第6話 嘆き

 生きているはずなのに、死んだような目をしている男。

 それが正に自分と重なってしまい、その事実に耐えきれずに、ジオは出会ったばかりの男に拳を振るった。


「らぁぁ!!」


 その拳を、生気の無い男は無防備に受けた。

 力なく殴り飛ばされ、草原の上を転がり、反撃するわけでも立ち上がるわけでもない。

 ジオはそんな男の胸倉を無理やり掴んで起こし、そしてまた殴った。


「殺せるかだ? おい、何をクソ笑えねえこと言ってやがる! よりにもよって、今の俺に向かってそんな言葉、口が裂けても言うんじゃねぇよ!」


 既に壊れた人形のように動かない男を、ジオは殴った。血飛沫が飛び散り、それでも殴った。

 弱い者いじめや、弱者をいたぶること、戦意を失った相手に対する執拗な攻撃など、ジオはかつて死ぬほど嫌いだった。


「くそォ! くそォ! くそおおおお!」


 しかし、そんな過去の自分の輝かしい時代が脳裏によみがえり、同時にかつての仲間たちと笑い合った光景が頭をよぎった瞬間、ジオはまた涙が溢れそうになった。


(ちくしょう……俺は……俺はなにやってんだよ、こんなところで! 弱い者いじめとか……ましてや、戦意もねぇような男を殴るなんて最低なことを……何やってんだよ……俺は……)


 もう二度と取り戻すことのできない日々に心が脆く崩れ去り、それを誤魔化すかのようにジオは、名前も知らない、自分と同じ目をした男を殴り続けた。


「お~、お~、荒んでおるな~……若造どもが」

「あ、あわわわ、け、ケンカ? いや、これ、もう殺し……ちょ、すんません! 僕、関係ないんで、すんません!」

「おうおう、そう逃げるでない、小童」

「ひいいっ!?」

「人生を不器用に生きているであろう若造どもの傷の舐め合いじゃ……せっかくだから見ていくがよい」


 目を覆いたくなるような凄惨な光景に、老魔族は何故か愉快そうに笑い、逃げだそうとするヒョロイ男を掴んで見物していた。


「ぶっ飛びやがれッ!!」


 そして、ついに我慢の限界に達して、ジオが一般人に振るうには大きすぎるほどの力を、新たによみがえった魔族の腕に込めて振り下ろそうとした……が……


「……っ……」

「ッッ!!!???」


 突如、死の間際に陥った生気のない男から、背筋も凍るようなオーラが発し、全身に鳥肌が立った。

 そして次の瞬間には、ジオの脇腹には抉りこまれるように、目の前の男の拳が深々と突き刺さっていた。


「ごはっ?! っ……んな……」

「あっ……」


 まさかの反撃。生気のない男も、自分でも反撃してしまったことに驚いたのか、目を見開いている。


「……ほほう」

「えっ?! な、殴り返した?」


 当然、見物していた二人も驚いている。

 人間の防衛本能ゆえに体が勝手に反応して抵抗したのかもしれない。

 だが、ジオにとって問題なのは、男が自分に繰り出した、悶絶するかのような強烈なボディーブローの威力の方だった。


(な……なんだ、い、今のは!)


 数年ぶりに感じる、「痛い」と思えるほどの攻撃。

 それは、かつて最前線で常に死地と隣り合わせに居たジオでも、滅多に味わったことのないほどの一撃。

 気を抜けば、すぐにでも地面に膝がついてしまいそうなほどの強烈な力だった。


(お、俺の身体が、ブランクと幽閉生活で弱体化したこととは……無関係にツエー! こ、こいつ……)


 ジオが血走った瞳で、目の前の男を睨みつける。

 だが、反撃したことに驚いたものの、生気のない男はまたすぐに力をダランと抜き、無防備になった。


「な……なにもんだよ……テメエ」


 それは、純粋な興味からジオも聞いてしまっていた。だが、その問いに対して男はただ力なく呟いた。


「どうして……手を出してしまったのだろうか……」

「あっ?」

「……身も心もポンコツになり……生きる意味も役目も失いながら……この鉄くずの心は……まだ生きたいと……願って?」

「……おい、何を言ってやがる?」

「……いやだな……ああ……いやだ」

「ッ! だ、から……何もんかって聞いてんだろうがッ!!」


 結局男が何者かも知らぬまま、ジオは怒りと共に全身に膨大な魔力を漲らせていく。 

 気が遠くなりそうなほど暗黒の世界に陥れられ、色濃く深淵まで堕ちた闇の魔力。

 ただそこに立つだけで、草や木々が生気を失って枯れてしまうほどの力が、ジオの失った力を取り戻すどころか、むしろ高めていく。


「ほほう……禍々しいな……このうるさい小僧は紛れもなく……かつての『七天』と同等かそれ以上の力を感じるわい」

「はっ? え、……えええええっ?! し、ししし、しちてん……『七天』ってあの!?」

「ぐわはははははははは! 驚いたわい。これほどの暴威と偶然出会えるとはな」


 老魔族の口から出た、『七天』の言葉に、ジオは鼻で笑った。


「けっ、七天? それがどうした……ジジイ」

「ん?」

「俺はそんなもん……三年も前に超えてんだよ!」

「……なに?」


 自分は、かつてその称号を持った魔族の一人を仕留めていると。

 そんなものと比べるなと。


「そうだ! もし俺があのまま捕まってなかったら……大魔王だって俺がブチ殺していた! 俺が帝国どころか……世界の英雄にだってなってたんだ! みんなだって、ずっと俺の傍に居てくれたんだ!」


 そして、もしあのまま自分に何も起こらなければ……余計に悲しくなるようなことを考えてしまい、ジオはそれを振り払うかのように猛る。 

 対して、生気のない男は、眉一つ動かさない。


「……その禍々しい力……受ければ……自分も流石に死ねるだろうな……」

「ああっ、抉れろ!!」

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