4. レファレンスサービス

なんとか連れ込むことができた。言い方はちょっと怪しいけど、これで帰る気は先ほどよりなくなっていることだろう。



「きれい。」



綺華さんはそう一言溜息を吐くように言った。帰る気がなくなったことよりもこの人はこの図書館の雰囲気がよく似合うと思ってしまった。




「やっと来ましたか。遅いですよ。まあ、別に決まった時間があるわけではないですが、遅れるなら遅れると一言連絡をください。いつも来ている時間に来ないと心配するじゃないですか」



「ご、ごめんなさい。忘れてました。」



「はあ、まあいいです。それより、そちらの方は?」



この人はわかっていてこう言っているのだろう。ここに来る理由などほぼそれしかないのだから。この人がわからないわけがない。おそらく綺華さんのために言っているのだと思う。



「こちら、爽鷲綺華さんです。悩み事があるようでここにお連れしました。・・・で、綺華さんこちらが司吹亜廉さん。ここの司書で悩み事を解決している方です。」



「珮夏さん。だから、いつも言っているでしょう。私は解決しているわけじゃなく・・・」



“ツカサ”さん呆れたような顔をこちらに向けてくる。途中から何を言いたいかわかった。口酸っぱく言われてきた言葉だから。



「ああ、はいはい。情報を紹介してくれる方です。」



「情報を紹介?それって“レファレンスサービス”ってことですか?」



「よくご存じで。その通りです。私は利用者の方のご要望にあった本を紹介する、それが仕事ですから。まあ、それは仕事の一部でしかないんですけどね。それに悩み事の解決なんて滅相もないです。私たち司書は技術的規約上の問題で解答できないことがありますから。」



これも口酸っぱく言われてきたこと。だから、私は、ツカサさんが言う前に無意識に言ってしまった。



「美術品等の価値判断、古文書の解読など技術的・専門的知識を要するものと法律相談や人生相談など個人のプライバシーに関するものは、司書は回答不可能、ですよね、ツカサさん。」



言い終わりツカサさんは頷いてくれる。よかった。間違ってなかった。



「そうです。ただ、それはあくまで個人的見解という点でのことです。それを探すお手伝いは出来るんです。例えば、美術品等の価値判断であれば、その作者の作品がいくらで売買されたか過去の新聞記事等で探すこともできますし、古文書の解読であれば、崩し字辞典を紹介したり、パソコンをお使いできるならネットでデータベースが構築されていたりするのでそちらをご紹介したりすることはできます。まあ、簡単に言ってしまえば情報ありきの仕事というところですかね。」




ツカサさんの言葉に何か思ったのか綺華さんが口を開いた。



「ないモノは答えられない。」



「そう。情報というものが存在していなければ司書は答えられないんです。。あくまで判断するのはです。」



ツカサさんは“絶対”という強い言葉を使う。いつも淡々に話すツカサさんがここをいう時は必ず力が入る。この時は必ず私はやったわけでもないのに心にグサっと何かが刺さるのを感じてしまう。



「ここまでわかっていただけましたか?」



「はい。私も司書の講義を取っているので。でも、大学の講義よりわかりやすかったです。」



「それはよかった。本題に入れます。まあ、立ち話もなんですので、カウンターのほうで話しましょう。」



「はい。」



そこにはもう帰ろうとは微塵も思っていない綺華さんの姿があった。

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