第8話 豆を植えながら野菜を食べたいと考えた

 朝、目覚めるとダークエルフが家にいません。

 にぎやかで騒がしい家が今日は静かです。


 二人は黒パンとエールだけの粗末な朝食を終えました。固いパンはエールに浸しながら食べるとおいしいですよ。スープが用意できない時はいつもそうしてきました。

「いつぶりかな。こんなに家が静かなのは」

「2日ぶりね」

「今日は畑に行ってくるよ」

「気をつけて。ゴブリンに襲われんように」

「もし、襲われたら返り討ちにするなら。大丈夫だって! 」


 セレナが手を振りながら「いってらっしゃい」と言えば、リヨンも手を振り返して「行ってくる」と返します。


 リヨンはくわと鎌をたずさえて畑に向かいました。荒れ地を目の前にしてため息をつきます。土魔法を使えばこの荒れ地を開拓できますが、リヨンはその魔法を使えません。


 クローバーが生えた荒れ地を前に、一人の男が立ち尽していました。リヨンは後悔していました。彼は魔法が苦手だったのです。


 リヨンは思い直して死神が持つような鎌を振るいました。彼は魔法が駄目なら力技で解決する男です。

 刈り取った草を一ヶ所にまとめて火をつけます。荒れ地を畑に作り替えるためには草木灰が必要だからです。


 一刻も早く生活基盤を整えたい。その思いとは裏腹に、作業はまったく進みません。リヨンの心に焦る気持ちだけがつのります。

「ああ 野菜を食べたい」


 突然、声がしました。大きな声でリヨンの名前を呼んでいる人が。声の方向を振り返ると金髪のエルフがいました。

「おい! そなたは畑にいるか? 」

「セレナ! 畑にいるよ」

「家に戻って来て」


 二人は家に戻って昼食をとることにしました。家にはアーテルもいます。

 セレナが昼食の準備に取りかかります。

 最初にすることはかまどの火をおこすこと。セレナは慣れた手つきで黒パンを切りました。薄く切った黒パンをフライパンで焼いていきます。

「セレナ。大切に取っておいたチーズを使ってもいい」

「使っていいよ」


 串の先に刺したチーズをあぶると、いい匂いがしてきました。チーズが焼けるいい匂いが食欲を刺激します。セレナは試食と称してパンを一口かじりました。口からチーズが延びます。

「う~ん。うまい」


 食卓にチーズがのった黒パンが並びます。アーテルにもチーズは好評でした。もちろんセレナもチーズを大絶賛。

「そういえば、みんなはどこにいきました?」

「家を作りに行ってます」

「ディオは? 」


 アーテルは顔をしかめました。

「ああ、彼は狩りに行きましたよ。夜までには戻ると言っていましたが」

「そうですか」

「ディオは自由人ですから。我々が家を作っている間に狩りですよ」


 二人は黙々と手を動かしてパンをちぎります。無言が場を支配しました。

「俺が仲間に黒パンを持っていく」

「アーテルさん。けがに気をつけて」


 リヨンは食事を終えると、再び畑での作業に戻りました。畑にえんどう豆とレンズ豆を植えるためです。順調にいけば五月には収穫できるでしょう。

「カブ、大根、玉ねぎを植えたいな」


 リヨンがそんな事を考えていると、瞬間移動してきたディオから忠告を受けました。

「森で狩りをしていたら角ウサギが出た。村に入りそうだから警告しておく」

「わかった。準備する」


 リヨンは放し飼いしていたアウィスに飛び乗って民家に戻ります。

「セレナ。角ウサギが出た」

「わっちもいく。ミートパイにしてやるわ」


 二人を乗せたアウィスが森に急行していた頃、ダークエルフのアストラはウサギ狩りに熱中していました。

「ディオ、そっちに一匹行ったぞ」

「りょーかい。捕獲する」


 アストラがウサギを下から追い上げます。ウサギには上に向かって逃げる習性がありました。

 斜面の上には弓を構えたディオがいます。鋭い矢が放たれ、ウサギの頭に刺さりました。

「1匹ゲットだぜ! 」


 アウィスに乗ったリヨンとセレナは視界に角ウサギを捉えました。

「見つけた。捕まえるよ」

 セレナはアウィスを走らせながら弓を構えます。リヨンが角ウサギの後ろに回り込むと。

「今だ!」

「任せろ」


 思いもしなかった所からウサギがピョンと跳び出しました。二匹のウサギが左右の道に別れて、走っていきます。

 二兎を追うものは一兎をも得ずと言いますが、まさにその通りです。今、リヨンは二匹のウサギを追いかけています。

「ちょっと! 何やってんの」

「すまん。セレナ」


 リヨンは一匹のでっぷりと肥えたウサギに狙いを絞りました。ウサギが逃げようとしたので、リヨンは右手で持った短剣を振り下ろします。

「やった! 一撃だね」

「うん。いい肥えっぷりだ」


 二人は角ウサギの死体を持ち上げて、村に戻ることにしました。血抜き処理を終えると、解体した肉を持って家に向かいます。

 二人には家でする作業があります。ウサギの腹を開いて内蔵を取り出す血抜き。手足を取り除いてから皮をはぎ取りました。

「ミートパイを作るぞ」


 リヨンは石造りの窯に大きい鍋を置きました。鍋の中にウサギの肉と赤ワインとパセリを入れて弱火で一時間煮ます。

「暇だな、セレナ」

「マフラーでも作るか」


 鍋を冷ましてからウサギの肉を取り出し、骨と肉を分けます。炒めたキノコとウサギ肉をパイ皿に入れてソース作りに移りました。

 小さい鍋にバターを入れて溶かし、小麦粉を滑らかな状態になるまで混ぜます。最後にパイ皿にソースを注ぎ込むと完成。


 釜で三十分間じっくりとミートパイを焼き上げます。

 食卓にミートパイが運ばれてきました。

 リヨンは食事用ナイフでパイを四つに切り分けました。手を火傷しそうになりながら、口にパイを入れます。

「うまいな。ウサギ肉は」

「次は森に罠を仕掛けよう」

「ウサギを捕って冬に備えよう」


 ウサギの肉は鶏肉のような淡白な味がします。

 二人は肉の旨さに目を輝かせています。

 最近はパン食が続いていたので、体が肉を求めていました。




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