第7話 皇会の誇り

 広い座敷には、白布で覆われた遺体が幾つも並べられていた。その周囲に集う暴力団員の罵声が木霊する。仲間の死を嘆く嗚咽交じりの声や、その命を奪った者への呪詛の叫び。抑えることができない感情が座敷を渦巻く。

 先程からずっと震えている唇を黙らせるように、純姫は下唇を強く噛みしめた。紫色の瞳が強く揺れ、薄いまぶたがふるふると震える。自身を叱咤するように両手を握りしめ、震える脚で一歩前に踏み出した。


「――皆、聞けッ」

 震えを無理に抑え込んだような少女の声が響く。溶けかけた雪が枝から落ちるように。一瞬で静まり返った座敷を見回し、若頭の少女は無理に声を張り上げた。

「今回の件は、敵からの宣戦布告だ。前々からうちに楯突こうとしていた白河組……いや、あそこが雇った協力者の仕業だ。……少し考えれば予測できたことかもしれない。それができなかったことは、失敗に他ならないだろう。そして、このような犠牲を生んでしまった」

「そ……そんな、」

「だからッ!」

 目の覚めるような力強い声が座敷に響き渡った。滞留した悲哀や呪詛を吹き飛ばすように。構成員たちが弾かれたように顔を上げ、若頭の少女を見上げる。純姫は改造羽織の胸に手を当て、紫色の瞳をカッと見開いた。

「この失敗は絶対に取り返さなければならない。皇会の名に泥を塗ることは、この私が許さない。その胸に伏龍組の……皇会の誇りがあるのなら、顔を上げろ。嘆く元気があるなら、その嘆きを力に変えろ。それが私たちの在り方だ」

「……ッ!」

 構成員の男たちの目に、眼前で語る少女は戦乙女のように映った。屈強な構成員たちに比べれば、皇純姫という娘は若木の枝のように細く、か弱い。しかし、力強い声はその印象を打ち消してあまりあった。漆黒の改造羽織を纏った姿が、莫大な熱量を宿したように映る。純姫は紫色の瞳を瞬かせ、厳格な将軍のように語りかける。

「忘れるな。私たちは皇会直系、伏龍組。皇会の敵を粛清するために存在している。ゆめゆめそれを忘れるな……何があろうと」


 ◇◇◇


 無心で紅羽の首の関節を極めながら、霧矢はその光景を冷めた目で眺めていた。腕の間から苦悶の声が聞こえるけれど、この程度では死なないだろうからスルーする。座敷の扉の隙間から純姫の様子を見つめ、独り言ちる。

「……組織のボスだし、それなりにカリスマがなきゃやってらんねーよな。社長もだけど。つか、やっぱあの純姫ってやつ、どうも普通の人間にしては雰囲気がおかしいっつーか……」

「こら」

「っ!」

 背後から伸びた大きな手が、霧矢の頭に軽くチョップをかます。反射的に紅羽を放り捨て、攻撃を避ける霧矢。へたり込んで盛大に咳き込む紅羽を無視し、霧矢は当の人物を見やる。

「……なんだ、テメェかよ」

「そうそう、そんな警戒しないでくれって。ただでさえ霧矢は人相悪いからよぉ、睨まれるとガチで怖えーんだよ」

「うるせぇよ」

「げっほごほ、はぁっ! ねー霧矢、痛いんだけど。痛かったんだけど! この人知り合いなの? 首が痛いよー!」

「頼むから話題一つに絞れ! ったく」

 持ち直した紅羽の方は雑に片付け、霧矢は先程の人物を顎で示した。黒いスーツに身を包んだ男が、紅羽に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。胸元で十八金のネックレスがじゃらりと揺れる。固そうな白髪の下で、犬に似た顔立ちが人懐こく微笑んだ。

「若頭補佐……純姫の右腕。の、関谷せきや

「え!? 純姫ちゃんの腕、このお兄さんになっちゃったの!?」

「ンな訳ねェだろ! 部下だよ部下!」

 言い放ち、肩で息をする霧矢。頭上に疑問符を大量生産する紅羽に、関谷と呼ばれた黒スーツの男は盛大に笑った。

「あっはっは! 面白い嬢ちゃんだな。先程紹介にあずかりました、若頭補佐の関谷かなめです。以後お見知りおきを!」

「無駄に格好つけんじゃねェ」

「わーかっこいい! あたし白銀紅羽! よろしく! ってか霧矢、何でこの人と知り合いなの?」

「あー……」

 無邪気な紅羽の問いに、霧矢は面倒そうに伸びをした。どうでも良さげに三白眼を細めつつ、かったるそうに口を開く。

「だいぶ前に受けた案件で、皇会が絡んでたやつがあったンだよ。それでひと悶着あっただけだ」

「ちょっとっていうか、こっちがだいぶ迷惑かけたんだよ。その説はマジで悪かったって!」

「あー、それで知り合いだったんだあ。おもしろーい!」

「面白かねェよ……つか、さっさと本題言えや」

「おう」

 無造作な霧矢の言葉に、関谷は深く頷いた。しゃがんだままで二人に向き直り、口を開く。


「……霧矢は知ってるだろうけどよ、純姫の能力」

「あ……そういえば純姫ちゃん、さっき天賦ギフト使ってなかった気がする!」

「そりゃテメェもだろ。……純姫は社長と同じ、『デストリエルの巫女』の能力者だ。能力の中身は社長と全く同じ。純姫の場合は最後の切り札的な使い方をしてるらしいぜ」

「ふーん」

「興味持てや……」

 呆れたように目を細め、霧矢は床に胡座をかいた。どうでもよさそうに頬杖をつく彼を眺め、紅羽は軽く首をかしげる。

「その鳥つくねさん? の能力者ってさ」

「デストリエルな」

「そう。それって、そんなにいっぱいいるの?」

「案外多いらしいぜ。南関東だけで三人いるし。……まぁ、残りの一人については俺も知らんけど。社長に聞いても答えないし」

 ふーん、と軽く息を吐き出し、紅羽は光のない瞳を虚空に向けた。霧矢が呆れたように肩をすくめる。そんな二人を眺め、関屋は犬に似た瞳に険しい光を宿す。

「……一応言っとくが、若頭が能力者だってことは、あんまり言いふらすなよ。それが知れると、組の内部にも亀裂が入りかねないからさ。それに他所にバレたら面倒だし」

「……ふーん? よく分かんないけど、興味ないから二分くらいで忘れると思うよ」

「マジで忘れそうだな……」

 虚空を眺めたままの紅羽に、霧矢はこめかみを押さえながら呟いた。

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