第025話 ダークエルフのぶき
8月4日。午前10時。
僕は自分の部屋に来た。
「……なるほど、だいたいわかった」
押入れから出て、僕は辺りを確認する。間違いなく僕の部屋だ。
「ダクタの予想通りだな」
僕は押入れに入り、ふすまを閉じた。
そして念じる。
「…………」
押入れを開くと、そこはもう僕の部屋ではない。
そこは異世界スノリエッダ。ダクタの世界。
「――おっ、戻ってきたの」
ダクタが押入れを覗き込んでくる。
「僕の部屋に行けた。ダクタの言ったとおりだ」
「ふむ。となると、やはり想像以上に強力な魔法のようじゃな、これは」
僕らは今日も押入れ召喚の検証をしている。
そしてその結果、驚くべきことが判明した。
押入れには、転移機能が備わっていたのだ。
スノリエッダに限るが、どうやら僕が行ったことのある場所になら、どこにでも出現させられる模様。
ダクタの家の近辺や、アルフレイム城にも行くことができた。
ただ、自由自在というわけでもなく、一定のルールもあった。
まず、転移先を指定できるのは、〝僕の部屋から〟のみという点。
僕の部屋に押入れに入り、そこで念じると任意の場所に出ることができる。
しかし、その出た先、スノリエッダで押入れに入っても、行けるのは僕の部屋のみということだ。
つまり、僕の部屋からアルフレイム城に行きたい場合は、〝部屋の押入れ〟→〝アルフレイム城〟という最短ルートで跳べるが、たとえばダクタの家から跳ぶ場合は、〝ダクタの家〟→〝僕の部屋〟→〝アルフレイム城〟ということになる。
そして検証の過程で、押入れにも変化が起こった。
押入れの上段に、僕の布団が現れたのだ。いや、元々布団は押入れに仕舞っていたのでおかしい話ではないが、この押入れ召喚で出現する押入れにはなかった。
しかし、検証で僕の部屋に何度か繋げていると、いつの間にか上段に布団がひょっこり現れたのだ。
「練度が上がって強化されたようじゃな」
ダクタは言った。どうやらアンロック式らしい。なんだこの押入れは。
それに伴い、上段に入れた物も共有されるようになったので、ちょっとした食べ物や着替えなどを入れておくと、手間がなくて助かる。
ただいつぞやのゲーム機や掃除機が消失したことを考え、貴重品は入れないことにした。もちろん布団も避難させた。
「だいぶ便利だな、これ」
いわゆるアイテムボックスみたいなものだと思うと、なかなかに頼もしい機能ではある。僕の世界でも使いたいくらいだ。押入れなのはちょっと格好悪いが。
「食料、着替え、あと重い物なんか。それに武器とか……?」
別になにかと戦うわけではないが、やはりそれっぽい物を入れたくなるのは、男のサガだろうか。
「でも、包丁入れとくわけにもいかないしなぁ……」
となるとスコップが鉄パイプあたりが無難か。なにが無難なのかわからないが。
「武器か。なら、これなんかどうじゃ?」
ダクタはおもむろに、手を
そう突っ込んだのだ。空間とでも表現したらいいのか、ダクタの手は、まるでそこに水面があるかのように潜っている。青白く陽炎のように揺らめく空間。ダクタはもぞもぞと腕を動かし、
「ほれ」
一本の剣を取り出した。僕はそれを受け取る。
「……かっけぇ」
思わず声が漏れた。しかし本当に格好いい。ガチで格好いい。
柄は黒と銀を基調とし、刀身はやや幅広で黄金に染まっている剣。文字通りファンタジー世界から飛び出してきたような武器に、心が躍る。
さらに驚くのは、その軽さだ。プラスチックの子供用バットのような軽さで、僕でも片手で振り回せるほどだ。
「やっばいな……これ、やっばいわ……」
僕は語彙力を失った。
「そ、そんなに格好良いか? 余が造った剣なんじゃが」
「ダクタが? まじか……すっげぇ……やっばいわ……やべぇ……」
語彙力。しかしダクタは根のブーツといい、造形センスも抜群だ。
「そ、そんなに気に入ったのなら、それはおぬしにやる!」
「まじか……やっべぇ、嬉しい……」
「ちなみに名前じゃがな……」
「――ッ!!」
そこで僕の意識は一気に引き戻された。
……名前。ダクタの付けた……名前。
一抹どころではない不安が、僕の胸に広がっていく。
「名前はな……」
なにがくる……?
本命は〝魔法の剣〟だ。今までのパターン的にはまず〝魔法の剣〟。
しかし自作の剣ともなれば、〝すごい魔法の剣〟や〝魔法で造った剣〟あたりの可能性もある。
……〝魔法の剣〟だな。せめて〝魔法の剣〟だ。
「名前はな……」
僕はごくりと生唾を飲み込み、身構える。
「〝ダクターセーバー〟じゃ!」
……お? これは……。
「悪く、ない……んじゃないか?」
少なくとも、〝魔法の剣〟よりは強そうだ。
「これはな、ばーばが名前を付けてくれたんじゃ」
おばあさん! ありがとう! ありがとうございます!
「でも言いにくいから、」
……ん?
「余は略して〝ダセー〟と呼んでおる!」
うおおおおおおい! なんで略した!? 台無しだよ!
いいじゃないか、そのままで! ダクターセーバーで十分じゃないか!
略すにしても、せめてもうひと文字付けて〝ダクセー〟とかさ! いや、なんだったら〝ダークセーバー〟とかでもよくない!?
やはり今度という今度は、せめて略称だけでも変えてもらわねば……。
そう僕は決心したのだが、
「えへへ」
ダクタがこれ以上ないくらいに、瞳をきらきら輝かせて僕の反応を待っていた。
その純粋無垢な瞳を向けられ、僕は悟る。
そうか、おばあさんも、きっとこんな気持ちだったんだ。
壊滅的ネーミングセンスを修正しようにも、孫にこんな目で見られたら、そりゃおばあちゃんはなにも言えないさ……。
おばあさん、その気持ちよくわかります。
だから僕は、
「すごく格好いいと思うよ!」
とてもいい顔でそう言った。
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