勇者が村長になりました ~リヨンの辺境開拓記~

一ノ瀬ミナト

第1話 魔王が死んだ

 勇者一行が王都に戻ったとき、季節は夏を過ぎていました。勇者リヨンは、シャルル王国の宮殿に向かっています。


 馬車には銀髪の戦士リヨン、金髪の魔法使いセレナ、黒髪の僧侶レジアス、ドワーフの戦士アトレーが座っていました。


 リヨンは三人の仲間に「これからどうするの? 」と尋ねます。

 魔王を倒しても人生は続きます。四人が会うのはこれが最後になるかもしれません。

「私はリヨンについていく」

「ワシはドワーフが住む故郷に戻る。王都からはちと遠いが」

「私は司祭として再び神に仕えます」

「今日で勇者パーティーは終わりだな。俺も故郷に帰るよ」


 繁華街の大通りに人が集まっていました。勇者一行が到着するよりも早く、魔王が倒されたという情報が王都リュテスで広まっているようです。

「これがホントの凱旋がいせんだ」とリヨンは馬車から身を乗り出した。

「はしゃぎですよ。リヨン」と僧侶がたしなめます。


 勇者一行は手を振りながら、馬車で王宮への道を上っていきました。

リヨンは魔王を倒したという達成感でいっぱいでした。魔王が死んだ今、これから起こるであろう混乱を彼は知らなかったのです。


 四人は宮殿でアンドリュー国王に会いました。広間には多くの貴族と三人の王族がいましたが。田舎育ちのリヨンは王族の名前を知りません。


 老齢の国王は椅子に座っていました。勇者一行は頭を下げて、片膝を床につけています。

「余はアンドリュー国王である。戦士 リヨン。戦士 アトレー。僧侶 レジアス。魔法使い セレナ。よくぞ魔王を倒した。国から褒美ほうびとしてシャルル金貨200枚を渡そう」


 リヨンと彼の仲間たちは、莫大な大金を手に入れました。もし、シャルル金貨が二枚あれば贅沢な冒険生活を送ることができます。金貨二百枚は彼らにとって大金です。


 唐突にリヨンが口を開きました。わなわなと震える手をきつく握りしめて。

「陛下! 私から頼みがございます」

「戦士リヨンよ、言ってみよ」

「陛下。できれば、私の故郷であるフォレ・ノワール村を下さい」

「今は廃村だが、それでもほしいんだな。リヨンを下級貴族とし、フォレ・ノワール村の領主に任命する」


 リヨンは猫の額ほどの領地を受け取りました。

 王族にこき使われることはないと思うと、リヨンはほっとします。

 国王が彼を近衛隊や王国騎士団の戦士に任命すれば、平穏な生活を送れなくなりますからね。実のところ、リヨンは王国の貴族や王族から逃げ出したかったのです。



 その夜、勇者たちは小さな酒場を借り切って酒を飲みました。

「セレナ 結婚おめでとう」

「ありがとう、レジアス」

「できてしまったものは仕方ないか」

「どうしてドワーフは辛口なのか? 呆れる」



 ドワーフのアトレーはあご髭に触れ、ニンマリしています。

旅の途中、リヨンはアトレーの口から家族がいると聞いていました。子供が三人いると。故郷に帰れば、五年ぶりに妻と子供たちに再会できますね。

「故郷に帰れば、好きなだけ酒が飲める。金貨ならいくらでもあるからだ。ガハハ」


 家族や帰る家があるのはいいことだと思います。

リヨンはそう考えていました。

「ノワール村で困ったことがあったら、私を頼ってくれ。いつでも駆けつける」

「助かるよ。アトレー」


 レジアス修道士はリヨンの肩を叩きます。

 若い独身の修道士は、彼の結婚を心底うらやましく思っていました。

「リヨンも領主の仲間入りですね。セレナと幸せな人生を送ってください」

「王都に来たときは会いに来るよ」

「村で何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってください。私と部下が村に行って解決しますよ 」


 セレナがリヨンの肘を引っぱり、かまってほしそうにしています。セレナは金遣いが荒いことで有名でした。でも、裏腹にとても優秀な魔法使いです。

「リヨン。いつ村に帰るの? 」

「あさって。明日は買い物に行こう」

「ぶどう酒を一つ買いたいね。大きな白パンも欲しい」


 セレナの旺盛な食欲には困ったものです。

リヨンはいつも頭を悩まされてきました。

セレナはお金の価値を考えたことがあるのだろうか。

頭の中でぐるぐると考えが及びます。

「白パンは高いよ」

「それぐらいは知っている。そなたがわからないのは金貨の使い方だ」

「それは非常に厳しい指摘だよ。セレナ」



 翌日、リヨンとセレナは仲間に別れを告げました。

 荷馬車には餞別せんべつとして贈られたワインの樽や、買い集めた大量の道具や家財道具が積まれています。


 レジアスはリヨンと別れの挨拶をしました。僧侶は名残惜しそうな顔を隠しません。

「リヨン。たまには王都に遊びに来てください。時間を見つけて会いに行きます」

「レジアスがいなくなって寂しくなるよ。お元気で」

「レジアスとアトレー、買い物を手伝ってくれてありがとう」


 ムチを入れるとダチョウのような黄色い鳥が走り出します。二人は門番に別れを告げ、王都を後にしまさはた。


 仲間と過ごした五年間が、走馬灯のように二人の脳裏をかすめます。仲間と離れたくない気持ちはある。でも旅に別れは付きものですね。

「戻ってこられるのは何ヶ月後だろう」

「王都に戻ってきたら、レジアスに会いたいね」

「必ず会いに行く。必ず」

「もし、子どもが無事に生まれたらレジアスに名前をつけてもらよう」

「いい考えだよ。 賛成」








 

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