第4話 化け物バックパッカーの願い事。

神社の前で三人は願い事をした。その必要性がなかったのは一人だけだった。

 

 石階段の下で、子供の笑い声が聞こえてきた。




「なあ! かけっこしようぜ!!」


 ひとりの小さな少年が、同い年の少年を誘う。


「うん! いいよ!!」


 無邪気な声を放ち、ふたりは片足を後ろに下げた。




「いちについて……」「いちについて……」


「よーい……」「よーい……」「ヨーイ……」


「どんっ!!」「どんっ!!」「ドンッ!!」


 は一斉に走り出した。ほぼ互角の勝負だ……ひとりを除いて。




 そのひとりは、少年たちよりも背が高く、女性のような体格だった。黒いローブで姿を隠しており、その上から黒いバックパックを背負っている。

 しかし、その走り方と少しだけ見える口からは、少女のような純粋さも感じられた。




 石階段を上った先には、神社があった。


「やったー! 2番!!」「ちぇ、負けちゃった……」


 ふたりの少年は息を切らしながらその場に座り込む。

 その近くには、深呼吸するローブの少女がいた。


「お姉ちゃん、速いね!!」

「どこから来たの?」

「……」

 ローブの少女は何も言わなかった。

「ねえ、どうして黙っているの?」

「ねえ、お顔見せてよ」

 無邪気な声が、ローブの少女を取り囲む。


 その時、息を切らしながら階段をゆっくりと上ってくる、バックパッカーの老人が現れた。


「ふう……ふう……お嬢さん……ふう……そろそろ……ふう……休ませて……ふう……」


 ただでさえ怖い顔なのに、疲労からかより一層険しい顔になっていた。


「おじいちゃん、お姉ちゃんと知り合い?」

「どうして恥ずかしがっているの?」

 無邪気なふたりは怖さを少しも見せずに老人に接する。

「ああ……まあ、ちょっとな。あのお姉ちゃんはちょっぴり怖がりだから、そっとしておくれ」

 ふたりの子供は互いに顔を見合わせて、同時に首をかしげると階段を降りて行った。


「アリガトウ……オジイサン……」

「やれやれ……元気なのはいいが、せめて俺の年齢を考えてくれ」

 疲れていることを察した、姿をローブで隠した変異体の少女は察したようにうなずいた。








 神社にある水場……手水舎の前に、老人と変異体の少女が訪れた。


「さて、ここの水で清めるぞ」

「……ドウヤルノ?」

 変異体の少女が戸惑っている隣で、老人は置かれていた柄杓ひしゃくを右手に持ち、水をむ。

「お手本を見せよう」

 老人は柄杓の水を左手にかけた。次に左手に柄杓を持ち変え、右手に水。再び右手に柄杓を持ち、左手に水を受け、口に浸ける。

「ここで忘れていけないのが、ちゃんと持ち手も洗うことだ」

 老人は柄杓を縦にして持ち手に水をかけ、柄杓置きに置いた。

「これが正しい清め方だ」

「コレガ正シイ……清メ……」


「間違った清め方あああああっ!!」


 突然、謎の声とともに老人が殴られた。

「いててて……突然殴りかかるな!」

「ワ……私ジャナイ……ケド……」

「確かにお嬢さんの声じゃなかったな。なら一体誰が……」

 老人は頬を擦りながら周りを見渡すが、その拳の持ち主は見当たらない。

「オジイサン、上……」

「ん?」


 変異体の少女が指した方向……手水舎の天井に、赤い生き物が張り付いている。黒目玉で鋭く老人をにらんでいた。


「……じいさん、怖くないの?」


「ああ、全然」「……ドコカデ聞イタ事ノアルセリフ」

 変異体の少女はローブの下で触覚を出し入れさせていた。

「それなら、ちょっと言わせてよ」

 赤い生き物は天井から手を離し、柄杓置きに着地した。


 赤い生き物は小さなキツネのようなシルエットをしているが、手足、そして首から上は人間の少女そのものだった。

 体格と比べると頭が多少大きいが。


「珍しい……あたしを見ても怖がらないなんて」

「“突然変異症”によって変形した部分には、人間の肉眼で見ると恐怖の感情を引き起こす。俺はそれに耐性が……」

「そんなことよりも……じいさん、なにあの清め方!?」

 渋く語っていた老人のことばを遮るように、キツネの変異体は指をさして怒鳴った。老人はただキョトンと眉を上げるだけ。

「なにって……普通にやっただけだが」

「とぼけないでよ! そんなやり方、わざとでしょ!?」

「?」

「もういいわ、そこのお姉ちゃん、あたしが教えてあげる」

 キツネの変異体は小さい腕で柄杓を持ち、変異体の少女の隣に立った。


 変異体の少女はキツネの変異体のマネをした。口を清めるところまでは老人と一緒。そこから左手に水をかけてから、柄杓を縦にした。


「ほら、ちゃんと口をつけた左手を洗わないと……」


 老人の目は死んでいた。


「……もしかして、本当に知らなかって、ショック受けてる?」

「ソウミタイ」


 変異体の少女が老人の目に手をかざしても、反応しなかった。






 老人が立ち直った後、3人は賽銭箱さいせんばこの前に立っていた。


 一斉に礼をし、老人が財布から一円玉を取りだし、賽銭箱の中に入れる。


 次に屋根から垂れているヒモを老人が揺らすと、上に付いてある鈴がなる。


 その音を聞いて3人は2回も礼をした後、手を合わせた。




 パン パン




 手をたたく音が二回響き渡る


 3人は瞳を閉じ、沈黙。


 しばらくして、3人はもう一礼をしてから、移動した。






「じいさん、どんな願い事をしたの?」


 手水舎に戻ってくると、キツネの変異体は興味深そうに老人の顔を見た。

「……特に考えていなかったな」

「……よくあるけど、もったいないわね。お姉ちゃんは?」

「旅ガ……続ケラレマスヨウニ……」

「旅……そっか、旅しているんだ。だったらあたしもお姉ちゃんの無事を願うよ」

「……アナタハドンナ願イ事シタノ?」

「……」

 変異体の少女から目を一瞬だけ逸らすキツネの変異体。


「……あたしはね、神様をって願った」


「……」「……」

「あたしね、ここの住職の娘だったの。人間だったころはよく友達と階段でかけっこしていた……だけど、この姿になって友達に見られた時……友達は泣き叫んで逃げて行った。お父さんも似た反応だった」

「……ソレナノニ、ドウシテココニ?」

「他に行くところがなかったから。この場所も嫌いな訳ではなかったからね。それに……あたしはこの神社に神様が居るって信じている。もしも目の前に現れたら、まっさきにこの手でぶん殴ってやりたい。そして言ってやるの、どうしてこんな姿にしたのってね」




「どうしてこんな姿にしたの……か。あんたの願いが




「……?」


 突然の老人の言葉に、キツネの変異体は目を見開いた。


「おっと、もうそろそろ行かないとな。お嬢さん、階段を降りるぞ」




 老人と変異体の少女が立ち去った後、キツネの変異体はその場に座り込んでいた。


「願いがかなった……あたし、神様殴ったっけ?」


 その後ろから人間が近づいてきた。




 服装から見て、住職だった。






「……オジイサン、ウソツイタ?」


 石階段を下る途中、変異体の少女は老人に尋ねた。

「あの子の願いがかなったと言ったことか?」

「ウウン……願イ事ヲ考エテイナカッタッテ言葉。アノ時ノオジイサン、真剣ナ顔ダッタカラ」

「……顔を見たということは、お嬢さん、ウソをついておったな」

 老人の思わぬ反撃に、変異体の少女はクスクスと笑った。


「私、他人ニ願イ事ヲシタコトナイ……願イ事ハ、私ノ中デシテタカラ」

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