エピローグ



*****



「…俺がニナの様子を見に海面から顔を出した日、エルナがバルコニーで景色を眺めていたんです」

 エルナの腰を強く抱き、そっと囁くように言う。

「俺はどうしても話がしたくて、ドローテアに頼んだんです、夢でいいから会わせてくれと」

 見上げるエルナと見下ろすオトの視線が会うと、オトは恥ずかしそうに微笑んだ。


 いつもの森で、二人はワルツを踊っていた。

 眠りについてから始まる、誰にも秘密の、二人だけの時間だ。

「種族を越えても貫ける愛がある。それを証明してやる、それが代償だと啖呵を切った……けど、まさかこんなに恋が苦しいとは思いませんでしたよ」

 くるりとエルナをターンさせながら、オトは苦笑した。

「オト、あの頃ずっと、私がアーベルさまをお慕いしているみたいに言ってたものね」

 オトの腕の中に戻ってきたエルナは、くすくすと思い出しながら笑う。

 二人の指には、お揃いの指輪が光っていた。

「……だって、ニナとあの王子を、貴女が切ない瞳で見つめているから」

「そりゃそうでしょう、あんな取り付く島もなく仲良くされたら、たまったもんじゃないもの」

 音楽は無い。ただ森の木々のさわさわとした音が鳴るだけの空間だ。

 二人はたまにこうして、手を繋いで眠りについた時だけ、この森に来れるようになっていた。

 何となく忘れがたくて、時々「今日は踊ろうか」という合言葉で夢に潜り込む。

 エルナが人間を捨てた日から、もう数ヶ月が経っていた。

「この森で逢う貴女が可愛くて、愛しくて」

 オトはエルナの額に小さくキスを落とす。

「朝が来るのが怖かった」

 私もよ、とエルナは心の中で答える。

 二人で過ごす日々は愛しく、そして優しい。

「あの二人も、幸せかしら」

 そんな日々をアーベルとニナも過ごしていてくれたら。そう願わずにはいられない。


 そうしてしばらくワルツを楽しんでいると、唐突に、何やら足音が聞こえてきた。

「え」

 この森に二人以外が来るなんて、初めてだ。

 音のする方を二人は見て――

「えっ!!」

エルナはとびきり大きい声を出した。

「アーベルさま!」

「ニナ!」

 そう、そこには穏やかに微笑む、アーベルとニナが居たのだ。

 エルナとオトはそのふたりに駆け寄る。

「どうしてここに!?」

 エルナがアーベルとニナを見比べながらそう問うと、ニナはその綺麗な澄んだ声でふふふと笑った。

「寝る間際にね、音楽が聴こえたんです」

「音楽?」

「…ワルツの、楽しそうな調べ」

 エルナが首を傾げると、アーベルがニナの言葉のその続きを攫っていく。

「ニナが、きっと二人に会える、と」

 どういう仕組みかはわからないが、この二人も夢でこの森にやってきたと言うことだろうか。

「……ドローテアからの御礼、だったりするかもしれませんね」

 オトがそう呟くと、ニナがにこりと、嬉しそうな笑顔で頷いた。

 『真実の愛』を体現したお礼。

 確かに、そう考えるとなんだか幸せな気持ちになれた。だからそういう事でいいだろう。

 エルナとニナがニコニコしながら手を取り合っていると、オトがアーベルに向かってお辞儀をした。

「デンマーク王国第三王子、アーベル・S・W・ヴァルデマー殿」

「……はい」

「妹を、どうかこれ以上ない程に幸せにしてやってください」

 その言葉に、誰よりもニナが驚いた様子だった。

「お兄様」

 じわりと、ニナの瞳に水気が灯る。

 アーベルはニナの肩を抱き寄せると、

「勿論です」

そう、力強く頷いた。

 それを合図に、どこからともなく音楽が流れ出す。いつものワルツとは違う、軽快で楽しげな、輪舞曲だ。

「折角です、みんなで踊りませんか?」

 オトがそう告げて、全員が輪になった。

 各々顔を見合わせては、幸せの在処を確認する。

 嬉しくて嬉しくて、エルナはオトの手をきつく握る。オトもその手を握り返した。

 そして四人は、夢の森で密やかなロンドを舞う。

 幸せのメロディは時間を越えて、その輪をゆったりと、包み込んでいった。








 ――そして真夜中ロンドは今夜も、ひっそりと、森の奥で鳴り響いているらしい。


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