名前

 黒い角の男の人は自分の角にはめられた輪をいじっている。はずそうとしているのだろうか。


「その輪は外すのに、私の許可がいるよ。君、……名前は言えないか?」


 ぷぅとふくれた黒い角の男の人は私の方を見る。


「すずがボクの名前をつけて」


 私の方を見てくるテト。えっと、私? が、なんでこの人の名前を?


「魔人は己の本当の名前を人に知られるとね、駄目なんだ。心臓を掴まれるようなものなんだよ」


 心臓を掴まれる? そんな、怖いことなの……?


「名前っていうか、仮の名前でいいの? 芸名みたいなもの?」

「ゲイメイ?」

「あ、何でもないです」

「まあ、仮の名前だね。呼び名がないと不便だろう?」


 そんなこと急に言われても、すごく困る。彼の事は、何も知らないのに。

 彼の名前……。じっと、彼を見るとやっぱり一番目に入るのは、黒曜石のような角。

 角……カクさん? は、変だよね。黒……クロ、は犬かな。ヨウ……、ヨウさん……。セキ、イシ……。


「ヨウさんでいい?」


 私がそう聞くと、少し不服そうな顔をするが、彼はこくりと頷いた。


「さんはいらない。ヨウでいい。ボクは、ヨウ。うん、すずがそう言うならそれでいい」


 あれ、そう言えば、彼は私の名前知ってるんだ。あ、そうか、フェレリーフが昨日言っていたから、聞いていたのかな。


「ヨウだな、鈴芽さんが君を大事だと言うからこの程度だが、君達のしたことはこの国、そして、私達の国では到底許されぬ行為だという事を忘れるな」

「お前達はすずをあんなとこに放り込んでおいて? よく言うな」

「それはだな」

「テトはすずちゃんを助けるつもりだったのよ」


 結愛が会話に入ってきた。


「すずちゃん、詳しく話すね。少し辛いかもしれないけど……」

「ゆあちゃん?」


 結愛が向こうでゆっくり話そうと言って、彼女達がいた場所に一緒に移動した。

 ヨウは私の横にぴったりとくっついて歩いていた。


「あの、ヨウ?」

「すずはボクのだから」

「え?」

「アイツには渡さない」

「え?」


 ぐいっと手を掴まれ、手を繋いで歩くことになってしまった。

 ボクの? ボクのってどういう意味?

 言葉の意味を考える。

 まるで、私を守る番犬のようにヨウはあちこちに注意を払っていた。

 直接、聞いた方がはやいよね。


「ねぇ、ボクのってどういう意味?」

「すずはアイツの事が好きだろう?」

「え……」


 私はそんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。それじゃあ、まさかテトにもバレて――。


「ボクの事を見てよ。すず。アイツはすずの事より――」

「やめて」


 私の顔を見て、ヨウが笑った後に怒った顔をした。なんで笑うの? なんで怒ったの? わからない。

 でも、すずの事よりの後に続く言葉は言わなくてもわかってるよ……。テトはあの時、結愛の手をとった。私は、あの人の目に止まっていなかったんだ。

 ポタリと一粒だけ、雨が降った。

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