第10話 ep2 . 「訳有り令嬢と秘密の花園」 令嬢の自宅に招かれる

そして何故か俺はこの花園リセの自宅に招かれていた。


大きな邸宅だった。映画のロケのセットのような広大な敷地と庭園、そして城のような豪邸である。ビビりすぎて固定資産税が半端なさそうだなという感想しか湧かなかった。


マサムネを胸に抱いた俺はリゾートホテルのような庭でガチガチに縮こまっていた。


洋風の東屋というのだろうか。ドーム状の建造物の中にテーブルと椅子が配置されている。


こんなものはテレビか映画でしか見たことがない。


金があるとこにはあるんだな、とあまりの格差にビビりまくっていた。


どうぞ、と花園リセと名乗る女が椅子に座るように促す。


俺は冷や汗をかきながら椅子に腰掛けた。


メイドというのだろうか。それともお手伝いさんというのだろうか。


ワゴンを押した女性がティーセット一式をテーブルの上に置いていく。


なんだかもう訳がわからなくなった。


なんで俺はここに連れて来られたんだ?


「よろしければお茶をどうぞ」


花園リセが優雅に微笑む。


なんか貴婦人って感じの人だなと思いながら俺はその姿を横目でチラリと見た。


金色の長い髪が風に揺れている。身に纏ったドレスも別世界の人間のようだった。


貴族かお姫様みたいな衣装はなんて言うんだろう?ゴスロリ?俺は女の服には詳しくないからわかんねぇんだけど。


にゃあ、と胸に抱いたマサムネが少し暴れる。


「あら、お腹が空いたんですのね」


マサムネは俺の腕をすり抜けて花園リセの胸に飛び込む。


花園リセはワゴンの下部から缶詰を出すと皿に開け、テーブルの上に置いた。


マサムネは見たことのないスピードでそれを食べている。


なんだこの高級猫缶?見たことねぇぞ。


俺は手慣れた様子の花園リセとマサムネの姿に軽いショックを受けた。


金持ちはこうやって高級品で猫を手懐けてるのか……?


ぐぬぬ、という単語はここで使うのだろう。


敗北感でいっぱいになった俺は絶望的な気分になった。


マサムネはこのお屋敷で飼われた方が幸せなんだなと悟った。


マサムネは喉を鳴らして高級猫缶を食べている。


お前めっちゃ幸せそうやんけ!としか言葉が出ない。


俺といるより貴婦人に飼われた方がいいよな…誰だってそう思うだろう。


しかし次の瞬間に発せられた花園リセの言葉は意外なものだった。


「ごめんなさいね。貴方の猫ちゃんに勝手な事をしてしまって」


え、という俺に花園リセは微笑みかけた。


「貴方がずっと飼ってらっしゃる大事な猫ちゃんなんでしょう?」


「まあ、確かにマサムネは俺の大事な家族なんだけどさ……」


花園リセが真っ直ぐに俺を見た。


そして鈴のような澄んだ声で笑った。


「マサムネって言うお名前なんですのね」


え、何かおかしい?という俺に花園リセはゆっくりと首を振った。


「いいえ。とても素敵なお名前ですわ」


わたくしはこの子をヘレンと呼んでいたんですの、と花園リセはまた微笑んだ。


優雅な人だな、貴婦人なんだなぁと俺は思った。


「ヘレンってなんでまたそんな名前でよんでたんだ?」


少し意外だった俺はなんとなく聞いてみた。


この貴婦人ならシャルロットとかアレクサンドラとか付けそうに思えたからだ。


花園リセはマサムネの頭を愛おしそうに撫でながら答えた。


「この子を一目見た時から“ヘレン”って名前だって思いましたの」


一呼吸置いて花園リセはまた微笑んだ。


「ヘレン・ケラーみたいに生きられたらどんなにいいかって」


俺は花園リセの微笑みの中に何か大きな憂いのようなものがあるように思えた。


その時はなんの根拠も無かった。ただそう思っただけだ。




しかし数週間後、その予感は的中することになるのだった。

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