手段その39 真実
以前渚が俺とのユートピアを作ろうとしているなんてことを言ったことがあるかもしれないが、それは間違いだった。
彼女が理想とするのはディストピアである。
誰も渚に逆らえないし、逆らってはいけない。そんな世界。
なんで今こんなことを言うのかといえば、それは渚が先日の水族館で発生した事件のことで警察に呼ばれたから。
やはり彼女の仕業だったのだと、俺は彼女について行きながらそんなことを考えていたのだが、渚の様子はいたって普通だ。
「警察って、なんか怖いよな。何されるんだろ」
「何も問題はありません。それより、お兄様にお手を煩わせてしまい大変申し訳ございません」
「いいよ、家族なんだから。それに親父たちには言えないだろ」
「そうですね。では参りましょう」
警察署に行くのは初めてのこと。
受付でおまわりさんに事情を説明すると中に案内され、奥の小さな個室に二人とも案内された。
固いパイプ椅子に座り緊張していると、やがてスーツ姿の人が。
「はじめまして。お時間もらってごめんね」
強面だが温厚そうな声の響きで挨拶を済ませたその人はスッと対面に座る。
「えー、先日水族館で露出男が逮捕された件で、君たちに訊きたいことがあるんだが」
その時俺は思った。渚がそいつをつるし上げた犯人だと疑われているのではないかと。
しかし質問は違った。
「あの男が一緒にいたという女の子、君たちの学校のお知り合いだよね?」
「え?ええと、涼宮のことですか?」
「ああ、その涼宮君だ。君たちが特に仲が良いと聞いていたから。何か変わったことはないかい?」
「変わったこと?」
話が見えない。確かに涼宮があいつと一緒にいたところは目撃したが、それと今の質問と何の関係があるのだ?
「いや、何も知らないのであれば構わない。そっちの君は、何か知らないかい?」
「ええ、何も存じません。一緒にいるところは確かに見ましたがそれだけです」
渚もまた、何も知らないと刑事さんに話すと残念そうな顔で「ふーむ」と眉間にしわを寄せていた。
「そうか。うん、わかった。今日はこんなところに呼び出してごめんね。また何かあったら協力してもらえるかな」
そう言って、たった数分のうちに俺と渚は警察署を出ることとなった。
丁寧に頭を下げて出ていく渚は「さっさと出ましょう」といって少し不機嫌そうな面持ちで俺の手を引っ張る。
「ま、待てって。何かあったのか?」
「さあ。私は何も知りませんから」
「いや、でもさ」
「涼宮さんのことが心配ですか?でも、彼女のことを憂いても何もいいことなんてありませんよ。さあ、貴重な休日を無駄にしたくありませんから行きましょう」
渚はいつも何か知ってる風な口ぶりで話す。
でも、それは多分知ったかぶりではなく知っているからだ。
渚は涼宮に何が起こっているか知っている。
でも、言おうとはしない。
「なあ、知ってることがあれば教えてくれよ。あいつも大事な友人なんだ」
「知ってどうするおつもりですか?知らない方がよかったということもあります」
「で、でもさ。このままだとモヤモヤするし」
「……お兄様に傷ついてほしくなかったのに。あのくそ女め」
渚は唇を噛んで顔をしかめた。
俺が傷つくとは一体?
結局渚は家に着くまで無言だった。
それが逆に不気味ではあったが、部屋に戻るといつもの調子に戻り、「お昼はパスタを作りますね」といってさっさと料理を始めだした。
一人で料理の完成を待つ間、何度も涼宮に連絡をするか迷った。
しかし渚の意味深な言葉のせいもあって、結局連絡をとることはなかった。
◇
休みなんてものはあっという間に終わる。
そしてまたいつものように学校に通う日々が始まるのだが、今日は少し肩透かしを喰らう恰好となる。
「涼宮のやつ、休みなのか?」
「みたいだな。でも、なんも聞いてないのか?」
「連絡はきてないけど……」
涼宮が学校を休んだ。
中学高校と併せても、彼女が学校を休んだのは初めてかもしれない。
それくらいあいつが来ないことは珍しい。
もちろん昨日俺たちが警察に彼女のことについて聞かれた、なんて話は透にはしなかった。
変な誤解を生んでもいけないし、余計な心配をさせることもないだろうということでの判断だが、透にくらいは話してもよかったかもしれない。
少し冷たかったかな、なんて思いながらモヤモヤしたまま涼宮のいない学校生活を淡々と過ごす。
先生も彼女の休みについては触れない。
もしかして、やっぱり何かあったのではないかと心配になって涼宮に連絡をとってみたのは昼休みの事。
しかし彼女からの返事はなかった。
◇
「お兄様、顔色が悪いようですがどうなさいました?」
「いや、涼宮のやつが来てなくて。心配だなって」
「まあ。でも、来てないのか来れないのか、どっちでしょうね」
放課後。また意味深なことを、渚が俺の隣でつぶやく。
「いい加減何か知ってるなら話してくれ。こんなままでいられるか」
「何を聞いても驚かない、傷つかないと約束していただけますか?」
「……いいよ、わかった。言ってくれ」
そうは言ったものの一体これから何を語られるのか不安だった。
真面目で、明るくて友人思いな涼宮が一体何をしていたというのか。
もしかして援助交際的なことをしていたのでは、なんてことも考えたが、そんな可能性はないと信じたかった。
「あの人、犯罪者ですよ」
「……なんだと?」
渚が一言目に放った言葉は、理解不能だった。
聞き間違いと思った。いや、思いたかった。
「涼宮さん、男を誘って暴行を加えてお金を巻き上げるのが日課なんです。そのことは、先日偶然涼宮さんをお見掛けした際に知りましたので、きっと水族館でも同じことをしていたのでしょう」
「な、何を言ってるんだ。え、意味がわからない」
「ただ、お兄様に近づいていたのは純粋な恋心だったようです。ですがそんな極悪人にお兄様を預けるわけにはいきませんもの。秘密を握って脅してあげて、バラされたくなければ改心した後にお兄様のもとからそっと消えなさいと、そう伝えたのですよ」
「い、いやいや涼宮がそんな……何かの間違いだ」
というより何もかもが間違っているのだと。
そう思いたかったが、渚は真剣な面持ちでこう続けた。
「彼女は病気です。でも、自覚があるからお兄様への恋心は封印されていたようです。その健気さに免じてやり直す機会を与えてあげたのですが無理だったようですね。今頃警察に捕まっていることでしょう」
「お、お前は水族館であいつの犯行をみたのか?」
「ええ。あの時も、お兄様と涼宮さんがお食事に行かれていた時も。油をまいて脅してやりましたが、怯えるフリが上手ですね彼女は。またすぐに同じことを繰り返す。病気です」
渚の話に矛盾はなかったが、それでも俺は渚の言うことを信じようとはできなかった。
しかし真実とは残酷なもの。
その日の夜に、透から連絡が入る。
「おい、涼宮が……なんか大変なことになってるらしいぞ」
「な、なにがあったんだ?」
「捕まったとかなんとか。詳しい話はわかんないけど連絡も取れないし」
「……」
渚から話を聞かされていたから、多少冷静にその話を聞いていたが内心穏やかでないのは確かだ。
もう何が何だかわからない。
「お兄様、涼宮さんの件は残念ですがそれが事実です」
「なあ。お前はなんでそれを知っててあいつを助けようとしてくれてたんだ?」
「お兄様にとって大切な人とあれば、手を差し伸べるのも当然です。でも、彼女には届かなかったようですが」
涼宮がなんで渚の軍門に下ったのか、その理由がようやくわかった。
しかし知りたくはなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
俺は失意のどん底にいた。
そして。
「お兄様、私がいます。渚が、そばにいます」
「うん……」
渚だけが俺に手を差し伸べてくれる。
変わらない愛情を注いでくれる。
だから俺は渚に泣きついて、しばらく彼女を抱きしめて離さなかった。
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