第31話 惚れ薬に違いありませんわ!


 私は心の中で叫びながらレックス様から逃げました。心の中の叫びは「きゃー」という可愛らしいものではありません。全力の「ひぎゃああああ!!!!」です。


 赤い絨毯に足を取られそうになりました。そこでようやく我に帰り、ふと辺りを見て窓の外が薄暗くなっていることに気が付きました。

 

 空の色を眺めるついでに、テラスに出て風に当たることにしました。相変わらず脈は早く、頬は火照り、心臓が痛いままです。でも、乾いた風が頬の熱を覚ましてくれている気もしました。


 ‥‥一体なんなのよ‥今日は。

ジュリアと喧嘩したと思ったら意識不明になって‥起きたら起きたで瞬く間に豪華絢爛なパーティーの始まりって‥。いや、たぶんね?マティアス殿下とレックス様がいなけりゃここまで豪華にしてないと思うのよ?ただ揃いも揃って大物だからこうせざるを得ないんでしょうけど‥‥。


 心配してくださったのもわざわざ来ていただいたのも大変有り難いことですけども‥!なんなんですのさっきのレックス様はっ‥!!


 誰もいないことをいいことに、私は全力でわなわなと怒りに震えてみました。


 絶対わざとだわ!私をわざと辱める為に「俺に熱烈に恋してるの?」なんて聞いたのよ!!なんて人なの!仮にもジュリアの婚約者なのにっ!!くぅぅぅっ!!やっぱりいけないわ!ジュリアと結婚させるわけにはいかないわ!


 2人の婚約を何がなんでも解消させてみせるわ!!

そう決意を新たにして、ぎゅっと拳を握り締めました。


 ふっふっふっ。残念だったわねぇレックス様?貴方のような人にはジュリアは渡せないわ!!婚約者がいる立場の癖に「俺に恋してるの?」だなんて、そ、そ、そんなことを言ってる男に誰が姉をくれてやるもんですか!!って、そもそも私が噂を流した張本人だなんてのは百も承知ですわ!私が言いたいのはそれをわざわざ本人に聞くなってことですのよ!!ーーーはっ。また取り乱していましたわ。

 ‥‥姉をくれてやるもんですかは語弊を与えますわね。訂正してお詫び申し上げますわ。正確には、ジュリアがろくでもない男と結婚したと噂になればノーランド侯爵家に傷が付くので、お嫁にはいかせません!と、そういう意味でございますわ。


 レックス様は一癖も二癖もありますわね。絶対に。

 ーーそしてきっと私におまじないか何かをかけたのよ。じゃなきゃこんなにも、レックス様のお顔がフラッシュバックしたり、あの低くて優しい声が耳にこびり付いたりしないでしょう?!

 ‥もしや、あれかしら?巷で噂の‥‥惚れ薬?なんということ‥。だから、一癖も二癖もある男の顔がこんなにも頭から離れないのね。なるほどなるほどそういうことね。やっぱりろくでもないわ。婚約者の妹に惚れ薬を使うなんて笑止千万!!私が華麗に成敗してやるわ!結局まだ一度もぎゃふんと言わせられてないことですし。


 ひとりでぐるぐると考え込んでいた私は、ふと聞こえてきた声に思わず驚きました。テラスの柱の死角でお互いからは見えないところですが、マティアス殿下の声がしたのです。


「ーー寒くないか?」


 不本意に盗み聞きしてしまうのも癪なのでソッとその場から去ろうとしましたが、次に聞こえてきた声に足が止まりました。


「はいっ」


 ーーーージュリア?!


「アレクサンドラ嬢が目を覚まして本当によかったね」


「はい、本当に‥。殿下、私のことを支えてくださり、本当にありがとうございました」


 目覚めた時ジュリアは号泣していました。

私が眠っている間、殿下がジュリアを支えていたの‥?え、レックス様何をしてるのよ‥。レックス様が支えなさいよ、そこは‥。


「いや、出過ぎたことをしてすまない。

ジュリア嬢はまだ、その、レックスの婚約者なのに」


 “まだ”って言ったわね。やっぱり殿下はジュリアのこと‥


「いえ。レックス様もずっと、アリーを見て辛そうにしてたので‥」



ーーーーえ?



「‥ジュリア嬢にこんな風に言うのもあれだが、そうだな。

あの商人たちに対峙している時も凄い怖い顔だった」


「‥‥レックス様、真剣でした。

私、2人に幸せになってほしい‥です」


「‥そうだな。2人の為にも俺も一刻も早く動くとしよう。

帰ったら直ぐに父上と話し合わねばならないな!」


「?」


「あ、いや。2人の為というか、俺の為‥だな!正直に言うと!」


「?」


「あはは、意味が伝わってないな。はぁ‥愛らしい!」


「‥‥?」



 私は音を立てないようにしながら廊下へ戻りました。

‥結局盗み聞きしてしまったわ‥。申し訳ないけれど‥‥なんなんですのあの会話‥。


 辛そうにしてた?商人たちと対峙してた?‥‥何故?

心臓が煩い。指先まで痺れてて、目もチカチカする。何だか無性にレックス様が恋しくなった気がして、私は必死に顔を横に振った。


 惚れ薬のせいよ。いつ盛られたのかしら!!じゃなきゃ絶対有り得ないじゃない。私が、そ、その、レ、レックス様にドキドキしているなんて!


 今度惚れ薬の証拠を突き止めて、レックス様を問いただしてやるんだから!見てなさいよ!!

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