第12話 手合わせ

旅路は順調に進む。

夜間は随伴している魔法使いが結界を張ってくれるため、俺のスキルは停止してある。


まあ別に24時間発動できない訳ではないんだが、なんだかんだでスキルの維持にはスタミナを消耗してしまうからな。

流石に何日も持続し続けると、疲労が蓄積してしまう。


休める時にはしっかりと休ませて貰らわないと、いざって時に疲れて動けませんでは話にならない。


「……」


ペイレス家の人間は、騎士達が手早く立てた簡易ハウスで夜間は過ごす事になる。

馬車に同道しているとはいえ、流石にここでは別行動だ。

火で温めただけの携帯食を、俺は他の騎士達に混ざって食べる。


――うん、死ぬ程気まずい。


彼らからすれば、俺はどこの誰とも分からない――元の家柄は伏せて貰っている――よそ者だ。

自分達の領域に勝手に割り込んできた上に、明らかに厚遇されているのだから心中穏やかじゃないだろう。


特に真向いの奴がやばい。

敵意剥き出しで俺を睨んで来る。

隠す気0だ。


名前は確か、イーグル・ガルダンだったけかな?


ペイレス家の騎士団。

その長に着くイーライ・ガルダンの息子で、今回の護衛団では副長を務めてい男だ。


言うまでもないが、出発10分で飛んできたのはこいつである。

それで恥をかかされたと思ったんだろう。

俺の事を、親の仇の様に睨んで来やがる。


「あ!シビック!」


飯を食い終わって立ち上がろうとすると、簡易ハウスの扉が開いてグレイが飛び出して来た。

その後には、ペイレス家の面々が続く。


「御用でしょうか!」


食事中の騎士達はそれを中断し、敬礼を行う。

一瞬俺もやろうかと思ったが、別に俺は騎士じゃないので軽い会釈だけに留めておいた。


「ああ、いやそうじゃないんだ。楽にしてくれ。実は――」


「シビック!俺強くなりたいんだ!剣を教えてよ!」


グレイがケインさんの言葉を遮る様に、大声で叫ぶ。

目をキラキラさせながら。


「シビックさん。手の空いた時でいいんで、出来たらお願いできないですか?」


「すいません。弟が我儘を言ってしまって」


どうやらケインさん達は、グレイの我儘の為に付き合わされている様だ。

まったく、このガキンチョは状況が分かってんのかね?


まあ、空いた時間にちょろっと見てやるぐらいなら構わないが……


「ケイン様!グレイ様の剣の訓練でしたら!是非ともこのイーグル・ガルダンにお任せいただけないでしょうか!」


イーグルが一歩前に出て、右手を胸に当てる。

グレイは一応ペイレス家の親戚にあたるので、良く分からない奴より自分にまかせろと、そう言いたいのだろう。


「え?やだ。だってシビックの方がずっと強いし」


グレイの言葉にイーグルが固まる。


……まだまだガキンチョだが、流石に自然と共に生きる獣人だけはあるな。


グレイの見立ては恐らく正しい。

武門であるジョビジョバ家の血を引き、俺は物心ついた頃から血のにじむ努力を課せられて来た。

仮に【ズル】抜きだったとしても、俺と剣で真面にやり合える人間はそう多くはいない。


「お言葉ですがグレイ様。私はペイレス騎士団の中で、団長副長に次ぐ腕を持ち合わせております。彼を侮る訳ではありませんが、私の腕が劣っているという事はないかと」


言葉は丁寧だが、明らかに頬が引くついていた。

この程度で顔に出る様じゃ、騎士としてはまだまだである。

真の騎士なら、常に冷静沈着な鉄面皮でないとな。


「ではこういうのはどうでしょう?シビック殿と、イーグルが手合わせを行い。勝った方がグレイ様の指導をするというのは」


イーグルの横に立つ壮年の男性が、手合わせを提案してくる。

彼の名はサイモン・ビレル

護衛団のリーダーを任されている、ペイレス騎士団の副団長だ。


「どうですかな?我々はシビック殿の腕前を知りません。同じ護衛として、お互いの力量を測るのにも丁度良いかと」


断れない上手い言い方だ。

これで断ったら、俺は大した事が無いと周りに告白するのに等しい。


別に侮られても構わないんだが、居心地の悪さが増すのは目に見えている。

ここは一発実力を示し、俺が特別扱いを受けるだけの人物だという事を示した方がいいだろう。


「俺は構いませんよ」


「ケイン様。よろしいですか?」


「ふむ……分かった。但し、お互い相手を怪我させる様な事は控える様に」


「勿論です!ちゃんと手加減は致します!」


イーグルが一々挑発してくる。

そう言う事をすると、負けた時に死ぬ程恥ずかしいんだが……


どうやら彼は、自分が負けるう想定は一切していない様だ。


「皆、邪魔な物を片付けてくれ」


サイモンの指示に従い、騎士達が物をどけて広いスペースを作る。

本格的に立ち回るには少々せまいが、まあ手合わせ程度なら問題ないだろう。


「ペイレス騎士の力を見せてやる。全力でかかって来るがいい」


「……」


どうした物かと、少し迷う。

ある程度相手に合わせてそこそこの勝負をし、ギリギリ負けた感じにするのがやはり無難だ。

相手を顔を立てつつ俺の実力を示し、更にはグレイのお守りも押し付けられる一石三丁の手である。


ただそれをすると、何かあった時に本気で戦いずらくなるんだよなぁ。


護衛として雇われて全力を出し渋るとか、流石に問題がある。

ま、この際何も考えず全力で相手するとしよう。


「シビック!頑張って!」


セーヌが手を上げて応援してくれる。

ただ自分達の家に仕え忠誠を誓ってくれる騎士よりも、俺を応援するのはちょっと問題のある行動だ。

その辺りに気を回せない様では、彼女もまだまだ子供と言わざるを得ない。


ん?


まるで親の仇を見る様な怒りの形相で、イーグルが此方を睨んで来た。

それを見て、俺はピーンと来る。

おそらく彼はセーヌが好きなのだろう、と。


叶わぬ恋って奴か……


親戚筋とは言え一介の騎士と上位貴族のお嬢様とじゃ、身分が違い過ぎる。

奴の恋が叶う事は恐らくないだろう。


まあ事情が事情とは言え、獣人であるミランダさんを迎え入れている事を考えると、0と断言する事は出来ないが。


「来ないなら此方から行くぞ!」


考え事をしていると、痺れを切らしたイーグルが切りかかって来た。

憤怒の形相を見る限り、手加減している様には見えない。


というか力み過ぎだ。

頭に血が昇っているせいか、その動きは単調極まりない物となってしまっていた。


当然そんな攻撃が俺に当たる筈もなく――


「ふっ!」


イーグルの攻撃を軽く躱し、力尽くの横凪に合わせて俺の剣でイーグルの剣をかち上げた。


奴の手から剣が弾かれ、地面に転がる。

俺は手にした剣の切っ先を、呆然とする奴の首元へと突き付けてやった。


「まだやるか?」


実力差は確かにあった。

だが流石にここまで容易く行ったのは、イーグルの頭に血が昇って冷静さを欠いていた部分が大きいと言えるだろう。


何か文句を言って来るかと思ったが――


「まいった」


イーグルは素直に負けを認める。

どうやら頭に血が昇っていても、彼我の実力差ぐらいは判断出来た様だ。


「お見事」


騎士団ナンバー3のイーグルがあっさり負けた事で心中穏やかではないだろうに、サイモンは顔色一つ変えていない。


そうそう。

騎士はこういう風にいついかなる時もクールでないと、流石は副団長を務めるだけはある。


「ほら!シビックの方が強かっただろ!」


項垂れるイーグルに、グレイが笑顔で残酷な言葉を放つ。

敗者に塩を塗るとはまさにこの事だろう。

子供ってホント残酷だ。

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