1—03 美那の恋愛事情
「それで、どうやったら読めるの?」
「やっぱ、やめようぜ」
「えー、なんでよ。いいじゃん。じゃあ、ペンネームだけでも教えてよ。そしたらなんとか自分で探してみるから」
「うーん」
「じゃあ、わたしから打ち明けるね」
「いや、待てよ。聞いたからって、俺が答えるとは限らないからな」
「うん。それならそれでもいいよ」
くそ。美那のヤツ、開き直りやがった。そういう風にされたら、俺が答えるだろうことは完全に読まれている。それと、美那はたぶん、俺に話したいのだ。
「じゃあ、言うね?」
「わかったよ。その前に、それってどっち系? 淡いヤツ? それとも大人なヤツ?」
こういうことには心の準備ってものが必要だ。いきなり大人の男と付き合ってるとか言われたら
「どっちかというと、大人なヤツ?」
美那は笑顔で言ったけど、一瞬、瞳に暗い影が射したのを俺は見逃さなかった。
「へぇー」と、冷静を装って答える。
「相手は大学3年生で、ストリート・バスケで出会ったひと」
「ふーん」
「バスケがうまくて、見た目もめちゃかっこよかった。遊びで一緒にプレーして、そのまま、遊ばれちゃった」
「え?」
「まあ、何度かデートをしたあとだったんだけど、実は本命の彼女がいた。嘘、つかれてた」
「マジか」
「なんか、お母さんに続いて、わたしもー? とかちょっとショックだった。わたしは浮気相手だったわけだけど」
さっきは、失恋だとすれば母親、とか言ってたけど、結局は自分の失恋でもあったってわけか。でもそう簡単に言えるような話ではないよな。
「おまえはその人のこと、好きだったんだろう?」
「うん。かなりのめり込んでたかな……。どの程度好きだったかはわかんないけど、キスだって初めてだったし、男の人だって初めてだったから……彼女がいることがわかったときはかなり傷ついた。まあ、いてもおかしくはない感じではあったけど、今はいないとか、うまくごまかされて付き合い始めたんだよねー。そのひとの知り合いの話だと、かなりの遊び人みたいで、軽く遊ばれちゃったのかな? ちょうど彼女と喧嘩していた時期だったらしくて、そう言う意味ではそのときはフリーだったのかもしれないけど……」
やっぱ、もうシちゃったのかぁー。俺だって、ショックだ。まあ、俺が美那とそういうことになる可能性は限りなく低かったわけだけど。おまけに、俺はまだ女性を知らないどころか、キスさえもしたことがない。いや、デートさえしたことがない独身高校生だ。
え? 俺、ほんとは美那のことが好きなのか? いやいや、違うだろう? 香田真由が好きなんだ、俺は。マユとリユで韻を踏んでるしな。関係ないけど。
「ねえ、リユ、なんか冴えない顔してるけど、大丈夫?」
「そ、そうか? そんなんいつもだろ。そっかー、まあ、苦い初恋ってやつかー。そんなタイミングで親が離婚かよ。全然、わかんなかったけど、ミナも結構大変だったんだな」
「ほんとに、何にもわかんなかった? わたし、相当、落ち込んでたんだけど。まあ、そう見えないように学校では頑張ってたけど」
美那はちょっと不満そうに俺を睨んだ。
「ちょっとがっかり、かも」
と、美那は言いながら、思い切り落胆した横顔を見せた。
「ごめん……。だけど、俺はキスもしたことがないしさ、そういうの
「少しは気づいてくれてたんだ」
「まあな」
「リユはあれでしょ? 隣のクラスの真由ちゃんと仲いいんでしょう?」
「仲いいってか、まあ、図書室でよく会うから、そこでちょっと喋る程度だけ」
「そうなの? 割と真由ちゃん、リユに興味あるみたいよ」
「そんなことはないだろう? だって、香田さん、トップクラスじゃん。まあ、おまえもだけど」
「それ、関係ないでしょ。リユが小説を書いているってヤナギから聞いて、わたし、納得がいったもん」
「なんだよ、その納得って」
「えー、気づいてないんだ。真由ちゃん、クラスの前を通る時、リユのことを目で探してるよ」
「いや、それはないだろう。気のせいだよ」
「好きなら、デートに誘ってみたら? なんならわたしが段取りしてあげようか?」
「おまえ、もしかして、俺のことバカにしてる?」
「違うに決まってんじゃん。リユにも恋くらいしてもらいたいわけよ。真由ちゃんのこと、好きなんでしょう?」
「まあ、好きと言えば好きだけど、憧れ? 手の届かない存在。話ができるだけで満足」
「あー、情けない。トップクラスのわたしとはこうやって普通に話ができるくせに」
「それは、おまえとは、幼馴染だからな。ずっと友達と思ってるし」
「ふーん。女性としては意識しないんだ?」
「しないな、ぜんぜん、まったく」
あー、俺は今、完全に嘘をついた。
「まあ、わたしも、あんたを男としてはほとんど意識してないけどね」
そうだろうよ。そうだろうともよ。
「それで、ペンネームは?」
「その話かよ」
「早く、教えてよ」
「わかったよ。カワサキ・ゼット」
「え? 川崎? 川崎市の?」
「カタカナで、カワサキ。それにアルファベットのZ(ズィー)」
「え? なにそれ?」
「バイクのカワサキって知らね?」
「あー、なんとなく聞いたことある。ホンダとか、そういうヤツだよね?」
「そう」
「で、なんでカワサキ?」
「カワサキのバイクに乗りたいから」
「へえ、リユ、バイクに乗りたかったんだ? 知らなかった」
「実はもう免許も取った」
「うそ! 全然、知らなかったぁー! 今度、乗せてよ‼︎」
「だから、免許は取ったけど、まだバイクはないの」
「そういえば、親戚のお兄さんもバイクに乗ってたな」
「へえ。どんなの? カワサキも知らないんじゃ、わかんないか」
「一回だけ見たことあるけど、緑色のバイクだった」
「マジで? たぶん、その色なら、カワサキだよ。色だけじゃ車種まではわかんないけど、ニンジャかなぁ」
「え、なに? ニンジャ? バイクの忍者? 仮面ライダーみたいなの?」
「ちがう、ちがう。そういう車名なの。トヨタのプリウスとかホンダ・フィットとか、そういうのと一緒。プリウスくらい知ってるだろう?」
「ああ、叔父さんが乗ってる。なんか、記号みたいのもあるよね、CXなんとかとか」
「そうそう、そういうやつ」
「そういえば、このあいだ法事で集まった時、バイクを買い換えようとか話してた。大型? にするとかなんとか」
「マジか。じゃあ、それは売りに出すってこと? 親戚って、母親のほう?」
「うん。歳はちょっと上で、社会人3年目だったかな」
「なあ、ミナ、もし可能だったら、今度、聞いといてもらえないかな。本当に売るつもりなら、車種とか、売値とか、年式とか。中古バイクは店でも買えるけど、かなり値段を上乗せして売ってるみたいなんだよ。ま、整備とかあるし、商売だから仕方ねえけど」
「いいよ。携帯の番号知ってるから、SMSで、いま聞いてみる」
「いや、今じゃなくてもいいけど」
「こういうのって、急いだほうがいいんじゃないの?」
「まあな。でも今、仕事中じゃないの?」
「割と自由な職場らしいから、SMSを送るくらい大丈夫だよ」
美那がサクッとSMSを送ると、1分もせずに電話がかかってきた。美那はマスターに店内で通話してもいいかを確認してから、電話に出た。もっとも俺たち以外に客はいなかったわけだが。
「うん。リユ君がバイクを買いたいと思ってて、カワサキってやつがいいんだって、タカシ兄ちゃんのは?」
リユ君って、もしかして俺のこと、いとこにまで話してんのか? 幼稚園からの友達だし、学校もずっと一緒だから、話題に上ることくらいはあるか。
「ああ、うん、本人に変わる」
そういうと美那は俺にスマホを差し出した。
――こんちわ。美那のいとこのマツヤマタカシです。なんか、美那がいつも世話になってるみたいで、ありがとう。
「あ、いえ、とんでもないです。こちらこそ。それより、お仕事中にすみません」
――ああ、全然OK。ちょうど、一服してたところだし。バイクの話なら大歓迎。カワサキが好きなの?
「はい。普通自動二輪免許は取って、いま、金を貯めてるところです。えっと、バイクを買い換えるとミナさんから聞いたんですけど」
――そうなんだよ。大型を取って、いま物色中。カワサキのでかいのにするか、ドゥカティあたりにするか、迷ってるところ。ちなみにいま乗っているのはニンジャの400。
「うわ、400か。それだと、予算的にちょっと厳しいかもしれません」
――どのくらいを考えてるの?
「いま貯金が15万円くらいなんで、夏休みにバイトすれば、20万円ちょっとはイケると思いますけど……」
――へえ、バイトで貯めてるんだ。偉いな。俺のほうもまだ下取りの見積もりとか取ってないからさ、ちょっと待っててくれる? あ、写真、送っとくね。
「あ、はい、すみません。お願いします」
通話の切れたスマホを美那に返した。
「どう?」
「写真、送ってくれるって。でも400だと、予算的に厳しいかも。車検もあるしな」
「よくわかんないけど、わたしからお願いして、安くしてもらおうか?」
「いや、それはいいよ。さすがに悪い。できるかわかんないけど、分割払いにしてもらうとかなら、頼むかもしれない」
「うん。いいよ。わかった」
美那はなぜか嬉しそうな顔で俺を見た。
「それでカワサキさん、小説のこと、教えてくれるよね?」
「ああ、わかったよ」
無理かもしれないけど、もしかしたら憧れのニンジャをすぐにでも手に入れられるチャンスをくれたのだから、仕方ない。
「教えるけどさ、これだけは約束してくれ」
「なに?」
「他の奴には教えない。俺の前では読まない。もちろん学校でも読まない。それと感想は言わない」
「最後のは、なんで?」
「読めばわかるよ、たぶん」
「ふーん」
俺は小説投稿サイトと作品名を美那に告げた。美那はあっという間に検索して、「これ?」と言いながら、俺の小説のページを見せた。
いかん、あらすじを読まれたらやばい。俺はスマホを奪い取って、サイトを閉じた。
「え、なにすんのよ」
「確かにいまのやつだけど、とにかく俺の前で読むな」
「もう、わかったよ。家に帰ってから読んでみる」
「頼むから、そうしてくれ」
不満げな表情をしていた美那だったが、突然、なにかを思いついたように俺を見た。そして、今度はいたずらっ子のような顔で微笑んだ。
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