第3話

愛情確認ゲームの正体、原形は男女の遊びとしてのかくれんぼ。それがおばあちゃん世代、お母さん世代と伝わる間に形を変えていただけだった。

「昔は女性一人で山に入るっていうのも、今よりもっと危険だったんじゃないか」とナバリ先生が言っていた。愛を確かめるために命をかけるという点でも、愛情確認ゲームとは似ているところがあった。


発案者を締め上げたいのも山々だったけれど、流行元に辿り着くのは不可能だということが分かった。こういうのを「自然発生的に」というのだろう。お手上げだ。

あんまりほじくり返すのも、返ってまた流行させることにつながるかもしれない。愛情確認ゲームのことは忘れよう。そう思いながら突入した夏休みの3週目。

その日、学年での夏期講習に参加して、午後には地学準備室にいた。


「ねえ、オサム。今晩も見えるのよね?その、なんとか流星群っての」


机に突っ伏して、備品のメンテに使うエアブローの風をフガッと顔に当てた。オサムはというと、外に向けた望遠鏡を覗いては小さなネジを回したりしている。使用前の下準備というやつだ。窓を開けているせいでエアコンが使えない。


「ペルセウス座流星群だよ。今日の夜でも見えるけど、一番良いのは明日の夜かな。だから明日は天文部で集まるんだろ。シュンたちも誘ってみたら?」

「そりゃあ、ナツメは喜ぶだろうけど。シュンが……」

「メール、まだ返事来ないって?」


シュンが学校を休んだ。元々、夏休み期間中の夏期講習だったので欠席するクラスメイトもいたけれど、ナツメが連絡しても反応がないみたいだった。それに気になることもある。他校の女子高生が自殺未遂をやらかしたという話を今朝、担任の先生が話していた。飛び降り。昨日のことらしい。


「モナに聞いたんだけど、自殺未遂の子ってやっぱりマミちゃんだって」

「ファミレスにいた子?」

「そう。なんか様子が変だったし、シュンが休んでるのと関係してなきゃいいけど……」


嫌な予感というのはだいたい当たるもので、そんな話をしているとアタシのスマホが鳴った。



ファミレスに着いたのは辺りが暗くなろうという頃。店内はもう賑わい始めていた。この前と同じ窓際のテーブルで、待っていたのはシュンだった。


「ナツメ抜きなんて、また機嫌悪くなるんじゃないの」


冷たいコーラに浮かんだバニラアイスをストローで突っつく。おごりだと言うのでパフェでも頼んでやろうかと思ったけれど、目の前にいるこの男の表情になんとなく影があったから、これで我慢することにした。


「ナツメには話せないことだよ。モナにもそう頼んだ」

「何のことよ」

「昨日の自殺未遂。モナから聞いただろ、マミって子だって」

「知ってるけど、それがどうしたのよ。アンタ、見た感じ風邪引いてるようにも見えないけど」


ストローでコーラを吸い上げながら、片目で様子をうかがう。シュンはスマホをいじり始めた。


「これみろよ」


テーブルに置かれたスマホを、ストローをくわえたまま手繰たぐり寄せる。メール画面のようだった。「今、マンションのベランダにいるの。飛び降りるから」と書かれている。のどの奥で息が冷やされていくのを感じた。


「びっくりしたよ。初めのメールで俺の居場所尋ねてきて、それから『今、何してる』って訊いてきて、適当に答えてたらこのメールだ」

「これって、愛情確認ゲームじゃない」

「この前、ここでお前らが話してたやつだろ」

「助けに行かなかったの!?」


シュンの言葉をさえぎって、アタシは身を乗り出した。店内が静まり返る。それで、そろそろと腰を下ろした。


「初めて会った時に、連絡先交換したんだ。それは俺も失敗だったと思ってる」


シュンは氷の溶けかかったメロンソーダにストローを突っ込み、乱暴にかき混ぜた。


「毎日毎日、メールが届くんだぜ。ド直球さ。好きとか、愛してるとか。初めは茶化すみたいに相手して、それからだんだんシカトするようにしてたんだけど、昨日、突然さ」


手から離れたストローが、メロンソーダの渦でくるくると回っている。


「警察に通報した。住所も書かれてたから。けどその前に、言ったんだ」

「……何て言ったの」

「俺は行けない、って」


マミの自宅はマンションの4階で、彼女はそこから飛び降りた。奇跡的に植え込みだか何かがクッションとなって擦り傷程度で済んで、入院することもなかったという。これもモナカに聞いた。


「好きとか嫌いとか、女子が言われたがってるのは知ってる。けどそんなの、ただの言葉じゃんか」

「女の人がみんなそう、ってわけじゃないわよ」

「俺、やっぱり何にも言わずに助けに行くべきだったのかな」


こんなに落ち込んだシュンを見るのは初めてだった。


「そんな、たかがゲーム、遊びじゃない」


口をついて出た言葉の意味が、自分でも良く分からなかった。男女の遊びだと分かって助けに行けば、マミの勘違いをもっと深刻なものにするような気もしたし、かといって警察に任せたのも間違いじゃない。

「一度自殺に失敗した人はまたそれを繰り返す」。ナバリ先生に聞いたんだったか、そんな言葉を知っている。仮にだますようにして自殺を止めても、それからどうすれば良いんだろう。


「俺とマミちゃんの話、ナツメには内緒にしといてくれよ。アイツ、責任感じるかもしれないから」


シュンは伝票を持って席を立った。


「モナも呼んだの?」

「予定が会わなかったみたいでさ。電話でお願いしたよ。『ナツメに教えないでくれ』って」


弱々しい笑顔を残してシュンは店を出て行った。ストローが差し込まれただけのメロンソーダを見て、アタシのコーラフロートは口止め料なのだと気が付いた。入口近くのレジをぼうっと見ていると、オサムが口を開いた。


「カリンだったら、どうする?」

「『男と女の価値観には決定的な差がある』って、これもナバリ先生から聞いた話だったかな。価値観が違うんだから、ゲームとして破綻してるのよ。趣味が悪い。アンタは?」

「僕だったら、真面目に向き合う、かな」

「何よそれ」

「好きでも嫌いでも、求められた方がそれに真面目に向き合うことが大事だと思うんだ。言葉か行動かなんて、その結果でしかないよ」


フロートのバニラアイスは、もう溶けてしまっていた。

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