神父様のご乱心

コアラ太

第1話 捕まったスラムの少年

 悪い子は、西の辺境都市に連れ去られるという噂がある。

 でも、俺は大人たちの作り話だと思って無視していたんだ。


 スラムの生活は楽じゃ無い。

 犯罪で生計をたてる奴らの巣窟だから、そいつらにカモられないように生き抜くんだ。ここに来た当初は右も左もわからず、苦労したよ。

 今日もカッパらってきた金と食い物をアジトに持って帰ろうとしたんだけど、今かなりピンチになっている。


 目の前にいる優しい目をした男は、表情に似合わず言いようのない威圧感がある。

 ストリートチルドレンとして悪さしてきた中で、何度も怖い大人を見てきた。その中でもダントツに危険だと思う。


「この子がそうなんですか?」

「そうだ! 何度も盗まれて困ってるんだよ」


 周りの奴らも「そうだそうだ」と騒いでいるけど、問題はそこじゃない。

 体が動かないんだ。


「じゃあ、連れて行きますけど、盗まれた分だけですからね?」

「あ、あぁ」


 連れ去られてしまう。

 遠目に待機してた仲間も見えるが、あいつらも動けないようだ。

 助けに……、無理だな。


「念を押しておきますが、嘘の被害額を言ったら……潰しますからね?」


 今は半袖でも暑い季節のはずなのに、あたりに冷気が走り、この一言で俺のダムが決壊した。

 ジョワワー。


「「ひえぇぇぇ」」


 俺と店主の下に汚い地図が出来上がる。


「ちょっとやりすぎましたかね。それでは失礼します」


 そこからは速く、檻のある馬車に詰め込まれ、手枷をつけられて出荷される。

 他の奴隷と一緒にされたが、飯だけはそれなりに食えた。

 相当叩かれたのか、顔が腫れ上がってまともに起きられない奴もいる。奴隷仲間だと仲良くなることもなかったし、なれるとも思えなかった。


「へへ。あの男ぶっ殺して逃げ出そうぜ」


 こんなことを言っている奴隷は筋肉質で強そうだが、あの男が近づいただけで気絶する始末だ。

 やっぱり別格だったんだな。


 2週間経った頃、大きな街に着いた。

 なんという名前だったかは覚えていない。

 ほとんどの人が奴隷商人に降ろされて「これから競売にかけにいく」と言われる。

 俺もその中の一人だった。


 とうとう俺も終わりかと思えば、入門手続きをしていたあの男が戻ってきた。


「ねぇ。その男の子は?」

「ん?競売で売っ払うんだよ」


 奴隷商人は誰が言ったか確認せずに返事をする。


「へぇ。あんたの奴隷なの?」

「そうだよ。うるさいな! ひゃぁぁああ!」

「僕の知らぬ間に、いつからそうなったのか教えて欲しいですね」

「お、お前は護衛の男か。どうせ売られるんだから、ここでも私がやってもいいだろう」

「ほう。彼は『タダーシ』に連れて行くのですが、ここでも良いと?」

「タダーシだと? タダーシ…。ん? た、たたた。タダーシ!?」


 顔が青白くなった奴隷商人は何度も俺の顔を見返し、周りの奴隷たちも俺から一歩退く。

 どんだけヤバい場所なんだよ!?

 ここは奴隷商人に泣きついた方がまだマシなんじゃないか?


「お、俺もここではダメでしょうか!?」

「だ、ダメだ! やっぱりお前は俺のところの奴隷じゃ無いからな! うん! さぁ、みんな行くぞ!」

「ちょっと! タダーシって何ですか!?」

「ええい。まとわりつくな! 達者で暮らせよ」


 憐れむような周囲の目は、一瞬で消え去り、というか周りから人が去った。


「さぁ、まだまだ道半ばですよ」

「たすけてぇぇぇ! タダーシってなにぃぃぃ」

「大丈夫。慣れれば怖く無いですから」


 慣れればってなんだよ!?




 詳しい話も聞けず、更に西へ進み続ける。

 スラム街を出てから1ヶ月は経っただろうか。

 結局タダーシが何かわからず、西の辺境都市『ランベル』まで到着した。


「ここアールゴは、伯爵の名前をそのまま使っています」

「それよりタダーシは?」

「他に聞くこと無いんですか? それとタダーシは着いてのお楽しみです」


 俺の心はタダーシに蹂躙されている。

 門番との会話でこの男の名前がわかった。


「あぁ。ケンボスさんお久しぶりですね」

「どうも、今日はこの子をタダーシへ連れて来ました」

「タダーシこ……」


 ケンボスは、先を言おうとする門番を口止めする。


「タダーシこ? ねーねー、門番さん。その先言っても良いんだよー。言ってー。言って! 言ってよー!」


「あー。ケンボスさん、また怖がらせてるんですか」

「いやいや。実際怖いところですから、どんな場所か伝えてもかわいそうでしょ?」

「まぁ、慣れるまで……あれは、慣れないか」

「僕もいまだに慣れませんよ」




 門番に「お気をつけて」と送り出されて、さらに1週間馬車に揺られてたどり着いた。


「え? 教会?」

「そうですよ。ここが教会も兼ねたタダーシ孤児院です」



 _______________



 いつものように同僚と酒を飲みに行くと、相手が話し始めた。


「あいつが捕まったらしいぞ」

「誰だよ?」

「最近力つけてきてるフューリーの悪ガキの……なんだっけ」

「あいつか。確かガルとか言ってたな」

「そうそう。ガルが捕まったんだよ」

「ヘマでも打ったのか?」

「それが、ヤバい傭兵がいるらしくてな。たまたま来てたその傭兵に、いつも狙われてた店主が泣きついたらしいぞ」

「傭兵にかよ? 相当金むしり取られるんじゃないか?」

「それが、タダーシ孤児院に関わる傭兵らしくてな」


 驚いて飛び跳ねたら、テーブルに足が当たった。


「あぶねーな! 酒がこぼれたらどうするんだよ」

「うっせ! 酒場でその名前出すのが悪い!」

「まぁまぁ。そんなわけで、ガルはあそこ行きになったわけよ。ケケケ」

「お前、何度か財布盗られてたからなぁ」

「スカッとしたぜ!」

「だけど、あそこじゃ可哀想だな」

「多少は静かになるだろうな」

「多少で済めば良いけど……」


 __________


 タダーシ孤児院は、いつでも来院や見学をお待ちしています。


         聖導教会アールゴ支部 司教タダーシ

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