第4話 ep1.「呪いの宣告」 いつの間にか童貞捨ててたのガチなんだが。

今度は急に話がおかしな方向に向かった。なんで俺が童貞捨ててタイムリープしてるっての?この女、暑さで頭をヤられたのか?元からおかしいのか?


 「いやいやいや、無理があるよセンセェ……百歩譲って呪われた子だのってのはわかるぜ?一生厄年みてぇなモンだろ?けど、タイムリープってのはあり得えねぇよ。俺をからかってんの?」


俺はウンザリした。そもそも俺は付き合ってもいない女子をヤリ捨て出来るようなメンタルは持ち合わせていない。何もかもが荒唐無稽な話だった。


 「雪城マコト。知ってるな?」


小泉は俺のダチの名前を挙げた。他校のヤツだが親友だ。気の合ういい悪友だった。夏休み中に引っ越しちまったのが残念だった。うだるような真夏日の暑さを思い出しながら俺はスポーツドリンクを喉に流し込む。


 「なんでマコトの事知ってんの?」


 「お前が童貞を捨てた相手だ」


 「!??????」


口に含んだスポーツドリンクが鼻から出てきた。なかなかに痛い。俺は死にそうになりながら必死で口と鼻を押さえた。


 「リアクション芸人みたいなヤツだな」


小泉が冷ややかな目で俺を見ている。 いやいやいやいやいや……俺は首を全力で振った。


 「マコトは男だぞ?!何だよ!?俺は男相手にそういうことヤッたって言いたいのかよ!?」


 「残念だが雪城マコトは女子だ。転校前は私立の女子校に在籍していた。裏も取れている」


俺は小泉の顔を見た。小泉は至って冷静に俺を見ている。なんだこの状況は。俺に何をしろって言うんだ?

小泉の意図と目的が判らず俺は困惑した。


 「信じられないなら今すぐ自分で確かめてみたらどうだ?」


小泉が真っ直ぐに俺を見つめている。冗談ではなくガチでこの話を信じているって言うのか?そんな馬鹿な。


 「確かめるってどうするんだよ?」


小泉が一瞬ニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかった。


 「校内へのスマホの持ち込みは校則で禁止されてるのは知ってるだろう?」


ああ、と俺は頷いた。小泉は俺がスマホを隠し持っているのを前から知っていた。


 「今回だけは見逃してやろう。今すぐ雪城マコトに電話してみろ」


小泉は自信ありげにこう続けた。


 「確認して雪城マコトが女子だったらこの話も信憑性が出てくるだろう?」


どう考えても奇妙な話だった。俺は放課後の美術準備室で何をさせられてるんだ?俺の高熱はまだ下がっていなかったのか?幻覚なのかこれは?転校して行ったばかりの親友の性別を確認する?全く意味がわからなかった。

スマホを取り出した俺はヤケクソでマコトの番号に掛ける。向こうも授業中って事もあるだろ。どうすんだよこれ。


出ないでくれ、という俺の願いも虚しくすぐにスマホの向こうから懐かしい声が聞こえてきた。


 『もしもし…?え?ガックンどうしたのさ?』


 久しぶりに聞く懐かしいダチの声が聞こえてきて俺は少し泣きそうになった。


「……マコトか? ……あ、いや、なんでもない。ちょっとお前が心配になってさ。どうしてんのかなって」


なんとか誤魔化したが、不自然なのはバレバレであるようにも思えた。


『え?僕のこと心配してくれてんの?どういう風の吹き回し?引っ越してしてまだ10日くらいだよ?」


スマホの向こうでマコトが少し笑っているのを感じた俺はホッとした。なんだ、いつものマコトじゃねーか。

何も変わらない、俺の悪友のマコトだ。しかし、ホッとしたのも束の間、小泉がこちらに目配せしているのが視界に入る。聞けってのか?こんな荒唐無稽な話を?俺は暫く躊躇した後に破れかぶれでマコトに話を振った。


 「……あのさ……気を悪くしないで聞いて欲しいんだけどさ」


 『どしたのさガックン?急に改まって』


マコトが不思議そうな声のトーンで俺に訊く。


 「……俺んとこの学校にさ、お前が女子なんじゃねぇかって言い出す奴が居てよ。おかしいだろ?お前からも何か言ってやって欲しいんだけど……」


スマホの向こうで大爆笑しているマコトの声が聞こえてきたので俺は心底ホッとした。なんだ、やっぱり嘘だったんじゃねーか。それにしてもマコトがキレねぇで笑い飛ばしてくれたのが一番ありがたかった。


 「……だよな、他校なのにこんな変な噂が流れてるなんて……」


俺の言葉を遮り、クスクス笑いながらマコトが放った言葉に俺は衝撃を受けた。


 『え?今頃気付いたのガックン?僕、ずっと私立の女子校に通ってたのに知らなかった?」


「!?」


呆然とする俺にマコトは続けた。


 『ガックンだけだよ?僕のこと女子って気づかなかったの。概史も佑ニーサンもみんな後半で気づいてたっぽいのに」


俺は怖くなって通話を切った。マコトからの折り返しは掛かっては来なかった。メッセージが来ていたが今すぐ読む気にはとてもなれなかった。スマホは机の上置いた。小泉は黙って一連の俺の動作を見ていた。


 「……俺が知る必要ってあったのか?マコトは転校して行ってたろ?確認する必要ってあったのか?」


混乱した自分が何を言ってるのか自分でもわからなかった。でも、ただ一つだけハッキリしているのは俺自身がメチャクチャショックを受けているという事だった。自分がショックを受けているという事実そのものがまたショックだった。


 「こうでもしないとお前は信じないだろう?」


ペットボトルの緑茶を飲みながら小泉は涼しい顔で平然としている。何が目的なんだこいつは。俺は何が何だかわからないまま苛立っていた。


 「……で?俺がマコトとヤッてやり捨てたって言うのか?何の根拠があってそう断言できるんだ?」


小泉は2冊目の帳面の記録らしきものを読み上げた。


 「三年目。昭和九十五年。八月二十五日。相手 雪代マコト。結果。過去ニ戻ル。」


 「三年目。昭和九十五年。八月二十五日。相手。無シ。心因性ショック。結果。過去ニ戻ル」


俺は頭を抱えた。さっぱり意味がわからない。この女の頭がおかしいのか?それとも俺がイカれてんのか?


 「いずれも私の字だ。私自身が記録している」


小泉は静かに言った。だからと言ってタイムリープしているという証拠にはならないだろう。小泉はパラパラと最後のページを開いた。新聞の切り抜きが貼り付けてある。


 「“昭和96年3月31日”の日付の新聞の切り抜きだ。来年の3月。これがどういう意味かわかるか?」


 「知らねぇし知りたくもない」


俺は吐き捨てるように答えた。マジでどうでもよかった。気味が悪い、悪趣味な冗談だと思った。


 「我々が昭和95年を過ごすのは最低でも三周目以降だということになる」


小泉が何を言っているのかもうわからない。頭がおかしくなりそうだった。タイムリープ?深夜アニメやラノベとかの話でなくてか?気は確かなのか?俺は深呼吸した。


 「5000歩譲って、呪いとやらが本当にあるとするぜ?で、俺が呪われてると。そこまでは納得するぜセンセェ?で、何?次は俺のダチが実は女だった?確かめたよ?ああそうだ、どうやら確かに女子だったらしい。マコトの奴、いっつもダボダボの大きめパーカー着てたし胸も無いし、ショートカットだし言動もそれっぽいから完全に男だと思ってたよ。でも違った。女子校に通ってたしガチで女だった。これで満足か?」


俺は小泉を睨みつけた。小泉は黙って俺の話を聞いている。


 「それにお次はタイムリープだ?記録があるって?来年の3月の新聞の切り抜きが貼ってある?じゃあわかったよ。タイムリープは存在してて俺らは二周目以降の今年を過ごしてる。これでいいんだよな?」


俺はブチ切れそうになるのを堪えながら必死で平静を装った。小泉は何も言わずに俺を見ている。


「ここまではいい。いや、良くねぇが一旦、整理しねぇと先に進まねぇからな。こっから先が意味がわからねぇ。童貞を捨てるのと呪いとタイムリープがどう結びつくって言うんだ?聞いたことねぇよ」


 小泉は黙って二冊の文庫本を机のうえに置いた。やれやれ、また資料とやらか。俺はもう発狂寸前なほどウンザリしていた。なんなんだこれは?俺はその本を手に取って凝視した。


『真夏の夜の爪』『真昼と夜の夢』というタイトルの文芸書?小説のような二冊の古びた文庫本だった。

何度も読み込まれたようでボロボロになっている。


「なんなんだよこれは」


小泉は静かに答えた。


「お前が主人公の、お前が童貞を捨てるまでの物語だ」





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