【完結】美少女とぶらり旅〜自殺しようとしていたクーデレ美少女を連れ出して日本各地をぶらぶら旅していたら、少しずつ笑顔を見せはじめた上に段々とデレ始めた〜

青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売

第1話 旅に出たい→出た

「旅に出たい」


 俺、高橋(たかはし) 翔(かける)がふと呟いたのは、高校二年の秋のことであった。


「旅に、出たい……」


 ここではない、どこか。


 親にも、学校にも干渉されない遠い場所へ旅に出たいと思った。


 きっかけは、息苦しさ。


 テストの点が悪くて親に怒られた、友達と些細なことで口喧嘩をした、担任と進路のことで揉めた、みたいな。


 そういった小さなストレスが積もりに積もって、喉を、肺を締め付けていた。


「旅に、出たい!!」


 知らない地を行く宛もなくブラブラしたい。

 のどかな田舎風景に癒されたり、ご当地の絶品グルメに舌鼓を打ったり、現地で一期一会の出会いを果たしたい!


 そうしたらこの閉塞感から解放されるような気がするのだ。


 いや、きっと解放されるに違いない!


「旅に出てやる!」


 親との喧嘩が最後の引き金になった。


 水曜日の夜。

 俺はリュックサックを背負って家を飛び出した。


 東京都、北区。

 JR田端駅にたどり着くと、時刻は夜10時を回っていた。


 山手線内の中でも1、2を争うマイナー駅として名を馳せているだけあって、駅前は閑散としている。

 排気ガスとアスファルトの匂いしかそこには居なかった。


 改札を潜る前に、俺はATMからありったけの貯金を下ろした。


『お金を引き出す時は言いなさい』という母親の言いつけに真っ向から反旗を翻した訳だが、罪悪感よりも爽快感の方が大きかった。


 お年玉と、ヨーチューブへの動画投稿で稼いだ軍資金はずっしりと重い。


 謎の無敵感を噛み締めながら、諭吉を3枚財布に入れてあとは大事にリュックに仕舞った。

 

 改札からホームへ向かう足取りは軽く、胸の中は期待と高揚感に満ち溢れていた。


 さて、まずはどこへ行こうか。

 とりあえず上野か、東京あたりのターミナル駅に出よう。

 

 そこから終電まで、できるだけ東京から離れて……。


「……ん?」


 ホームに降り立った足が止まる。


 視線の先に、見覚えのある少女が立っていた。


 塾帰りだろうか。

 もうすぐ深夜帯というのに、彼女は制服に身を包んでいた。


 赤いリボンが特徴的なブレザー。

 俺が通う開豊高校のものだ。


「七瀬……?」


 その名を呟く。


 七瀬涼帆(ななせ りほ)。

 俺のクラスメイトであり、美少女だ。


 美少女より先に提示すべき情報がありそうだけど、彼女の最も目を引く要素が『美』なんだから仕方がない。


 国宝級の彫刻のように整った顔立ちは、強い意志を灯した鋭い双眸と不機嫌そうに曲がった桜色の唇が特徴的だ。


 身長は女子にしては高めで160ちょいくらいだろうか。


 胸の膨らみは、クラスの男友達が「ありゃ桃源郷だぜ」と目を♡にして言うほど見事なもの。


 腰まで伸ばした長い黒髪はホームを申し訳程度に照らす明かりにすらキラキラと反射している。


 まるで、周囲のオブジェ全てが、七瀬涼帆という美少女を引き立てるために存在しているように見えた。


 そんな感じで見惚れていたら、間もなく電車が到着する旨のアナウンスが鼓膜を叩いた。


 思考が現実に戻って、違和感を覚える。


「(……なんか、危なっかしいな)」


 黄色い点字ブロックの内側までお下がりくださいとアナウンスが注意勧告しているにも関わらず、七瀬の両足は線の外側にあった。


 加えて、七瀬の横顔が妙に物寂しい。


 生気がない、というか。

 とんっ、と押したらふらりと倒れてしまいそうな危なっかさを感じた。


 身投げ、というワードが頭に浮かぶ。


 頭を振った。

 縁起でもない。


 京浜東北線、東京方面の電車が接近する。

 水色の車体がホームに滑り込むその刹那。


 ふらりと、七瀬の身体が前に倒れ──。


「マジかよ!」


 俺が叫ぶのと駆けるのとは同時だった。

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