さそり座の針~その4

不覚だった……


関わるまいと決めていたが、結局探偵の真似事をしてしまった。

疑問を放っておけない生来せいらいの性分を恨むしかない。


資料のイラストの謎

ガチャ玉凶器の謎


どうでもいいと思いつつも、真相究明への渇望を抑えきれない。

知らない事がどうにも我慢ならないのだ。

全く、何してんのよ、美乃!

早く帰って勉強しなくちゃいけないのに……


落ち込みながら教科書を出そうと机に手を入れる。

何かに手が触れた。

ヌメっとして柔らかいもの……?

恐る恐る覗き込む彼女の目をつぶらな瞳が見返した。


小さな青蛙だった。


「いやぁぁぁぁぁっ!!!!!」


夕刻の教室に絶叫が響き渡った。

転がるように飛び退き、助けを求めようとあたりを見回す。

ぼぉ~と眺めている凪に気付くと、震えながら手招きした。

「ち、ちょっとあなた、フヌ……滝宮くん!こ、これ何とかしなさいっ!」

あまりの動揺で口調が命令調になっている。

「あ、あなた男子だから……と、得意でしょ、こういうの……」

「はぁ」


この【はぁ】は何? 

承知したってこと? 

それともただの【はぁ】? 

はぁ~?


錯乱状態の美乃の目前で、凪は自分の鞄から何かを取り出した。

その手には一対の軍手が握られている。

猫型ロボットなら「グンテ〜」と叫びファンファーレが鳴るところだ。

どことなく自慢そうなのがしゃくだがとりあえず安堵する。

フヌケててもさすがは男子ね。

色々あったけど水に流してあげるわ。

「じゃあ、早速おねが……えっ!?」

凪は美乃の机のそばまで来ると軍手を投げてよこした。

「な、何?どういうこと?」

いぶかる美乃に向かって凪は両手を挙げてバンザイした。


「ボク……カエル……ダメ……」


なんじゃ、そりゃあ!


てか、外人かお前は!

なんだ、そのカタコトは!


美乃はその場で崩れ落ちた。


やっぱりそういうオチか。

フヌケにまで付いていたとはさすがに見抜けなかった。

一瞬でもあなたを信じた私が馬鹿だった。

ええ馬鹿だったわよ……


「ええい、くそっ!」


気合一閃、美乃は勢いよく立ち上がった。

落ち込んでても仕方無い。

一刻も早くガマ野郎から教科書を取り返さねば。


私にはやる事があるんだから!


美乃は少しずつ机に近づくと、凪が置いた軍手に手を伸ばす。

少年はと言えばすでに自席に戻り窓外を眺めている。

ぶつぶつと悪態をつきながら軍手を装着する。


オーケイ、オーケイ、順調だぜ美乃


さあ、後はを引っ掴んで外に放り出すだけだ


震える手をゆっくりと机中に滑り込ませる。

目にすると決心が鈍るので、軍手越しの感触だけが頼りだ。


微かな振動が掌に伝わった。


「すっちゃあああっ!!!」


意味不明の掛け声と共に一気に挟み込むと、素早く手を引き抜き廊下に飛び出した。

開いた窓から両手を差し出す。

蛙の哀しそうな後ろ姿が階下に消えていった。

全精力を使い果たし美乃はその場に座り込んだ。

苦手な生き物に対し自分がこれほどの勇気を出せた事が不思議だった。

正直言うとまんざら嫌な気分でも無い。


どうだという表情で凪の方を向くと、少年もこちらを向いていた。

微笑んで手を叩いている。

リズム感は全く無いがどうやら拍手しているらしい。

それを見て美乃の内に笑いが込み上げた。

くくっと声が漏れる。


最後に笑ったのはいつだったろう


まさかこいつ……

このためにわざと私にやらせたのでは?


ふとそんな疑念が脳裏をかすめた。


大体なんで都合よく軍手なんか持っていたのだ。

まるで最初から蛙に触る事を知ってたみたいじゃないか。


蛙に触る……?

……触る……

…………!?


全身に衝撃が走った。

美乃の脳裏にが繰り返しまたたいた。


そう……

そうだわ

それなら可能性がある


廊下に座り込んだまま、美乃は自らの推理に夢中になった。


その姿を嬉しそうに眺める凪の視線にも気付かぬほどに……

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