第5話 ペイレス家

「ペイレス伯爵家!?」


少年の名はグレイ。

あの後役場に誘拐犯と証拠を提出し、俺はグレイと一緒に早めの朝飯を宿の食堂で摂っていた。


余程腹が減っていたのだろう。

グレイは物凄い勢いで、目の前の料理を平らげていく。

そして腹いっぱい食って落ち着いた彼から、俺は耳を疑う言葉を聞かされる。


――彼の姉の嫁ぎ先が、ペイレス伯爵家だと。


「ペイレス伯爵家ってお前、ペイレス領の領主の家じゃねーか」


別に獣人と結婚してはダメだという決まりはない。

とはいえ、伯爵クラスの貴族が亜人と結婚するなど、普通はありえない事だった。


「本当に間違いないのか?」


「うん。そいつが言ってた」


「そいつが言ってたって……」


それ、詐欺師に騙されたんじゃ……


どう考えてもその可能性の方が高い。

だが、それをグレイの前ではっきりと口にするのは流石に忍ばれる。

どうしたもんだか。


「ぐっぷ……これ」


急にグレイが上を向いてえづき、口から何かを取り出す。

それを見て、俺は眼を丸めた。


「これは!?」


彼の手にあるそれは、金属製のメダリオンだ。

そしてそのメダリオンには、ペイレス伯爵家の紋章が刻み込まれていた。


「ちょっと見せてくれ」


グレイが吐き出した物だったので少し手に取るのを躊躇ったが、俺はそれを受け取り隅々まで確認する。


――これはミスリル製だ。


魔法も使って確認したので間違いない。


ミスリルは魔法金属と呼ばれ、とてつもなく値の張る物だ。

このサイズでも、庶民やちょっとした金持ち程度ではとても手の出る品ではなかった。


「困った事があったら、これを役場で見せろって……姉ちゃんから貰ったんだ」


ミスリルを使った騙り……

なんてのはありえないな。


詐欺師がそんな物を用意出来るとは思えないし。

仮に用意できたとしても、それで獣人を攫って貴族に売り払った所で、超がつく程の大赤字になる筈だ。

そんな馬鹿な真似、やる意味自体ない。


「本物だな……って、何でさっきこれを役人に見せなかったんだ」


「忘れてた」


「やれやれ」


所詮は子供。

大人と同じ対応を期待するというのは、まあ無理がある。

仕方ない事だ。


「んじゃま、もっかい役場に行くか」


「姉ちゃんの場所、分かる?」


「ああ」


メダリオンをみせれば、きっと役場から連絡を取ってくれるだろう。


しかし、ペイレス家が獣人をめとるとはな……


貴族の人間が亜人を妻にえれば、当然周囲からの好奇の目に晒される事になる。

それは貴族にとって恥であるため、よくそんな婚姻が通った物だと驚かざるをえない。


ジョビジョバ家でそれをやったら、認められる所か、話を下だけで当主のグンランに家から追い出されてしまう事だろう。


「じゃあ、役場に行くか」


「うん」


俺はグレイを連れ、再び役場へと向かう。

そこでメダリオンをみせ、通信用の魔道機でペイレス家に連絡を取って貰った。


「直ぐに迎えがいらっしゃるそうです」


迎えが来るのなら、もう俺はお役御免だ。

彼の事は役場が預かってくれるだろう。

そう思い、グレイに一声をかけて役場から出ようとすると、何故か職員に呼び止められた。


「あ、待ってください。彼を保護してくれた方にお礼がしたいそうなので、是非ご招待したいとの事なのですが」


お礼か……


貴族であるペイレス家なら、かなりの報酬は期待出来る。

別に金には困っていない訳だが、貰えるものは貰っておいた方がいいのは間違いない。

世の中何が起こるか分からないしな。


ただなぁ……


ペイレス家は、当主夫婦に息子三人と娘一人といった家族構成だ。

余り外に顔を出していなかった俺ではあるが、実は当主とその娘さんとは面識があったりする。


きっと顔を合わせれば、俺が誰か気づかれてしまうだろう。

家を追放された身としては、かなり気まずい。


……ま、でも普通に考えたら当主や娘は出て来ねーか。


獣人との結婚が、ペイレス家で手放しに祝福されているとは思えない。

婚姻相手の親族を保護した事で礼を言う為に顔を出すのは、恐らく結婚した息子達の誰かだろう。

それなら俺の顔を知らないので、気づかれる心配はない。


「わかりました。もし来られたら、宿まで連絡をお願いしてもいいですか?」


流石に迎えが来るのを何時間もここで待つ程暇人でもないので、言付けをお願いする。

ギルドに仕事の報告もしなければならないし。


「わかりました」


「じゃあ、俺はちょっくら用事があるから。また後でな、グレイ」


「うん」


ペイレス家からの迎えは2間ほどでやって来た。

距離を考えると、かなり急がせた事が分かる。


役場から連絡を貰った俺はグレイと一緒に迎えの馬車に乗り込み、ペイレス家へと向かうのだった。

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