね。わかってます。それでも願わずにはいられなかった」

「美月ちゃん……」

「変わらないラベンダーを見ても……私は笑えません」

 言い終わると再び窓の方を向いてしまった美月ちゃん。

 僕たちは何も言うことができなかった。なぜだろう。

 あの絵の素晴らしさ。美月ちゃんの考えの危うさ。

 そんな美月ちゃんを励ましたい気持ち。

 伝えたいことは山ほどあるはずなのに上手く言葉にできない。

 美月ちゃんの『ニセモノ』、『変わらないラベンダー』という言葉が魚の骨のように喉に突き刺さり、掛けよう言葉を白々しいモノにしていた。

 まるで何時間もの時間が流れたような気がした。

 僕と夏樹には黙って部屋を出ていくことしかできなかった。

 痛いほどの沈黙の中で、僕たちの扉を閉める音だけが響く。

 美月ちゃんの病室を出ると、僕達はそのまま無言で歩き続けた。

 日が傾いたため薄暗く鳴りつつある廊下と窓の外の景色。

 そろそろ照明が点く時間だろう。

 気が付いたらあの『ラベンダー』のある踊り場の前に立ちつくしていた。

 あの日、僕たちを感動させたはずの『ラベンダー』。

 なのにいまはなにも感じることができなかった。

 絵はただそこにあるだけで、自分からはなにも語らない。

「なんだかとっても悲しいわ……」

 夏樹の目には涙が溜まっていた。

 僕はそんな彼女の頭にそっと手を置いた。

 夏樹は俯き、大粒の涙が零れ落ちて踊り場の廊下の上に弾けた。

 声を殺して泣く姿に胸が締め付けられた僕は、そっと夏樹の頭を引き寄せた。

 こめかみとこめかみをくっつけるようにして、僕らはしばらく寄り添い合っていた。

 周囲の目など気にせず、僕は夏樹が泣きやむまでそうしていた。

 構わない。どうせ誰も気にしないだろう。

 ここは病院、日々希望と絶望が交錯する場所なのだから。



 病院をあとにし、僕らは夏樹の家へと帰ってきた。

 病院では落ち込んでいた夏樹も、無理矢理元気を出すように夕飯の準備を始めた。

 炒飯、回鍋肉に麻婆豆腐と火力を使う中華の炒め物ばかりだった。

 心のモヤモヤを振り払うようにして鍋をガッコンガッコン振っている。

 僕はそんな夏樹の様子を黙って見ていたけど、勢い余ってさらに麻婆春雨まで作ろうとし始めたのでそれは止めた。

 これ以上おかずが増えても食べきれないだろう。

 今日の春花さんは宿直じゃなかったので、帰宅を待って夕食タイムとなった。

 僕の家は近所であり、家族同士での交流もあったためよく夕飯に呼ばれていた。

 夏樹の家はお父さんが海外赴任しているため姉妹二人暮らしだし、僕の家も父さんは僕が物心付く前に他界していて母さんと二人暮らしだった。

 そのためどちらかがどちらかの家の夕食にお呼ばれするというのが日常だった。

 もっとも最近では夏樹の家で三人で夕食のことが多かったけど……。

「ところで誠一君。お母さんは相変わらず?」

 麻婆豆腐を食べながら春花さんはそう尋ねてきた。

 夏樹も心配そうな顔を向けてきたので僕は「大丈夫だよ」と笑って見せた。

「残念ですけど……相変わらずです」

「そう……辛かったらいつでも来ていいからね。私達は家族みたいなものなんだし」

 春花さんは僕の頭をよしよしと撫でた。

 まるっきり子供扱いだけど、慣れている僕はされるがままになっていた。

 夏樹も気遣わし気な眼差しで僕を見ていた。。

「誠一……無理はしないでよね」

「大丈夫だよ。僕には夏樹や春花さんがいるから。……でも、あの子には」

「美月ちゃんのこと?」

 僕が頷くと、夏樹はそっと箸を置いた。

「美月ちゃんには誰もいないんだもんね」

「う~ん。あたしも仕事があるからなかなか一緒にいて上げられないもんねぇ」

 春花さんも炒飯をかき込んだレンゲを口にくわえたまま溜息を吐いた。

 抱えているモノが淋しさならば、僕と夏樹とで毎日お見舞いに行くことなどで埋めて上げることもできただろう。

 でも……多分それだけじゃダメだ。なにかが違う気がする。

 彼女が自分を傷つけた原因は淋しさからかも知れない。

 だけどいま、彼女の胸の内にあるものが淋しさだけだとは思えなかった。

 変わるモノと変わらないモノに異常にこだわっていた彼女。

『変わらないラベンダーを見ても……私は笑えません』

 変わらない……か。そんなこと思ったこともなかったな。

 絵画……切り取られた一瞬……それは動かない。変わらない。

 絵なんだから変わらないのが当たり前っていえばそうなんだけど……。

 なんだか妙に引っ掛かる。

 夏樹お手製の回鍋肉を食べているときも、そのことばかりを考えていたのだけど、食べ終わってもまだ答えにはたどり着けなかった。



 夕食の片づけが終わったところで僕は夏樹の家からお暇することにした。

 春花さんには何度も泊まっていくように(むしろ住み込むように)言われていたけど、僕はその度に断っていた。

 夏樹も「そうしなよ」と言ってくれたし家族同然の付き合いではあるのだけど、若い女性だけの家に居候するのはまずい気がする。

 それに自分の家のことを放っておくわけにもいかなかった。

 僕の家は新谷家から歩いて五分ぐらいのところにある。

 家の前に着くとすでに電気は点いていた。

 母さんはもう帰ってきているのだろう。

 玄関の扉を開けるとちょうど廊下の曲がり角から母さんが出てきた。

「ただいま」

 一応声を掛けたけど、母さんは僕を一瞥することもなく自分の部屋へと入っていった。

 目線があったのかどうかもわからない。

 廊下に取り残される形になった僕は小さく溜息を吐いた。

 仕方ないことだとはわかっていても……結構応える。

 いまの僕はまるで、あのときの天野くんみたいじゃないか。

「……わかってるよ。比べるまでもない」

 誰にでもなく、自分自身に言い聞かせるように呟く。

 僕なんかは美月ちゃんに比べれば恵まれているほうだ。

 僕にはまだ夏樹や春花さんがいてくれる。

 だから家がこんな状況であっても……恵まれている。

 それが『幸せである』ということに直結しないのはわかっているけど……。


 ―――そうとでも思わなかったらやってられなかった。

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