第2話「まな板ムゥデレ乙女会長」


 

 単刀直入に言うが、俺の先輩であり、俺の通っている高校の生徒会長でもある「伊丹真礼いたみまあや」という女性には一つだけ足りない部分がある。


 一つだけ、たったのそれだけか。

 そのくらいなら許容するって。


 ともよく言われるがそれがもう致命的なのである。


 運の悪さもあるにはあるが、それも含めて——致命的なのだ。


 こんなことを言うとまるで女性をそこだけで判断しているように思えるがそこには色々と事情があるわけで、何より環境とタイミングと好みの問題である。


 俺たちの通う公立高校は近所ではそこそこ有名な進学校であり、進学率は9割をゆうに超えている。


 加えて、ほんの10年前までは女子高であったため、今でこそ男子の割合は3割を超えたくらいだがそれでも女子が多い現状である。


 そのため、と言ったらいいのか――この高校には頭がいい、それでいて幻想を持った男子生徒が受験しに来ることが多い。


 つまり、何が言いたいかと言うとここの高校に入学する男子生徒の大半は「女子は巨乳で、オタクに優しくて、それでいて可憐で綺麗で、お姉さんで最高だ」なんていう幻想を抱いている。


 だからこそ、生徒会の女性陣に彼らは目を張るのだ。

 

 俺の所属する生徒会メンバーにはなんて言っても巨乳が多い。


 まず、俺以外の5人が女子であり、それでいて顔のレベルも高い。皆、等しく美少女。


 もちろん、ジャンルは違えどスタイルがいい人が多し、なんども言うが胸がでかい。


 巨乳も巨乳、優れた乳をお持ちなのだ。


 そりゃあ数少ない男子生徒が夢見る元女子高の生徒会の面々を見たがるわけだ。


 しかし、かくいう胸に関して言えば例外がある。

 メンバーの全員が巨乳だと思われがちな我が生徒会で、小さな人が一人。


 そう。

 それが彼女、伊丹真礼いたみまあやであるのだ。


 伊丹真礼はとにかく完璧だ。


 成績は常に学年1位だし、生徒や先生からの信頼も厚い。なんていったって生徒会長で学校の顔でもあり、多くの業績を残しているやり手な会長でも知られている。


 常に生徒ファーストで月に一度相談室を開放して生徒のメンタルケアに励むほど。


 優しく、可憐で、時より見せるクールな笑顔と仕草一つにも評判が高い誰もがニッコリとする。


 そんな美少女が彼女なのだが————彼女にも一つだけコンプレックスがある。


 それが胸のなさ。平坦さ。

 まさにまな板。


 巷ではそのような胸をこう言うらしい、と。


「あ、翔琉君っ」


 おっと、噂をすれば何とやら。

 ご本人の登場だ。


 焦げ茶色の長髪は白色のシュシュで一つにまとめられていて、赤茶色の瞳は凛としてお淑やかな雰囲気を醸し出している。


 バイト終わりで丸ぶちの眼鏡をかけていて、いつもよりもオタク感は増していたが、それでも隠し切れない美しさがある。


 しかし、そんな清楚な見た目とは裏腹に、人混みを交わしながらぴょんぴょんと跳ねるように小走りしてくる伊丹先輩は今日も今日とて可愛らしかった。


 どんなに跳ねても揺らす胸はないって言うのに、どうしてかそれが愛おしく思えてくるのが彼女の凄い所でもある。


「先輩っ。待ちましたか?」

「いやいや、さっき終わったところだよ」

「そうですか、それはよかったです」


 ニコッと嬉しそうな笑みを浮かべている彼女は超がつくほどかわいかった。


 いやぁ、こんな姿の先輩を俺が独占していると考えると中々いい気分だ。いつもの髪を伸ばしたままのクールで高嶺の花のような姿もいいが、これはこれで若干の芋っぽさがあって何ともたまらん。


 かわいい、かわいい、かわいすぎる。

 本当の性格も分かっているせいもあって余計にな。ギャップ萌えってやつ?

 性癖にドはまりすぎて、顔が歪んじゃうって。


「それで……って何で笑ってるの?」

「え、笑ってましたか⁉」

「えぇ、なんかこう、気持ち悪いくらいに微笑が見えたんだけど……」

「あぁ……す、すみません」


 どうやらバレてしまったらしい。


 まぁ、こうやってジト目向けられるのも悪い気はしないんだけど。

 というか、表情豊かな伊丹先輩を見れて最高だ。


 そんなことを頭の中で復唱していると彼女は少し不思議そうに顔を変えて呟いた。


「……にしてもまぁ、翔琉君が遅いなんて珍しいね」

「え、あぁ。御波先生に話しかけられまして」

「あぁ、あの先生。まったく、生徒に手を出しているわけじゃないんだろうね」

「ははっ。さすがに御波先生でもそれはないんじゃないですか?」


「いやぁ、あの人。この前私と話してた時にも――


『真礼ちゃん、男紹介できない?』

 何言ってるんですか、私の知っている成人男性なんてお父さんしかいないですよ……

『あらぁ、お父さん紹介してくれるの?』

 馬鹿ですか、私の家庭環境崩壊させようとしないでください!!

『……ケチんぼ! はぁ、もう、何なら生徒でも……』


 ――ていう感じで狙おうとしてたからね。何かされたら言ってよ?」


「あぁまぁ、そうっすね……それはんというか、はい。あ、でも先生ってめっちゃ男子生徒に告白されてません?」

「我慢してるんだろうね、だから裏ではあんなこと言ってるんだと思う」

「あははは……アラサーを超えたら難しいんですね」

「そうね。だからこそ、翔琉君も気を付けてよ?」

「大丈夫ですよ。僕は年上は好みじゃないですし、まぁ魅力的な体はしていますけどね……」


 そう言うとなぜだか悲しそうな表情を向けてこられた。


「は、え?」

「はい?」

「い、いや……なんでもない、わ」

「は、はぁ……?」


 え、なんで?

 なんかめっちゃため息漏らされたんだけど。てか、あれ、泣いてね先輩?


「ちょ、ちょっと先輩大丈夫ですか⁉ お腹でも痛い――」

「う、うるさいっ!! いいから、大丈夫だから!」

「で、でも——」

「——いいのぉ!!!! も、もぅ……男ってばどいつもこいつも胸ばっかりなんだからっ」


 何を言っているのか、その真意は理解できなかったが……それはそれとして。


 意味の分からないことで泣き始める先輩も、それはそれでなんとも言えない可愛らしさがあった。


「ほ、ほら、行くよ翔琉君っ‼」

「え、えぇ……」

「文句言わないの!! とにかく本探しに行くの!」



 そういうわけで今日も今日とてまな板クールな会長との密会デートが幕を開ける。



 

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