第27話「俺は先輩を手伝いたい」


 シャワーを浴びて体を流した後、俺は美鈴と一緒にララと共同で使っている部屋に入り、あのことをしっかりと話し合った。


 もちろん、美鈴が言ってこない限りは恋心には触れないようにしようと考えていたが話をしている時にその話をすることはなかった。


 とにかく、先輩には恩義があって、悲しむような顔を見たくないということと今の学校には先輩が必要で、なにより文化祭まではしっかりとした景色を見せてあげたい。


 後輩や俺たち生徒会メンバーのためにも協力してほしいと真摯に向き合ったおかげでしっかりと理解してくれた。


 お互いに抱きしめ合って、水を浴びたこともあって冷静で和解することもできて結果オーライだろう。


「それじゃ、帰るから」

「家まで送るよ」

「いや、それはいい。会長に電話してあげて。私は一人で帰れるから」

「大丈夫か?」

「大丈夫よ。私は子供じゃないんだから」

「そうか」

「えぇ。それよりもあのヘタレの方を心配しなさいよ。私は心が出来てるからね?」

「……っぷ」

「っ——」


 この期に及んでも張り合う言葉に二人して笑ってしまう。

 いつまでたっても変わらないその言いぐさには俺も言った本人である美鈴も笑わざる負えなかった。


「そ、それじゃ、傘は借りてくわね?」

「あぁ、いいぞ」

「じゃ、またね」

「おう」


 そう言って雨の中傘を差して、彼女は家に帰っていった。


 目に映る美鈴の後姿はどこか、寂しそうで、それでいて昔のあの時のように頼り甲斐がある頼もしさを感じられる気がした。



☆☆☆


 美鈴が帰った後、俺はすぐに支度をして先輩に電話を掛けた。


 ツーツーと電子音が鳴り、ガチャっと電話に出る音がする。


「あ、もしもし、先輩?」

『もしもし――って、どうしたの翔琉君?』


 スマホの向こう側からは何ともなさそうな先輩の声が聴こえてきた。さっきまで、つい数時間前までは泣き出して飛び出ていったって言うのに何にも変わらない声に安心しつつ、少し笑ってしまった。


「っ」

『お、おい、翔琉君。な、何で笑って』

「いやぁ、なんかですね……ちょっと先輩らしいなって」

『え、えぇ』

「抜けてるとこがあるって言うか、完璧とか言われる割に駄目なところありますし。面白いなって」


 くすくすと笑っていると先輩が「えぇ」と狼狽えていた。


「まぁ、そんなこと話すために電話したわけじゃないですね」

『え? そのっ、あれだよ? 恋人のふりの件はもういいんだよ?』

「いや、そのことですよ。先輩」

『そのことって、もういいって――』


 俺が話そうとすると、先輩は少しだけ悲しそうに否定する。姿かたちは見えなくとも薄っすらと見えてくる心配そうな表情。


 それがどうしても嫌で俺はすぐに否定した。


「何がもういいんですか」

『えっ』

「俺、先輩が悲しむ顔は見たくないんです」

『な、何を言って……』

「俺がボロボロになっていたあの、2年前の夏からずっと先輩の笑顔だけを追いかけてきたんです」

『それは……救ったって言うけど、あれは私の気まぐれで声を掛けただけで』

「先輩にとってはそうかもしれません。何度も言いましたが、あの日、あの場所で、声を掛けてくれたからこそ俺は今無事に、五体満足に生きていけているんです。直接の関係があるかもしれませんがきっとそれはララも一緒だと思います。唯一の親がいなくなった絶望の淵から、いつも家に来てくれて面倒見てくれて、そんなことがあったから今も笑顔で生きて居られているんです」

『……でも』

「だからこそ。そんな下らない理由で先輩が悲しむことは嫌なんです。なにより、この学校からいなくなるのはもっと、もっと嫌なんです」


 本心を告げる。

 すると、電話の向こうから声が聞こえなくなり、何か考えがついたのか悲しそうな声でこう言った。


『そんなことは……別に、生徒会なんて転校した先の高校でできるんだしっ』


 その言葉に間違えたことはなかった。

 確かに、もしも先輩が転校したとしても、連れ戻されたとしても、生徒会に入っていろんなことをすることができるのは確かだ。


 ただ、それが先輩のやりたかったことなのだろうか。

 普段の俺なら、きっと決めつけて、本心を聞かずにそれで終わりだったはず。


 今回の事でどれだけ愚かなことは知ったんだ。もう、間違いは犯さない。

 犯すつもりもない。


 だから、一息おいて告げる。


「先輩、ここでの仲間たちと切磋琢磨できるのは——ここだけじゃないんですか?」



『っ……』



 そう言うと息がつまる様に先輩の音が止まった。

 何かに引っ掛かったように、どこか辛いものがあって、それを乗り越えていく時の音が聞こえる。


 俺が、あの日、あの雨の日に先輩の胸で泣いたときに自らが出したその音を思い出す。


 生きること自体辛かったように、先輩にとってはそれが生徒会と別れる事なんだろう。


 美鈴も鈴夏さんも、椎名先輩も、そして俺も、なんなら御波先生だって。

 俺と美鈴はまだ新人だけど、きっと先輩にとっては昔から、先輩の先輩も絡んでいる。そうやって語りづいて受け継いできて、全員で作り上げたものが親の事情で壊されていいはずがない。


 他人の家の事を簡単に言うなよって言うのは分かる。

 それはそうだと思う。


 でも、他人の家の事情に絡んできたおかげで救われたものだってあるんだ。

 それは俺と先輩が一番知っているはずだ。


 どんな理由があろうとも、俺は絶対に幸せに生きる先輩が見たい。

 苦しくなることだってその中であるかもしれない。でも、先輩の意思で嫌なことを続ける必要は絶対にないんだから。


 やがてスマホからすすり泣くような声が聞こえてきてきた。


『い、いいのっ……かな?』


「いいんですよ」


『でも、きっと……私の両親はめんど、くさいっ……し』


「大丈夫です。それも織り込み済みなんですからね?」


『っず、ずるいよ……』


「お互い、面倒くさい事情持ちなんですから。一緒で、これでお揃いじゃないですか」


『……不謹慎、だって』


 震えていた声に笑みがこもって、クスクスと息遣いが聴こえてくる。


「先輩、今週しっかり生徒総会頑張っていいとこ見せましょう!」


『え、えぇ。ありがとう』


「はい。このくらいお茶の子さいさいですよ」


『じゃあ、また明日学校でね』


「はい。ではおやすみなさい」


 そう言って俺たちは電話を切った。

 やがて後から部屋に入ってきた妹が呆れ顔で「ようやくね」と言ってきたのは言うまでもないだろう。

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