第1話 平穏 5

 みんなは海に泳ぎに行っていた。数人はビーチバレーを楽しんでいた。

 蛍太郎はと言えば、一人パーカーを着てパラソルを立てて、その下に敷いたシートの上に寝そべっていた。水着も着ないで、ジーパン姿だった。遊びが始まると、泳ぐつもりのない蛍太郎は結局一人になっていた。

 それでも、入れ替わり立ち替わり、女子が来ては声をかけて来ていた。

 むしろ、順番でも決まっているかのように、次々と女の子がやって来ていた。

 

 蛍太郎は、まるで女の子たちと面談でもしているような気分になった。


 他高生の水野夏帆かほと、笹川結衣ゆい、それとクラスメイトの須崎由香ゆかは中学の時の同級生で、三人で固まって蛍太郎を質問攻めにした。

 最初は個人的な事だったが、話はすぐに東京の事になった。

 「服はどこで買っているのか」から始まって、渋谷、新宿、お台場などの話題のスポットの話など。

 蛍太郎としては、そのすべてに精通しているわけではなく、適当な事を言ってみたり、テレビで見た程度の事を話したが、それでも彼女たちは真剣に聴き、満足しているようだった。

 大抵の事は、自分以上に彼女たちの方が雑誌などからの情報で知っていたが、それでも話を聞きたがった。興奮気味で、今にもメモでも取りかねない勢いだった。

 特に夏帆は興奮して聞いており、子リスのようにチョコチョコ動いて落ち着かず、結衣に「落ち着きなって」とよく言われていた。


 川島美奈が、田中千鶴を伴ってやって来て、蛍太郎の近くに座った。美奈は千鶴をサポートする役のようだった。

 千鶴は、普段はメガネをかけているが、パッチリした大きめの眼に、小さいが鼻筋も通っており、密かに蛍太郎も可愛いと思っていた。今回も、男子たちの一番人気は千鶴だった。

 しかし、本人は引っ込み思案で、クラスでも男子と話す姿はあまり見られていなかった。

「こんな所にいないで、山里君も遊ぼうよ」

 サポート役の美奈が切り出した。

 彼女は千鶴の番人だったはずだが、蛍太郎は千鶴に近付いてもいいのだろうか?

「いや、俺あまり泳ぐのとか得意じゃないから。それに、ここの水は冷たくって・・・」

「東京の海は暖かいの?」

「いや、東京では泳げる所あまりないから、伊豆とか、千葉になるけどね。俺が行った時は、波のせいもあったけど、あまり綺麗じゃなくて、魚もこんなに見られなかったなぁ」

 この辺りには、砂浜のすぐ近くまでたくさんの魚が来ていて、透明度の高い海は、スノーケリングなどすると楽しそうだった。

「ふーん」

 美奈はあまり関心なさそうに返事した。要は話し出すきっかけ作りがしたいのだ。

「山里君は、誰か好きな子とかいないわけ?」

 きっかけ作りが終わったら、今度は単刀直入に切り出した。サバサバした性格なのだ。

 一緒にいた千鶴のほうが面くらって、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

「いきなりだなぁ。今は特にいないよ」

 と、手を振って答えると、パッと表情を明るくして言った。

「じゃあ、この千鶴なんかどう?お得だと思うよ!」

「ちょ、ちょっと美奈!何言ってるのよ!」

 これには千鶴は驚き、慌てふためいた様子だった。

 蛍太郎も顔が赤くなるのを感じていた。いきなりモテはじめた自分に戸惑いを覚えずにはいられなかった。

「私が手塩にかけて育ててきたんだからね。文句は言わせないよ!」

「ちょっと、美奈!手塩にって・・・・・・。いや、そうじゃなくて、その・・・・・・」

 千鶴は真っ赤になり、目には涙を浮かべていたが、美奈の暴走をそれ以上止めようとはしていなかった。

 蛍太郎は戸惑わざるを得なかった。美奈の口調や、千鶴の様子から、千鶴が蛍太郎の事をどう思っているのかが伝わった。

 蛍太郎も、千鶴には他の友達に話していない事を話してしまっていた。だから、それ以来、なんとなく千鶴を意識していた。



 そこへ、計ったように男子たちが戻ってきた。実際千鶴の様子が気になって覗いてでもいたのだろう。

「おーい!そろそろ飯にしようぜ」

 川辺が提案した。

 全員が集まり、それぞれが食べたい物を注文すると、海の家へ買い出しに行く事になった。そのメンバーは提案者の川辺と、多田、浦子、森田、蛍太郎の男子五人が買出しに行く事になった。


「ようよう。田中さんとなに話してたんだよ」

 切り出したのは川辺だった。背の高い、日焼けした川辺は、陸上部で、県大会三位のスポーツマンだった。そして、彼は最初に千鶴狙いを宣言していた。もちろん千鶴狙いは他にもいて、藤原もそうだった。その他の子を良いと言っていた男たちも、千鶴には注目していた。


 千鶴本人はどう思っているのか知らないが、千鶴は学校のアイドルだった。

 蛍太郎としては、思いを寄せてくれていたなら嬉しいと言う気持ちもある反面、よりにもよってという心境だった。せっかく打ち解けてきたのに、クラスの男子を敵に回すのは嫌だった。

 蛍太郎も、まだ恋人を作ろうなどと言う心境にまでは、心の傷は回復出来ていない。

 もしこの先、千鶴に告白でもされたとして、付き合っても、付き合わなくっても、自分の立場は悪くなるような気がした。


「・・・・・・」

 黙り込んだ様子の蛍太郎を見て、多田が助け船を出してくれた。

「田中さんがその気なら、あとは山里次第だぜ。みんなも最初から恨みっこなしって約束だろ。山里も気にする事はないよ」

 すると、川辺も浦子も頷いて同意した。

「まあな。相手が山里じゃ仕方ないし、そもそも、お前が来なきゃ、こんなに女子どもも来やしなかったんだからな。お近づきになる事だってできなかったんだもんな」

「そうそう。俺も田中さんかわいいと思うけど、他の子も中々だぜ。四方田の体見たか?」

「おお!あれはやばいな」

 そんな話になった。


 多田も蛍太郎の肩を叩きながら、満足そうに言った。

「ほんと、お前のおかげじゃん。俺さ、結構本庄と接近出来たような気がするんだ」

「よかったな」

 そう言いつつ、蛍太郎の方こそ、多田に感謝したい気分だった。自分が、まだ楽しむ事を許されるような気がしてきた。

 

 今日集まったメンバーは、本当に良い奴等だと感動すら覚えていた。

 普通は、嫉妬心とか、執着とか、妬みとかあっても不思議では無い。彼らの方が、千鶴とは先に知り合っていたのだから、真剣に思いを募らせていたとしても不思議では無い。

 特に川辺は真剣だったのではないかと思ってしまう。それでも、ポッと出の自分の為に、千鶴への思いを諦めようとしてくれている。

 本当に良い奴等だ。そんな奴等と、こうして友達になれた事が嬉しい。

 

 ほたるの事は、きっと一生引きずっていくのだろう。でも、自分の人生を生きて行ってもよいのではないか。そんな気になったのは、あの事故以来はじめての事だった。

 もっとも、今はただ浮かれてそう思っているだけなのかもしれない。

 だが、最初の一歩には違いないだろう。

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