【完結】異世界であきんどやるほうが自分に合っていたので結果ラッキーかも~前世は底辺だったが今は王女とイチャイチャ~

玉川稲葉

第1章:旅立ち

第1話:飯がまずい

「まずい」


 ここですでに10軒目。


「いや、非常にまずい」


 そう、俺の目の前にあるのはかなりまずい。

 ヤバイじゃなく不味い。

 美味しくない。


「うっ……」


 吐き出しそうになるが、横でニコニコと店員の若い女子と、カウンター越しに俺のほうを睨んでいるマッスルオヤジ(これを作った店主)が思いとどまらせる。


「ねぇ、どう? どうなの?」


 ワクワク笑顔で聞いてくる女子店員。


「いや……」


 気の利いた言葉を吐き出そうとすると、自分の息の臭さで別のものが胃から飛び出しそうになる。


「ゴメンっ!」


 店を汚すわけにもいかないので、奥にあるトイレに駆け込んだ。

 その様子で店員も店主も「やっぱり」とため息をついた。


 俺がキラキラ吐き出したのは、葉っぱそのままの味の何か。調味料というものがないのか、この街は栄養さえ取れておけばよい、というような食べ物しかない。


 昨日から飯屋を巡って10軒目。どこも同じ。食っては吐いての繰り返しで、街で話題になっていた。この店にも「変な旅行者がいる」と情報が回っていたようだった。だからトイレに駆け込み嗚咽が聞こえたときは「ウチでもか」と。


「すみませんでした」


 俺は10回目の詫びを入れる。


「聞いてるよ。体が弱いのか? どの店でも吐いてるとか」


 脂肪も付いてるが筋肉質でもある見た目は、かなり美味そうなものを作りそうなマッチョオヤジ店主が、俺に気を使っている。だけどそれは吐いていることに対してで、原因をわかっていないようだ。


「掃除が大変なんだから、この子にチップを置いて行ってもらえるとありがたいんだけどね」


 バケツとモップを持った女子店員が苦笑いしている。


 そこまで周りを汚してはいないのだけど、申し訳なく思う。

 申し訳なく思うのだけど、不味いんだから仕方がない。


 元のテーブルに座り、うなだれているところに店主が水を持ってきた。


「あんたがさっき言ってたマズイとは、どういうことなのだ?」


「え?」


 そう、俺はこの時気付いてしまった。やはりこの街に不味いという感覚がなかった。10回吐く前に聞けば良かった。


 店員もそれほど掃除に時間がかからなかったようで、戻ってきていた。俺は食べ物の味について説明した。うま味を説明しようとしても伝わらず。困ったので代わりに作ることにした。


 幸い客もいない時間のようで店主も理解できるならとしぶしぶ使わせてくれた。


「塩だけか…」


 俺が食べたのは塩茹でした緑の謎植物。疲れているので軽いもので、と注文したのが良くなかったのか。肉も魚もあるのだが…とはいえ、他店で出された肉料理も獣臭かったり美味しくなかったので、重めの食事でも期待できなかっただろう。


 肉を嗅いでみたところ、処理が悪いのか獣臭さが残っている。調味料に胡椒どころかスパイスは無さそうだ。あるのはやはり塩だけ。


 塩が取れるだけあって魚は海のものが充実しているようだ。生臭さも……ない。


「そうさ、この街は港町だから活きのいい魚が手に入るぞ」


 誇らしげに言う店主だが、なぜそれで不味い飯が作れるのか、それはそれで特殊スキルを持ってる街なのかもしれない。


 鯛のような魚があったので、三枚に捌き、頭と中骨などに塩を振りかけて表面を軽くあぶり臭みを消し、弱火で煮る。だいたい40分くらいすると少し濁った良い出汁がでてくる。


 店主も店員も見た事がない光景と匂いにつられてカウンターから身を乗り出している。


 穀物は玄米だろうか、籾を取った状態のものがある。精米する技術は無いようなので、ひとまず鯛の出汁を使って玄米を煮る。

 つまりリゾット。


 鯛の身は灯り用に使われていた食用油を使って皮目をパリパリに焼き、身も崩れないように焼いた。


 リゾットの上に焼いた鯛の身を乗せ、鯛の出汁と焼いた香ばしい匂いが相まって、二倍以上美味しさが増す。味付けが塩だけと思えないのは出汁によるうま味。


 ゴクリ、という喉の音が聞こえてくる。


 これを食べることで美味いという意味を理解してもらえるはず。


「これで……完成か?」


 辛抱できない様子で店主が俺に問う。


「まだ」


 お預けを食らった店主は涙目で無言で訴える。


 そこに細かく切ったネギで緑の色を加えて、視覚的にも美味しさを増した。見た目は洋風だが、和の三つ巴の危険なマリアージュの完成だ。


「そ……それを乗せるのか?」


 ネギは匂い的にあまり好かれていないようだ。


「そう言わずに、食ってみな」


 訝し気な表情を浮かべるも、口の中の唾液が止まることがない店主。スプーンですくい、一度唾液を飲んでから口を開き、中に収めた。


 閉じた瞬間、口の中にうま味が広がる衝撃。鼻から抜ける凝縮された鯛の香り。体の神経が痺れるような今まで味わったことがない感覚。


「す、すごい……」


 美味い不味いが言葉でわからなくても、経験すると簡単なことだったりする。


 その店主が感動のあまり固まっている様子を見て、店員は手からスプーンを奪い一口かき入れた。


「何これ……」


 感動のあまり、手が止まらない。その様子を見た店主は我に返り、食べきろうとするのをさらに横取りして、気が付けば3分もしない間に完食された。


「どう、これが美味しいという食べ物だよ」


 料理人ではない俺が作ったものでもこれだけ止まらないということは、本当にこの街の人はいままで食の美味しさを求めたことはなかったようだ。


 そのあと店主と店員に聞くと、この街は食に欲望がなく、必要な栄養が体内に入り、きっちりと動けばよいという考えのようだ。我々の世界だとサプリで栄養を取ればよいという感覚と言えばわかりやすいかもしれない。


 ただ、この二人は美味しさを覚えてしまった。このリゾットの作り方を俺に色々聞いてくる。

 俺も他に材料がないか聞きたかったので、この日は料理の話をするだけで終わってしまうことに成った。


 この街に来て5キロほど痩せてしまったが、少なくともこの店で体重が少し戻せるかもしれない。


 久しぶりに元の世界にありそうな料理を食べたことで、この世界に来てしまった時の夢を見た。


***


 大阪に出張で来ていた。


 バブルが弾けたあとの就職難で何とかアルバイトで潜り込めた出版社。それから雑誌を転々としていたため40代になっても契約社員でこき使われたた。


「あの作家先生から連載の仕事取れたら正社員にしてやるよ」


 新卒入社、5年で編集部デスクの若い男のニヤつく顔にも、へらへらしながら了承するしかない。人事の権限もないのはわかっているが、将来の幹部候補に嫌われるわけにはいかない。そうやって20年、まだ正社員の目処は立たない。


 大阪で作家と会い、企画の説明を兼ねて飲み屋に。作家は企画の話はそこそこで、ほろ酔いで近くの女の子をナンパし始めた。俺は自分に意識を向かせるため、酒を飲みまくり男気を見せた。


 店を出てもしつこく絡みまくる俺に対してその作家は「道頓堀に飛び込んだら書いてやるよ!」と野良犬を追い払うかのように言葉を吐き出した。


「てめぇ…ぇ、そのコトバ、飲み込むん、じゃ、ねぇぞおぉ」


 ベロンベロンに酔っぱらっていたが、啖呵は切った。飛び込まなきゃならない。


 戎橋はリニューアルされているので橋の横にあるスロープに降りなければならない。勢いが少し落ちる。それでも冷静ではなかった。酒は怖い。


 フラフラになりながら柵の上に立つが、スロープ上の橋から作家は俺を見下ろしている。


「〇××っ――×▽▲ゃ■〇ん〇!」


 何を言ったのか覚えていない。後ろ向きに、作家を睨んだまま、俺はただ飛び込む。ヘドロは無いけど、綺麗とは程遠い道頓堀川に。


「クソが…」


 コマ送りのように体が川に近づき、水面に首が接地したとき、目の前が真っ暗になった。


 死んだ、と悟る間もなかった。


 気が付けば、この世界に来ていた。


***

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