9.焦らされる気持ち


数日が経ち、私は今さびすれ図書館で掃除をしていた。結果を言うとわからなかった。もう、諦めるしかないのか。そう考えていると、あの涼し気な人の姿があった。



「おはようございます。あ、いました。珮夏さん、この間は何も言わずに帰ってすみませんでした。」



「綺華さん‼」



私はうれしくなって思わず、抱き着いてしまった。そして、今まで考えてわからなかったことが一つだけわかった気がする。私の視線の先にその答えがあった。



「珮夏さん⁉どうかしました?」



「あっ、ごめんなさい。嬉しくなって、つい。」



私は慌てて飛び退いた。こんなことして変な人だと思われなかっただろうか。まあ、そう思ってももう遅いんだけど。



「いえ、大丈夫ですよ。私もまた珮夏さんに会えてうれしいです。何ならまだ抱き着いてもらってもいいですよ。」



聖母かこの人は入り口から入ってくる光が後光の如く綺華さんを照らしているように思えてしまう。綺華さんの雰囲気に誘われまた抱き着こうとした時後ろから声がかけられた。



「おや、あなたは、綺華さんじゃないですか。・・・ていうかハイカさん何やってるんですか?」



私はその言葉に足が止まった。あ、危なかった。ここで声をかけられなかったら、綺華さんの沼に嵌っていただろう。そこでようやく私は綺華さんの顔をしっかり見た。そこには、あの時よりも綺麗で可愛い綺華さんの姿があった。




「私の顔になんかついてますか?」



「あ、いえ。綺華さんこの数日で変わったなぁと思って。」



「そ、そうですか、私にはわかりませんが、そうだと嬉しいです。それより今日はお礼を言いに来たんです。」



お礼?ということは悩み事が解決したのだろうか。綺華さんをじっと見つめる。



「あの絵本を読んで、悩み事が解決しました。司吹さん、珮夏さんありがとうございました。」



私たちは各々の反応を示した。



「いえいえ、私は絵本を提供しただけですから。」



「ツカサさんはともかく私は何もやってないよ。」



自分の無力さに俯き、私司書に向いてないんじゃとも思ってしまった。



「そんなことないですよ。ハイカさんのおかげであの絵本を提供することができましたから。」



「へっ?どういうことですか?」



でも、私の疑問が解決することはなかった。ツカサさんから返事がない。



「それより、そんなところではなんですから、奥にどうぞ。」



ツカサさんに休憩室に連れて行かれる。なぜ休憩室なのかはわからないけど、まあ綺華さんと話せるならいいか。



「じゃあ、私はこれで。」



「え!?ツカサさんも休憩するんじゃないんですか?」



「何言っているんです。図書館は空いているんですよ。誰か来た時困るでしょ。」



そう言って休憩室を出て行ってしまった。そんなに人が来ないんだからいいと思うんだけどな。それに綺華さんはツカサさんにお礼を言いたくて来てくれたんだろうに。



「あっ。綺華さん何か飲む?麦茶とかコーヒーとかしかないけど。」



「じゃあ、コーヒーお願いしてもいいかしら。・・・できれば甘めで」



「えっ、あ、はい。わかりました。アイスでいいですよね?」



「ええ」



一瞬驚いてしまったが、そういえばあの時もそうだったと思い出し、綺華さんのコーヒーをつくる。



「はい、どうぞ」



「ありがとうございます、珮夏さん」



「それにしても、ツカサさんもいればよかったのに。綺華さんもツカサさんにお礼を言いにきたんですよね?」



「まあ、それも理由のひとつってだけで本題ではないです」



“ひとつ”?何だろう。他に何か理由があるのだろうか。



「珮夏さんにお礼を言いたくて。あなたのおかげで決心がつきましたから。」



「え?どういうこと?」


言葉をかみ砕く前に声が出てしまった。出てしまってからこの質問をしてはいけないような気がしてくる。それに、綺華さんも真顔になっているし。



「すみません、さっきの忘れて。」



「あ、いえ。別に答えたくないとかではなくて、ただ、珮夏さんなら気付いていると思ってたから。」



何のことだ?綺華さんは何を言っているのだろう。私は頭を抱えてしまう。



「ふふふっ。その感じだと本当に気付いてなかったんですね。・・・私ね、あの絵本を読んで怖くなったの。」



唐突に始まった綺華さんの話。でも、私は喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。綺華さんの話を邪魔しちゃいけないと思ったから。それはたぶん私が知りたかったことだろうから。



「あの時は話さなかったけど、私彼氏とうまくいってないと思っていたんです。彼冷たくなったと思っていたし、それにこの前、他の女の子と歩いているの見ちゃって。別れようかなと思ってました。でも、私、付き合うのも初めてだったからこんなものなのかわかんなくて稜の相談したんだけど“私もわかんない”って返されちゃって。」



しおちゃんなら言いそうだ。でも、それが本当にわからなくてのことだということはわかる。そこまでしおちゃんは薄情なやつではないと私は思っている。



「それで、珮夏さんを紹介されたんです。何回か来ない方がよかったかなとは思いましたよ。珮夏さんの様子がおかしかった時とか、この図書館を見た時とか。でも、今ならはっきり言えます。ここに来てよかったって。」



私は次の綺華さんの言葉を待つ。でも、一向に綺華さんが口を開くことはなかった。



「あ、あの、綺華さん?それでそのあとどうなったの?」

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