ご挨拶(高野家女性陣)後編

 お昼を食べ終えて、玲依ちゃんとのんびり過ごしていればスマホが鳴った。


「千紗姉? 侑、ちょっとごめんね」

「お姉さん? 私のことは気にせずー」

「ありがとう。もしもし? 千紗姉? ……うん、今日は休み。あ、うん、家だけど……あ、お母さん来てるんだ? ……ごめん、今日はちょっと……」


 電話の向こうのお姉さんと話をしている玲依ちゃん。お誘いかな? 私を優先してくれるのは嬉しいけど、また夜に来させて貰えたら、って伝えようかな。


 スマホに打ち込んだ文字を見せれば、申し訳なさそうな顔をしつつも、会える、と答えている。頻繁に会えるわけじゃないんだし、家族を優先して欲しい。


 帰ろうとすれば、上目遣いで甘えてくる玲依ちゃんが可愛すぎてぎゅっと抱きしめた。本当にこのお姉さんはあざと可愛い。


 玲依ちゃんの家を出てコンビニに寄ってから歩き出せば、ポツリ、と手に水滴が落ちてきた。嘘でしょ? 今日雨予報じゃなかったよね? 最悪……

 そんなに強い雨にはならないだろう、と思っていたのに結構降ってきて、慌てて引き返して傘を買った。

 かなり濡れちゃったから手遅れ感がすごいけど……


 洗車しようと思ってたのにな、と憂鬱な気分で歩いていれば、ちょうど電車が着いたのか沢山の人が駅から出てきていて、空を見上げて顔を顰めて引き返す人や、折り畳み傘を出す人、走り去る人、様々だった。



「傘あって良かったわ~」

「よく持ってたね?」

「お父さんがね、いつでも持ってた方がいいってバッグに入れてた

「さすがお父さん」


 すれ違った親子は折り畳み傘を2人で使っていて、振り返れば、結構濡れるだろうな、と全然関係ないけど心配になった。

 前までなら面倒だから、と気にしなかったと思うけれど、玲依ちゃんに声をかけてもらってから、かなり変わったな、と自分でも思う。


「突然すみません。これ、良かったら使ってください」

「え?」

「見ての通りびしょ濡れですし、家すぐそこなので。傘は差し上げます! それでは失礼します!」


 追いかけて、振り向いてくれた女性に傘を押し付けて、返事も聞く前に走り出す。


 家に着いてシャワーを浴びながら、むしろ迷惑だったかもしれないな、なんて考えたけれど、もう会うこともないだろうし、気にしないことにした。


 洗車もできないし、ベッドに寝転んでスマホをいじっていれば玲依ちゃんから電話。もう帰っちゃったとか?


 玲依ちゃんが私のことを話してくれた、という事が嬉しくて、これから行く、なんて言ってしまったけど、電話を切った後急にどうしたらいいか分からなくなった。

 家族に紹介してもらうなんて初めてだし、ちゃんと挨拶ができるかな、とか嫌われちゃったらどうしよう、とか不安は尽きない。


 途中で玲依ちゃんが好きな和菓子を買って、家へ向かう。いつもは早く、早くと思うのに、今日は着いてしまった、とインターホンを押すのを躊躇ってしまう。


 しばらく部屋の前に居たけれど、エレベーターが止まった音がして、慌ててインターホンを押した。不審者って思われちゃう……



「侑、来てくれてありがとう……って大丈夫?」

「緊張しすぎて吐きそう……」


 余程酷い顔をしていたのか、心配そうに覗き込んでくる玲依ちゃんに、情けないことに強がることも出来なかった。


「侑、突然ごめんね。反対されてないし、心配ないから」

「ご家族に挨拶なんてした事ないし……歳下だし、頼りないって思われちゃうかな?」


 もうこうやって確認してる時点で頼りない。玲依ちゃんはあんなにカッコよく挨拶してくれたのに私は……


「大丈夫。ただ会ってくれるだけでいいから」

「うん」


 安心させるように微笑んでくれて、緊張は解けないけれど、頑張ろう、と気合を入れた。



「お母さん、千紗姉、恋人の山崎侑ちゃん」

「はじめまし「あ!!」……て?? 山崎侑です……」


 玲依ちゃんの紹介に続けば、驚いたような声を上げた、玲依ちゃんのお姉さん。

 んー、なんか見た事あるような……? ないような? 雰囲気が玲依ちゃんに似てるからかな?


「さっきはありがとう。玲依の母です」

「まさか玲依の彼女とは……姉の千紗です。侑ちゃん、よろしくね」

「え……? 知り合い??」


 あ、傘の。あんまり見てなかったけど、玲依ちゃんのお母さんとお姉さんだったんだ……



「侑ちゃん、22なんだっけ?」

「お肌つるっつる!!」

「あ、はい、22です」

「イケメンだなぁ、って思ってたけど、まじまじと見てもイケメン。というか、綺麗」

「学生さん?」

「え、あ……社会人です。玲依さんと同じ会社で……」

「え、社内恋愛!?」

「会社では会うことはないですが、社内恋愛、になるんですかね……」

「侑ちゃん、モテるでしょう? 傘を差し出されて、キュンとしちゃった!」

「え、いや、モテないです……」


 玲依ちゃんのお母さんとお姉さんに挟まれるようにしてソファに座り、質問攻めを受けている。


「ピアスは外しちゃったの?」

「え? あ、そっか、もう見られてましたね……最初なので、チャラいと思われちゃうかな、と……」


 さすがにね、初対面では外した方がいいかな、って思って外してきた。

 玲依ちゃんとお揃いのデザインのピアスだけは残したけど、意味なかったか……チャラいって思われてるよね……落ち込む……


「しゅんとしちゃって、可愛いー!」

「うわっ!?」

「ちょっと、千紗姉!!」

「はは、玲依、嫉妬ー?」

「うわ、うざ……」

「私には慧くんがいるから安心して!」


 ぎゅっと抱きしめられて直ぐに離されたけど、避けられなくてごめんなさい……玲依ちゃん、これは不可抗力です……


「こんなに可愛くて綺麗な顔して、独占欲強めとか、ねえ?」

「えっ!?」


 独占欲?? 玲依ちゃんが何か話したのかな……?


「帰省した時にキスマーク見ちゃった」

「あ、あれはその……」


 まさかのキスマーク!? この辺、と胸元を示すお姉さんに、なんて返したらいいのか……玲依ちゃん、助けて……


「ちょっと、侑が困ってるから。もういいよね? 侑、ここおいで?」

「うん! あ、失礼します……」


 縋るように玲依ちゃんを見れば、隣に来るように呼んでくれたから喜んで隣に座らせてもらった。やっぱり玲依ちゃんの隣が安心する。へらっと笑えば、頭を撫でてくれた。好き。


「侑ちゃんなら選り取り見取りだろうに……玲依でいいの?」

「もちろんです!! 玲依ちゃん以外なんて考えられないです」

「そう。末っ子で甘やかしてしまったから、大変じゃない?」

「いえ、歳下の私に甘えてくれるとか最高です!」

「ちょっと、侑……」


 玲依ちゃんのお母さんの言葉に、つい本音が……恐る恐る玲依ちゃんを見れば、仕方ないな、とばかりに苦笑していた。


「玲依ちゃんごめんね? つい……でも、大変だなんて思ったことないから」

「ふふ、素直で可愛い子。玲依をよろしくね」

「はい!! あ、むしろ私がよろしくお願いしたい、です」


 あれ、なんかみんな笑ってるけど、何か間違えてる??


「玲依、いい子見つけたね」

「でしょ?」


 え、照れる……ちら、と玲依ちゃんを見れば優しく見つめてくれていて、そのままでいい、って言われた気がした。



「今度は玲依と一緒に帰って来て?」

「はい。ありがとうございます」


 帰り際、玲依ちゃんのお母さんから玲依ちゃんと一緒に帰って来て、と言われて認めて貰えたのかな、って凄く嬉しい気持ちになった。


「お父さんはお母さんが味方なら大丈夫だとして……問題は、蓮兄なんだよね……」

「蓮か……まあ、頑張れ」

「あの子はねぇ……千紗が結婚するって決まった時も、慧くん大変だったものねぇ……」

「美優さんに協力をお願いするしかないかなぁ……」


 玲依ちゃんのお兄さん対策を始めた3人を見ながら、大丈夫かな、と不安でいっぱいになる。難関はお父さんより、お兄さんなんだね……


「あ、慧くん着いたって言うから行くね。また連絡する」

「うん、ありがとう」


 手を振って帰っていく玲依ちゃんのお母さんとお姉さんを見送って、見えなくなると思わず座り込んでしまった。


「あー、緊張したぁ……」

「ふふ、ありがとう」

「ううん、情けなくてごめんね」

「全然。立てる? 中入ろう」


 玲依ちゃんに手を引かれて部屋に戻って、先にソファに座った玲依ちゃんが両手を広げてくる。


「侑、ぎゅーする?」


 え、可愛い……

 膝に乗るのは重いだろうから、床に膝をついて腰に抱きついた。


「すき」

「私も。ふふ、くすぐったい」


 なんだか照れてしまってお腹に顔を埋めれば、玲依ちゃんの匂いに安心する。


「今度は一緒に帰ろうね。次はGWかな」

「うん」

「嬉しいなぁ」

「うん」


 家族に紹介してもらえるって事がこんなに嬉しいなんて、玲依ちゃんと付き合わなかったら一生知らなかったと思う。


 まだ玲依ちゃんのお父さんと、最大の難関らしいお兄さんが残っているけれど、今はこの幸せに浸っていたい。

 ちゃんと認めて貰えるように、今度こそ情けない姿は見せないようにしないとな……

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