追放された大剣使いはアーシャ王女に恋をする ~恋人をNTRれてSランクパーティーも追放されたけど聖女で王女なアーシャ様に溺愛されて幸せです~

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1章 追放と裏切りと出会い

第1話 追放と裏切り

 ──ヴェイユ島・キッツダム洞窟の下層部。


「アデル、そろそろ死んでくれないか?」


 アデルの所属するSランクパーティーのリーダー・オルテガが唐突にそう後ろから声を掛けてきた。

 オルテガは筋骨隆々でモヒカン頭がトレードマークの大男だ。〝紅蓮の斧使い〟オルテガと言えば、アンゼルム大陸・ライトリー王国では名の通っている銀等級の冒険者のひとりである。


「……あ?」


 洞窟の魔物退治を行っていた時に、オルテガが急にわけのわからない事を言い出したので、アデルは思わず首を傾げた。


「だからよぉ……お前にはそろそろ死んでほしいなって、言ってんだよ!」

「何を──ぐっ」


 アデルが異変を感じた時には、既に遅かった。

 サクッと小さな矢がアデルの太腿に刺さり、彼の体は急に自由を失って思わず膝を突く。盗賊のパーティーメンバー・ギュントの吹き矢だ。


「てめぇ……!」


 アデルは背中の大剣を手に取ろうとするが、体に全く力が入らず、手が震えるだけだった。


(これは……南イブライネのサソリの毒か? 体に全然力が入らねえ……!)


 南イブライネサソリの毒は即効性の強い稀少な毒薬だ。体を麻痺させ意識を奪う毒で、通常強力な魔物に使う。普通の人間であるアデルがその毒を打たれれば、五分も意識を保っていられまい。

 オルテガは下卑た笑みを浮かべて、崩れ落ちたアデルを眺めていた。


「……オルテガ、こいつはどういう冗談だ?」


 アデルの質問には答えず、オルテガは相変わらずにやにやしたまま、彼を見下ろしていた。


「冗談? これが冗談に見えるかい? 本気以外の何ものでもないのだよ」


 アデルの質問に、パーティーの魔導師イジウドが代わりに答えた。

 アデルは一度イジウドをちらりと見てから、再度オルテガへと視線を戻す。


「答えろ、オルテガ。どういうつもりだと訊いている……!」


 アデルは苛立ちを隠さずオルテガを睨みつけて、再度問い直した。


「おお、恐ぇ恐ぇ。〝漆黒の魔剣士〟アデルからそんな目で睨まれちまったら、小便漏らしちまうぜ」


 オルテガは尿を我慢する様に股間を押さえる仕草をすると、イジウドやギュントと共にげらげら笑い合った。

 〝漆黒の魔剣士〟アデルとは、〝紅蓮の斧使い〟と同じくアンゼルム大陸・ライトリー王国で名のある冒険者のひとりとして数えられている大剣使いだ。冒険者等級はオルテガと同じく銀等級である。

 アデルとオルテガはまだ同じパーティーになって半年程度であるが、互いに前衛を務める戦友だった。しかも、彼らはライトリー王国唯一のSランクパーティーでもあったのだ。彼の行動の意図がアデルにはさっぱり分からなかった。


「お前とはここでお別れって事だ、アデル。この状況になってもまだわからねえのか?」


 オルテガが嘲笑を止めてアデルへと視線を戻すと、神妙な顔つきで続けた。


「俺はな、フィーナがいない時をずっと待っていたんだよ……あいつはお前からなかなか離れなかったからな」

「フィーナがいない時を、だと……?」


 フィーナとは、アデルの恋人でこのパーティーの回復術師だ。彼女はアデルより先にオルテガのパーティーに入っており、共に戦うにつれて惹かれ合って、つい最近アデルと恋仲になったばかりである。

 今回の依頼にフィーナが参加しなかったのは、先日彼女の生まれ故郷で流行り病が流行したせいだ。彼女はその治療の為に一度帰省をしており、今回の依頼は回復術師の不在で受ける事となったのである。

 回復術師不在で依頼を受けるのは危険なのではないかとアデルはオルテガに意見したが、ヴェイユ島には強い魔物もいない代わりに冒険者もいないのですぐに向かいたいと説得され、遥々大陸から海を渡ってきたのである。

 Sランクパーティーになって人助けに目覚めたかと思ってアデルは感心していたのが、結局はこれである。


「フィーナがこれとどういう関係があるんだ、オルテガ!」


 アデルは遂に声を荒げた。フィーナの名前が出て、一気に不安に刈られたからだ。


「わかんねぇかなぁ、アデル。フィーナは、お頭がずっと狙ってたんだよ。それをお前が奪っちまうからなぁ……? 仕方ねぇよ」

「まあ、貴様は顔が良いからか、パーティーで戦果を挙げても全部貴様が人気を持っていってしまうからな。私達にとっても邪魔だったのだよ」


 盗賊のギュント、魔導師のイジウドがそれぞれ代わりに答えた。


「お前が加入する前からなぁ、アデル。俺はフィーナに随分とお熱だったんだぜ? 高いアクセサリーだって贈ったし、あいつの代わりに敵の攻撃を受けた事もある。それが、新参者のお前にひょっこりと持って行かれちまったらよぉ……さすがに。そうは思わないか、アデル?」


 オルテガは葉巻に火をつけながら続けた。


「そもそも、だ。このパーティーで前衛はこの〝紅蓮の斧使い〟ことオルテガ様がいれば全て問題無かったんだ。仲間がいなくてソロばっかしてたお前を誘ってやったって言うのに、俺の大事なフィーナを奪っちまうんだからなぁ。さすがに俺としても、我慢ができねえってわけだ」

「何を言ってやがる、そんな事俺には……」

「うるせえ、黙れってんだこの蛆虫野郎!」

「ぐっ……!」


 アデルの腹に蹴りを放ったのは、盗賊のギュントだ。

 普段ならばギュントの蹴りなど大した事はないが、今は毒のせいか身体に力が入らない。血と胃液が喉もとまで上がってきて、アデルの喉を焼く。


「へっ、むしろお前をパーティーに加えたのだって、〝紅蓮の斧使い〟と〝漆黒の魔剣士〟が一緒に組んでりゃ都合が良いって事でお頭に提案したんだ。それをまんまと喜んで、バカみたいだなぁ」

「実際に組んでみれば、なにが〝漆黒の魔剣士〟だ。猪の様に突っ込むしかない能のない脳筋ではないか。いつも魔法で貴様のフォローをする身にもなって欲しいものだね。アデル、君にはパーティーは向いてないよ」


 オルテガに続いてギュントとイジウドが好き勝手に言うが、実際はアデルが最も危険な鉄火場の最前線に立って道を切り開く事が多かった。メンバーが嫌がる事を率先してやっていたのも、メンバーを休ませる為に夜の見張り等を引き受けていたのもアデルだ。

 アデルとしては納得のいかない言葉だったが、今はそれどころではない。


「俺の事はどうでもいい。フィーナを……フィーナをどうするつもりなんだ!」


 アデルは意識が朦朧としていくのを何とか食い止めて、三人に問う。毒の回りは思った以上に早く、意識を繋ぎ止められる時間も限られている。それまでに何とか現状を打破しないといけないとは思うが、この状態では何も思い浮かばなかった。


「フィーナ? ああ、安心しろやぁ。お前が不慮の事故でキッツダム洞窟で死んじまって、悲しんでるところをしっかり俺がしといてやるから、よ⁉」

「ぐあっ!」


 今度はオルテガがアデルの腹を力一杯蹴った。

 アデルは毒の所為もあり、体に力が入らずその衝撃をもろに受ける羽目となった。ギュントの蹴りよりも遥かに重く強い一撃によって、胃から食べ物が逆流し、地面に吐瀉物をぶちまける。


「だから、よ! 安心して! 死ねや! こんのイカレポンチが!」


 それからオルテガは何度もアデルの腹を蹴り、最後に頭に唾を吐きつけた。


「フィーナも俺の馬並みにデカいで満足させてやるし、数日もすりゃお前の事なんか忘れて俺に跨ってヒィヒィ言ってるだろうぜ」


 オルテガは自らの腰を楽しそうにかくかく振ってから、盗賊のギュントに何か指示すると、ギュントはもう一度吹き矢を放つ。サクッとアデルの背中に矢が刺さった。


「パーティーメンバーのよしみだ。直接手は下さねぇから、そのまま毒で死ねや。俺は優しいだろ⁉ ほらよ!」

「ぐああああっ!」


 オルテガが短剣ダガーでアデルの太腿を突きさし、最後に腕に葉巻の火を押し付ける。脚の痛みと腕の痛みが同時にアデルを襲った。

 憎しみを込めた目でオルテガを睨みつけるが、彼は下卑た笑い声を上げるだけだった。


「本当だったら糞を出させてやってもよかったんだ。有り難く思えよ」


 アデルは自らの体に毒が広がっていって息苦しさを感じるのと同時に、脚から流れる血でどんどん意識も遠のいて行く。


(糞ッ垂れ……南イブライネのサソリの毒に加えて、別の猛毒にこの傷かよ。もう意識も保ってられねえ)


 薄れ行く意識の中、何とか手立てを考えようとするが、その思考すらまとまらない。アデルの手にはほんの少しの力すら入ってくれなかった。


「お頭、ほんとにとどめは刺さなくていいんですかい?」

「あぁ、コイツはここで捨てて行く。半年近く仲間として活動してんだ。さすがに殺すのは寝付きが悪ぃよ、げはははは!」

「まあ、俺達ゃこいつのお陰でこんなに早くSランクパーティーになれたわけですからねぇ! 慈悲が深いぜ、お頭!」


 パーティーメンバー達の笑い声が洞窟の奥深くに響き渡る。

 その後も次々とアデルの知らない事を彼らは語っていた。

 アデルがパーティーに入り、〝紅蓮の斧使い〟と〝漆黒の魔剣士〟が共にいるという事で依頼料を吊り上げ、その全てを着服していた事。また、Sランクパーティーに早く昇格する為だけにアデルを加入させた事なども付け加えた。

 著名な冒険者が所属するパーティーはそれだけでランクが昇格しやすくなる。彼らはていよくランクを昇格させるためにパーティーに〝漆黒の魔剣士〟アデルを入れて、難しい依頼をこなしていたのだ。


(なるほど、そういう事か……)


 妙にオルテガ達の羽振りが良いと思っていたら、そんな裏があったのだ。

 オルテガのパーティーは、前回の依頼でSランクへの昇格条件を満たしたばかりだった。アデル達の住むライトリー王国・ランカールの町のギルドでは、初めてのSランクパーティーだ。Sランクに昇格したならば、アデルも用無しという事だろう。


(冗談、だろ……これで俺の人生終わるのかよ)


 アデルはフィーナだけでなく、オルテガ達も仲間だと思っていた。彼らと苦難を乗り越え、懸命に戦い、ようやくここまで来たのだ。

 殆どソロでしか戦った事のないアデルは、連携というものの取り方が上手くわからなかった。だからこそ誰よりも危険な目に遭い、強敵にも自分から単身ぶつかっていった。

 何度命の危機に瀕したかわからない。無茶をし過ぎだと恋人のフィーナからは何度も忠告を受けたが、パーティーに誘ってくれたのが嬉しかったから、アデルは身を粉にして彼らに貢献したのだ。


(ふざけるなよ……俺を、こんな形で裏切るのかよ。しかも、女の為に? ふざけるな……!)


 アデルの全身には一切の力が入らない。拳を握って地面に叩きつける事すらできなかった。

 思い返せば、おかしな点はいくつかあった。

 今回のキッツダム洞窟があるヴェイユ島は、アデル達の住むアンゼルム大陸とは海を挟んだ島国だ。そんな島国の依頼を、わざわざフィーナがいないタイミングで受けるなどオルテガの性格上考えられなかった。

 しかも、急ぎの魔物討伐という割にキッツダム洞窟には殆ど魔物もいなかった。いたとしても、子供でも倒せる様な弱い魔物しかいない。おかしな事だらけだったのである。


「最後に良い事を教えてやろうか、アデル?」


 盗賊のギュントが振り返ると、楽しそうな笑みを浮かべた。


「キッツダム洞窟の魔物討伐依頼なんか、最初からありゃしねえよ! 遠い島国で、お前を殺す為だけにここまで来たのさ! ランカール近郊でお前の死体が見つかっちゃ色々不都合があるからな! ぎゃはははは!」


 アデルの予想は違わなかった。やっぱりそんな事か、と納得さえ覚えた。

 ライトリー王国ランカール近郊では人通りも多く、冒険者の数も多い。おまけにオルテガとアデルはランカールの冒険者ギルドで二人しかいない銀等級の冒険者だ。民から顔も知られているので、万が一揉めているところを誰かに見られたら、殺しが公になる可能性もある。彼らはそれを恐れたのだろう。こうして異国の洞窟深くで暗殺を企てているのが、その証拠である。

 

「どんな気分だ、アデル? 殺される為だけに海を渡って、誰も知らないこんな異国の地で死ぬってのはよ?」


 オルテガは不愉快な笑みを浮かべたままアデルに問いかけるが、アデルは何も言葉が出てこなかった。毒が回り切って、もはや言葉すら話せる状況ではなくなっていたのだ。


「くく……じゃあな、〝漆黒の魔剣士〟アデル。遠い島国で運悪く死んだと、フィーナには伝えておくよ。俺がしっかり責任を持ってはらませておくから、安心して眠れや」


 高笑いするオルテガと元パーティーメンバー達が足音を響かせて去っていくのを、アデルはただ見送るしかなかった。

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