§3誕生日のキス

 江の島にドライブに行ってから3か月後の9月、駿から久し振りの誘いがあった。七海は彼の試験の結果が気になってはいたが、付き合っている訳でもない彼に、自分から連絡する事はしなかった。夏休みには黄川田きかわだはじめと北海道旅行をし、帰って来てからは塾のバイトに精を出していた。

「ご無沙汰です!論文試験はどうでしたか?」と私が、一応お愛想あいそで訊くと、

「発表は10月だからまだだけど、まあ大丈夫そうだよ!」と自信あり気だった。

 麻布の隠れ家のようなレストランで食事をしたが、彼は相変わらず冗舌で飽きる事がなかった。私は北海道に行って来たと、お土産のラベンダーオイルを渡した。

「旅行できてうらやましいね!北海道のどこ?誰と行ったの?」

「洞爺湖のホテルに泊まって、函館に行きました。女友だちとですよ!」

 彼との関係を保持するために、私は当然のように嘘を言った。

「僕からもプレゼントがあるんだ。20歳の誕生日、おめでとう!」と言って、有名ブランドのブレスレットを差し出された。誕生日を知っていたのには驚いたが、プレゼントをされる理由が思い当たらなかった。

「ありがとうございます。でも、これは受け取れません!彼女でもないし…。」

「ならば、彼女になってよ!直ぐに返事をしなくても良いから、ね!」

 彼の胸中が見えて、面映おもはゆい気持ちと困惑とで胸がざわめいていた。


 駿は場所を六本木のバーに移し、七海の誕生日を祝った。彼女は成人式前だが、アルコールを勧められてカクテルを初めて口にした。口当たりの良いカクテルを3杯お替りし、バーの雰囲気も相まって酔いが廻っていた。

「わたしが恋愛して本気で付き合ったのは一度だけですが、駿さんは?」

「大分飲み過ぎたね!恋愛話は苦手だけど、5人ぐらいかな。」

「ご、5人?それって多くないですか?やっぱりプレイボーイなのかな?」

「プレイボーイなんて、そんな言葉を良く知ってるね。でも、心外だな!」

 それだけ女性経験が豊かな彼と、私が付き合うのは無理だと思った。キスとそれに毛が生えた程度の事しか経験ない私は、彼の御眼鏡にかなう訳がなかった。

「友だちの話なんですが、聞いてもらえますか?その子の彼氏が純潔主義で、結婚まではバージンが当たり前で、自分自身もそういう事はしないと言うんです。」

「へぇー、今時の人じゃないね。相手の事が好きでも、何もしないわけ?それで、七海はその人と付き合って、何もなかったんだ。」と私に置き換わっていて、

「わたしじゃなく、友だちだって言ったでしょ!もういいです!」と話を打ち切りたかったが、恋人同士が求め合うのは自然だと、彼の意見を述べていた。


 門限のある七海を、駿はタクシーで寮の前まで送って行き、酔いをまそうと彼女に付き添って歩いていた。足取りが覚束ない彼女の腰を、支える様にしていた。人通りのない空き地に来ると、駿は七海を引き寄せて唇を重ねた。

「何ですか、いきなり!そうやって女の子をモノにしてきたんですね!やっぱり遊び人だ!わたしは、そんな軽い女じゃありませんから!」と虚勢を張って言った。

「ごめん!ついしたくなって…。軽いなんて思ってないし、好きだから…。」

「でも、付き合ってもいないのにキスするなんて、女たらしのやる事でしょ!」

「確かにそうだね。彼女になっての返事を、まだもらってなかったね。」

「そうですよ!まだ3回しか会っていなくて、しかも3か月間ほったらかしで。もし付き合ってたとしても、たまにしか逢えないなんて嫌ですから!女の子は好きな人には、毎日でも逢いたいものですが、男の人は違うんですか?」

 私は酔いの勢いで、言い難い事を平気で口にしていた。

「女と男は、違うんじゃないかな。僕は逢わないでいても、彼女の事は信じられるし、好きだという気持ちは変わらないけどな。」と言う彼の言葉は、説得力があった。


そして、「来年には司法試験があるから、今までと同じで頻繁には逢えない」と念押しされ、七海はこの時点でも、彼との交際は無理だと痛感していた。

 駿は予備試験の最終結果が分かる11月まで、七海に連絡をしなかった。合格が判明した翌日にメールをしてきたが、会おうとも何とも言って来なかった。七海は付き合う気もなく、「おめでとう」と返信しただけだった。12月のクリスマスのパーティに招待されたが、それも本当は断るつもりでいた。

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